第一章4「綾音の宣戦布告」
――やっと放課後になった。
高倉敦がスマホに電源を入れると、画面には、設定時刻通りにメモをとったタスクの内容が通知されていた。
「愛花と綾音の二人と、喫茶店に行く約束だな……」
全部、俺の奢りという縛りプレイ付きだが、自分で言ってしまったことなので仕方ない。
すると――。
「やっほー、敦ぃ!」
「や、やっほー、愛花」
愛花が駆け足で俺の席までやってくる。もう早く喫茶店に行きたくて仕方ないといった様子だ。
彼女は俺の返しが面白かったのか、明るい笑顔を見せてくる。
「あはは! 覚えてくれたんだね? 私が"やっほー"って言ったら敦も"やっほー"って返す私たちの定番お決まりルール!」
「結構恥ずかしいけどな……」
俺がそう言うと、愛花がムッとした顔をしてしまう。
「もー、そんな反応されたら、考えた私が馬鹿に見えちゃうじゃん!」
「はは、ごめんって。……じゃあ、綾音と合流して、早く喫茶店に――」
「ねえ、敦……」
俺が言い終わる前に、愛花が言葉を被せてくる。
「ん? どうした、愛花?」
何やら大事な話があるのか、彼女の表情は真剣だ。
愛花は、言いたいことが喉につっかえているように、なかなかその先の言葉が言い出せないように見える。
「そ、その……」
「その?」
視線が泳いでいる……。しかも、なぜか顔が赤くなっている……。
余程ただごとではない話なのか、愛花からは、なかなか言葉が出てこない。
こういうときは――。
「場所、変えようか、愛花」
「う、うん……」
恐らく、人が多い教室だと話しにくいことなのだろう。
なので、人気の少ない場所へ移動させて、少しでも話しやすい空気にしてあげよう。
そう思って移動したのは、少し離れた校舎にある空き教室。
「ここなら、話しやすいだろ?」
「う、うん……。気を使ってくれたんだね……。あ、ありがとう……」
「いいって。……そんなことよりも、話って何だ?」
改めて訊くと、愛花は深呼吸をしてから俺の目を見据える。
そして――。
「あのさ……。今度の休みに……。わ、私と二人きりで、どこか遊びに行かない……?」
「……!?」
二人きりで、遊びに行く……。
それが何を意味するのか、恋愛経験の浅い俺でも理解できる。
これは、もしかしなくても……。そう、女の子からの"デート"のお誘いだ……!
しかし、愛花の方から誘ってくるなんて珍しいな……。綾音の遊びに巻き込まれて三人で遊ぶか、綾音も一緒に誘って遊ぶかのどちらかだったのに。
いつもなら三人で遊ぶのが、今度は二人きりか……。
そう思っていると、愛花が――。
「あ、ごめん! これはその……。とにかく、忘れて! 私と二人きりなんて嫌だよね? あは、あはははは……」
「いや、俺も愛花と二人きりで遊びたい」
「……!?」
今度は愛花が驚いてしまう。
恥ずかしい……。こんなこと言っておいてアレだが、きざったらしいと自分でも思ってしまう。
すると、愛花は――。
「やったぁ……!」
まるで花が咲き乱れたと錯覚するような爛々とした笑顔を咲かせるのだった。
これで、告白しやすい雰囲気に持っていける……。二人きりなら……。
もしかしたら、これも愛花なりの気遣いなのかもしれない……。奥手で情けない俺が、少しでも告白しやすいような環境を、愛花は作ってくれようとしたのかもしれない……。
じゃあ、俺は……。その期待に応えなければいけないな……。
そう思ったところで、突然――。
「やっほー、高倉ぁ! それに愛花っちー!」
「あ、綾音!?」
空き教室のドアからひょこっと姿を現したのは、見覚えのあるポニーテールの女の子。……綾音だった。
彼女は俺と愛花を見るなり、ニヤリとイヤらしい目つきで見てくる。
「ほっほう……。こんな人気の無い空き教室で何をしてたんですかなぁ……? もしかして、これからお楽しみ中、だったりしますぅ……?」
綾音は面白いものを見つけたとばかりに、目を爛々と輝かせている。
まさか、今の愛花との会話……。全部聞かれてたんじゃ……。
もしそうだとしたら、綾音は……。
そう思っていると、愛花が――。
「お、おお、お楽しみ中……!? そ、そそそ、そんなエッチなことは、しし、してないよ!?」
――おい、何を勘違いしてるんだ、このムッツリ女!?
