第一章2「激突! 愛花とユメミ!!」
休み時間……。多くの生徒は友達と会話したり、気分転換に外の空気を吸ってきたりするだろう。
しかし、この俺――高倉敦は違っていた。
幼馴染である石山愛花と同じ大学に入るため、彼女の学力に少しでも追いつくためにも勉強は欠かせない。
学力の差というのは残酷なもので、最愛の幼馴染と誓った約束の前ですらも、高い壁となって立ちはだかる。
――二人とも同じ大学。そして、働くのも同じ職場だよ!
俺の頭の中に、そんな甘ったるい言葉が思い起こされる。
そのせいで、手先の注意が向かずに、持っていたシャーペンを落としてしまった。
「しまった……」
俺は落ちてしまったシャーペンを拾おうと、床に視線を落とす。
すると、俺の手とは別に、落としてしまったシャーペンを拾おうとする白くて華奢な手が目に映った。
「よくペンを落とす人、だーれだ?」
そんな茶化すようなことを言われ、少し恥ずかしいなと思いながらも、拾ってくれた人にお礼を言う。
「ご、ごめん……。拾ってくれて、ありがとう――」
しかし、俺が言い終わる前に、その姿が目に入ってしまった。
そのせいで、体が一切の動作をやめてしまう。
「あの、どうしたんですか? ペン、受け取らないんですか?」
「古鷹、さん……」
白銀の長い髪に琥珀色の綺麗な瞳……。強烈な記憶として残っている人物が、すぐ目の前に立っていた。
学園一の美少女……。そして昨日、俺が振ってしまった恋する乙女……。古鷹ユメミさんだ……。
彼女は固まる俺に対して、不気味なくらいニッコリと微笑んでくる。
「ふふふ、どうしたんですか? 私の顔に何か付いていますか?」
「い、いや、その……」
まさかの人物の到来……。
俺が反応に困っていると、周りの生徒たちから、ヒソヒソと何かを言われてしまう。
「おい、アイツ……。あの古鷹さんに話しかけられてるぞ……」
「羨ましい……。あの滅多に自分から男に話しかけない、で有名な古鷹さんに話しかけられるなんて……」
周りから、すっごく湿っぽい視線を向けられる……。
そのせいで、これからどうしていいのか分からなくなる。
どうやら、周りの生徒たちは、彼女がヤンデレ気質だということを全く知らないようだ……。完全に学園一の美少女として皆の目には映っているだろう……。
そう思っていると、古鷹さんが――。
「そうだ、高倉さん! 放課後、時間ありますか?」
彼女は、この気まずい空気を変えようとしてくれたのか、急に話題を変えてくる。
放課後か……。確か、愛花と綾音の二人と一緒に喫茶店に行く約束してたな……。
「ご、ごめん……。俺、放課後は予定があって……」
そう答えると、古鷹さんは残念そうに視線を落としてしまった。
「そうですか……。せっかく高倉さんと少しでも仲良くなれる良い機会だと思ったのですが……」
「ほ、ホントにごめん……」
俺がそう言うと、古鷹さんは寂しそうに微笑んだ。
「ふふ、いいんですよ……。予定があるなら仕方ないですから……」
「古鷹さん……」
こうして見ると、昨日のヤンデレ気質が嘘のように思えてくる。
もしかしたら、古鷹さんは純粋に俺と仲良くしたいだけなのかもしれない……。ただ、純粋すぎるがゆえに、あんな……。
そう思っていると、古鷹さんが――。
「あっ、そういえば! 高倉さんに渡したい物があって……」
「渡したい、物?」
古鷹さんは、慌ただしく学生用の鞄から何かを取り出した。
「これ!」
「ま、マフラー……!?」
そう。彼女が渡してきたのは、丁寧に編まれたマフラーだった。
「じ、実はこのマフラー、私の手作りなんです……。これから寒くなるから、風邪を引かないようにって思いまして……」
「そ、そこまで……。あ、ありがとう……」
俺の体調を心配して、しかも手作りでマフラーを編んでプレゼントしてくれるなんて……。
やはり、古鷹さんは純粋すぎる……。そこまでして、俺と……。
すると――。
「やっほー、敦! って、古鷹さん!?」
そこでタイミング悪く、最愛の幼馴染が来てしまった……。
「あ、愛花!?」
