第一章6「変わらない笑顔」
アタシには、好きな人がいる。
でも……。その人は、アタシのことを好きじゃなかった。
杉村綾音には、仲の良い幼馴染が二人いる。
一人は石山愛花。
そして、もう一人が、高倉敦……。
この二人との付き合いは、アタシたちが幼稚園の頃から。
同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校……。いつでもどこでも、アタシたち三人は一緒だったし、遊びに行くのも、いつでも三人一緒だった。
そして、異性を意識する年齢にアタシたちは近づき、気がつけば、アタシはずっと一緒にいた高倉のことが気になっていた。
でも、それは高倉も同じだった。……彼だってアタシたちのことを、少しずつ異性として意識していき、やがて、その恋の花を開花させようとしていた。
その結果――彼は愛花のことを好きになっていた。
悔しい……。
でも、確かに高倉が愛花のことを好きになる理由は分かる。
愛花は明るくて可愛くて、面倒見も良い女の子の理想みたいな存在……。
だからこそ、アタシは――愛花と圧倒的な差をつけたかった。
―――――
「じゃあ、また明日ねー! 奢ってくれてありがとねー、高倉! 愛してるよーん!」
「全く、綾音は……。じゃあ、また明日な、綾音、愛花」
「また明日ね、二人ともー!」
三人とも家の方向が違うので、それぞれ別の道へと進む。
アタシは交差点を曲がってしばらく坂を進み、そこでふと高倉のことを思い浮かべてしまう。
「高倉も昔はあんなに暗かったのにね……。今ではあんなに生き生きしてる」
中学時代。高倉はイジメに遭った。
そのせいで、彼は不登校になり、学校に姿を見せなくなったのだ。
そのとき、アタシはとにかく、高倉のそばにいてあげることしか頭に無かった。
――しかし、それは愛花も同じだった。
アタシがどれだけ頑張っても、愛花との差は縮まらない。
だから、アタシは愛花とは違って、休みの日を使ってまで高倉の家へ行って、ずっと彼のそばにいてあげた。
そう、そばに居続けることしか、アタシにはできなかったんだ……。
――アタシは、どんなときでも。高倉のそばに居続けるからね!
これは、アタシなりの決意のつもりだった。
たとえ、高倉がアタシに振り向いてくれなくても、自分は彼のそばに居続ける……。そう思って、この言葉を言ってあげた。
すると、これが原因かは分からないが、高倉は元気を取り戻し始めた。
これは、アタシのおかげ……なのかな? だったら、胸がスッとする……。
しかし、それでも。高倉がアタシに向ける笑顔は――昔と変わらないままだった。
その反面、彼が愛花に向ける笑顔は――憎いほど輝いて見えた。
まあ、男が本命の女の子に向ける笑顔なんてそんなものだろう。……というか、そうじゃないと、逆に不安にもなる。
ただ……。そう納得したいが、何かが胸につっかえて、ずっとモヤモヤとするのだ……。
だからこそ、そのモヤモヤを吹き飛ばす意味でも、アタシはこう言ってやる――。
「絶対に"敦"を横取りする! アタシの全てを賭けて……!」
これで、後戻りはできなくなった……。
このモヤモヤとした胸のつっかかりが、敦を横取りすることによって解消されると予想して……。
いや、これは"予想"じゃない。……"確信"だ。
さて、そうと決まれば、横取り作戦の開始といこうか……!
こうして、アタシは恋の奴隷となった。