第一章5「女の攻防戦」
道中色々あったが、ようやく駅前の喫茶店へと着いた。
高倉敦は店内を見回して、三人が座れそうなテーブル席を見つけて愛花たちを誘導する。
「ここ、座ろうか」
俺が選んだのは窓際のテーブル席だ。
窓が横にあって外の景色も見れるし、何より陽が当たって、愛花も綾音も少しは温かいだろう。
まあ、店内には暖房がしっかり効いているので、微妙な違いと言われればそれまでなのだが……。
俺が先に奥の席へ行くと、愛花が――。
「え、いいの? そこ狭くない?」
愛花の言う通り、テーブル席の奥……。つまり、窓際の席は少し狭い。
特に俺の隣に人が座ったら、余計に狭くなってしまうだろう。荷物もあるしな……。
だが、そんなことは大した問題ではない。
「大丈夫。むしろ、俺は外の景色を楽しみたいから、ここがいいんだよ」
そうニッコリ返すと、愛花はクスリと笑った。
「ふふふ、それならいいけどね。……ありがとう」
あんな穏やかな笑みで"ありがとう"か……。生きてて良かった……!
やはり、愛花の笑顔は人生のエネルギー源だ。あの笑顔のために、俺、頑張ってるわー……。
そう思っていると、綾音が――。
「えっへへ! じゃあ、アタシ。高倉の隣に――」
シュタッ!
綾音が言い終わる前よりも圧倒的に早く、俺の隣に愛花が着席する。
そして、なぜかムッとしたまま俺に半眼を向けてくる……。
しかも――。
「あ、あのー、愛花さんやー。隣に座るにしたって、ちょっと近すぎないか……?」
彼女の体がもろに当たって、愛花という存在を嫌でも認識させられてしまう。
それに、あのセミロングの髪から流れてくる柑橘系のシャンプーの香りが、意識してなくても鼻に入り込んでくる……。
や、ヤバいって……。こんなの……。
「むー……」
愛花は、依然としてムッとした表情を崩さずに、俺のことをじっと見つめてくる。
しかも――。
「むー……。アタシがそっちに座りたかったのになー……」
向かいの席に座った綾音まで不機嫌そうに腕を組んで、俺に湿っぽい視線を向けてくる。
やりにくい……。すっげー、やりにくいぞ……。
ただ喫茶店に来ただけなのに、何だこの殺伐とした空気……?
「え、えっと……。注文は……?」
とりあえず、注文しなければ何も始まらないので、強引にメニューを見せる。
「俺は、このアイスティーを頼むんだけど、二人は何がいい?」
そう訊くと、先に愛花が――。
「……あっ、このメロンソーダ! それに、このパンケーキも食べたいなー!」
ムッとした表情から打って変わって、いつもの明るい愛花に戻る。
良かった……。とりあえずは機嫌を取り戻してくれたみたいだ……。
「愛花はメロンソーダにパンケーキね……。じゃあ、綾音は?」
「そうだねー……」
俺は綾音に訊くが、彼女は少し迷っているみたいだ。
「あれ? パンケーキ、食べないのか?」
「いや、さすがにアタシのパンケーキの分まで奢ってもらったら、高倉の財布ピンチでしょ?」
「気にしなくていいんだけどな……」
普段はウザ絡みしてくるくせに、こういうときはしっかりしている……。
なんというか、綾音はすごく魅力的な女の子なのに色々ともったいないな、と思ってしまう。
俺がそう思っていると……。なぜか突然、綾音がニヤリと笑った。
「ふふ……。じゃあ、アタシも高倉と同じアイスティーにする!」
「俺と同じのアイスティーね。……じゃあ、店員さん呼ぶよ」
それから店員に注文をし、落ち着いたところで俺は深呼吸する。
なぜ、注文するときに綾音がニヤニヤしてたのか理由は分からないが、このまま何も無いことを祈ろう……。
すると、愛花が――。
「ねえ、そういえば。綾音ってアイスティー好きだったっけ?」
「普通に苦手だよ?」
「ええ!? じゃあ、何で苦手なのに頼んだの!?」