愛花は、古鷹さんから俺が受け取ったマフラーを品定めするように見つめて、俺に笑顔を向けてくる。……目が笑っていない。
「ねえ、敦……? これはどういうことなのかなー?」
「い、いや、愛花! こ、これは、その……」
アタフタしてしまう俺に、愛花は仕方ないといった様子で、大きなため息をついた。
「もう……。これから寒くなるから、せっかく編み物の練習をしてきたのに……」
「あ、愛花……」
少し切なそうに愛花は不満を零した。
すると、古鷹さんが――。
「マフラーは二つもいりませんよ。……だから、石山さんは何もしなくてもいいんですよ?」
ここぞとばかりに、愛花のマウントを取ってくる……。
すると、それを聞いた愛花はピキッという擬音が聞こえてきそうなくらい、形の良い眉を歪めた。
「はあ? マフラーごときで何様のつもり? 私よりも敦と関わりが浅いくせに、出しゃばらないでよ!」
ヤバい……。これ、修羅場だ……。
そう思っている間にも、古鷹さんと愛花のマウントの取り合いは続く。
「私のほうが高倉さんを想う気持ちは強いんです! 関係の深さなんて知ったことじゃありませんよ!」
「私だって、敦のことを大事に思ってるの! 少し仲が良いからって調子に乗らないでよ!」
「言ってくれますね……。じゃあ第一、石山さんは高倉さんの何なんですか!?」
古鷹さんの鋭い質問に、愛花はうろたえてしまう。
「そ、その……。お、幼馴染、だもん……」
幼馴染、か……。
それを聞いて、少し曇った気分になってしまうのは、昔から、その関係より先に進んでいないことが分かってしまったからか……。
すると、古鷹さんは――。
「幼馴染ですか……。それって、少し付き合いが長いってだけで、結局は赤の他人ですよね?」
「そ、そうだけど……」
正論をぶつけられた愛花は、返す言葉を失ってしまったようだ。
そのせいで、愛花が涙目になりつつある……。
「それなら――」
「もうやめてあげてくれ、古鷹さん」
古鷹さんが、これ以上愛花を傷つけないように、優しく言葉を遮ってあげた。
すると、古鷹さんは、俺が止めに入ると予想外だったのか、驚いたまま固まってしまう。
そして、しばらくの沈黙の後、絞り出すような声で、その純粋すぎる疑問をぶつけてくる。
「どうして……。どうして、そんな女の味方をするんですか……!?」
「大切な"幼馴染"だから……」
「……!?」
ここで愛花のことを迷いなく"幼馴染"だと言い切ってしまう自分のヘタレっぷりを恨む……。
それを聞いた愛花は表情を明るくし、反対に、古鷹さんは暗くなってしまう。
それに、古鷹さんのその綺麗な瞳から、光が消え去ってしまった……。
「幼馴染という関係は、ただ付き合いが長いだけじゃないんだ……。その間に築いてきた思い出は、どんな大切な物にも劣らない、大事な記憶なんだよ……」
「そ、そんな……」
ショックを受けたと一目で分かるほど、古鷹さんは視線を落としてしまう。
古鷹さんには本当に申し訳ないが、それが事実なんだ……。
すると、今度は愛花が――。
「ふふん。だからこそ、こうやって……」
俺の右手に、愛花の手が重なる。
「ちょ、愛花!?」
「えへへ! 幼馴染だから、こうやって、手を繋ぐのも簡単にできるんだよー!」
「おい、やめろって……」
その挑発に、古鷹さんが反応した。
「……!? て、手を繋ぐくらいなら、私だって……!」
「ふ、古鷹さん!?」
今度は俺の左手に、古鷹さんの冷たい手が重なる。
しかし、古鷹さんは愛花とは違い、何だか少し控えめに手を握ってくるのだった。
これは、かなり無理して手を握ってきているな……。
その証拠に、古鷹さんの手が震えているのが左手から伝わってきた。
やっぱり、古鷹さんは純粋すぎるんだな……。
そんなことなど気づきもしない愛花は、古鷹さんと俺の繋がった手を見て、ムッと頬を膨らませるのだった。
「むー……。いつか敦の両手を占領してやるー!」
「私だって、負けませんから……!」
これは、修羅場ルート確定だな……。ラブコメのテンプレとは、ますますほど遠くなってきたな……。
そう思う敦の両側から、二人の視線が火花を散らすのだった。