綾音の突然の登場に、愛花はパニックになっている。……その証拠に目がグルグル回っている。
「いや、これはだな……。もうすぐ期末テストも近いから、それの対策をしてただけで……」
そんな分かりやすい嘘をつくと、綾音は「キャハハ!」とけたたましく笑う。
「えー? このアタシだけを置いて、二人だけでテスト対策? そんなのズルいよー! 高倉のバカー!」
そうまくし立てながら、綾音は俺の肩をポコポコと可愛く叩いてくる。
「わ、分かったから! 謝るって! ご、ごめんって!」
「えっへへ、許さないもん! もう寝る前に、アタシに膝枕して耳かきしてくれなきゃ許さないからー!」
「俺を何だと思ってんだよ!?」
「あっはははは! 高倉のバーカ!」
ああ、何がそんなに楽しいのやら……。
元気すぎるほど笑う綾音。彼女が落ち着いたところで、俺はスマホを取り出した。
「えっと、駅前の喫茶店だったな」
俺がそう口にすると、綾音が「そうだよーん!」とウザく答えてくれた。
「じゃあ、今日は俺の奢りな」
そう言うと、二人は――。
「ご、ごめんね、敦……」
「ゴチになります! えへへ……」
顔を少し赤くするのだった――。
―――――
それから校舎を出て、駅前の喫茶店へと向かう途中だった――。
「……ねえ、高倉」
突然、綾音に名前を呼ばれる。
「どうした、綾音?」
「アタシってさ……。もしかして、二人の邪魔?」
「えっ……」
突然、何を言い出すんだよ、綾音……?
唐突にそんなことを言われたせいで、俺は反応に困ってしまう。
すると、愛花が――。
「邪魔って……。どうしてそんなこと言うの、綾音?」
そんな愛花の疑問には答えずに、綾音は話を続けていく。
「もしさ……。高倉と愛花っちの二人だけで遊びに行くとするじゃん? そしたら、アタシは完全に蚊帳の外ってことだよね?」
この反応……。まさか、さっきの愛花の会話を聞いていたんじゃ……。
いや、そうとしか思えない……。このタイミングでこんな話をしだすなんて、まさか綾音は……。
「……俺からすれば、綾音だって大切な幼馴染だ。これからも俺は、綾音とは仲良くしていきたいと思ってるし、綾音がいなかったら、今ごろ俺は――」
中学生の頃を思い出してしまう……。
あのときは、学校に行くことすらマトモにできなかった……。
ずっと自室のベッドで寝たきり……。それに引きこもり生活……。もう死んでもいいや、とすら思ってしまった光の無い人生……。
でも――。
『アタシは、どんなときでも……。高倉のそばに居続けるからね……!』
そんな光の無い俺の人生に、一番強い光を当ててくれたのは――綾音だったのだ。
だから、俺は――。
「……とにかく、俺にとっても愛花にとっても、綾音は大切な存在なんだよ。だから、そんな暗いこと言わないでくれ」
俺がそう告げると、綾音はどこか安心したような表情を浮かべる。
そして、そのすぐ後に、綾音はニヤリと意地悪そうな顔になってしまう。
「ふふ、そんなこと言っちゃっていいの?」
「何がだよ?」
「アタシ、本気にしちゃうぞ? その"大切な存在"って言われたこと」
「な、何を本気にするんだよ?」
そう言うと、綾音は俺の腕に自分の手を回して、ぴったり密着してくる。
そして――。
「じゃあ、遠慮なく……。アタシ、二人の邪魔をしちゃうからね!」
「「えっ……!?」」
愛花と俺の声が重なった。
そして、そこから綾音は「キャハハ!」とけたたましく笑う。
これは、綾音の愛花に対する宣戦布告、かもしれない……。