愛花の質問に、綾音は不敵な笑みで答える。
「ふふ、だって……。高倉の好みを知っておきたかったから」
「……!?」
綾音の言葉に、愛花は言葉を失ってしまったようだ。
綾音め……。愛花を動揺させたくて、わざと俺と同じものを注文したな……。
「おいおい。俺の好みを知っておきたいって……。そんなことして何になるんだよ……?」
そう訊くと、綾音はこう答える――。
「だって、男の好みを知る女って、イイ女っぽいじゃん。ふふ……」
綾音は魔性の笑みを見せつけてくる。
これ、完全に綾音は愛花のマウントを取ろうとしているな……。
そう思っていると、愛花が――。
「イイ女って……」
あー、駄目だ。完全に綾音の術中にはまっているな、これは……。
このままだと、愛花は綾音のいいオモチャだ……。どうにかして、俺が止めてあげないと……。
「おい、俺は……って、愛花?」
俺が言い始めたタイミングで、突然、愛花が鞄から何かを漁り始めた。
「あ、愛花? 何をしてるんだ?」
何だと思って見ていると、彼女は唐突に、桜柄の髪飾りを取り出した。
そして、それを自分の髪に着けてから、なぜか次はスマホを取り出す。
「あ、愛花っち、何やってるの……?」
さすがにこの反応は、綾音にも予想外だったみたいで、綾音も驚きを隠せないみたいだ。
すると、愛花は机の下からスマホの画面を見せてくる。……まるで、綾音に見られないように。
そこには、スマホのメモ帳アプリを使って「今の私、イイ女? "はい"なら今すぐ私と手を繋いで!」と書かれていた……。
あの、愛花……。それでわざわざ髪飾りを着けたのかよ……。
多分、愛花は髪飾りを着けて、少しでも自分を可愛く見せたかったのだろう。
綾音に対するせめてもの対抗心というか、自分もイイ女だと思われたいから、こんなふうに俺だけにメッセージを見せて同意を求めてきた……と、強引に解釈しておく!
ただ、"はい"なら手を繋げって……。仕方ないな……。
俺は迷うことなく、愛花の手を握った。
すると――。
「……!?」
愛花の顔が、幸せで満ち溢れた。
俺と愛花を繋ぐ手。……きっと、彼女も精一杯の勇気を出したのだろう。
全く……。俺だって恥ずかしいんだからな……。
そう思っていると、綾音が――。
「あー! 二人とも、いつの間にか手を繋いでる!?」
これで、形勢逆転か……。
それを愛花も確信したのか、今度は愛花がニヤリと笑った。
「ふふ……。もうー、敦ってば! いきなり私の手を繋ぐなんて、強引だなー!」
「え? ちょ……」
俺も見事にはめられたな……。
こうやって、何の前触れもなく手を繋ぐ姿を見せつけられたら、綾音の目には、俺が我慢できずに愛花の手を握ったように見えるだろう。
こうなってしまっては、いくら綾音でも出る幕は無い。
ただ、このまま引き下がってくれるような存在ではないだろう……。特に綾音は……。
すると、タイミング良く、綾音のスマホにメッセージの通知があった。
「あ、友達からだ……。なになに……? 今度の休みに、一緒に映画見に行かないかって……もちろん行くに決まってるじゃん!」
今度の休み……。偶然にも俺と愛花が、その……。で、デートする日だな……。
すごい偶然だと思いつつも、内心ではホッとしている自分がいる。
なぜなら、これで綾音が、俺たちのデートに乱入できなくなったからだ。
乱入という言葉は少し言い過ぎだが、彼女のことだから、きっと俺と愛花のデートに何かしらの干渉はしてくると思う。
だって、綾音は、昔から――。
そこまで思ったところで、綾音が少し気まずそうに苦笑してくる。
「あははは……。ちょっと友達と遊ぶから、今度の休みは出かけてくるね」
「お、おう……」
綾音の少し切なそうな顔が、俺の目には何かを誤魔化しているように見えて仕方がなかった。