第一章1「最愛の幼馴染とウザキャラ幼馴染」
高倉敦が、学園一の美少女である古鷹ユメミに告白されて一日が経った。
あれからというものの、俺は古鷹さんが怖くなり、彼女の姿を見かけただけで寒気がするようになってしまった。
幸い、彼女とは別のクラスなので、古鷹さんと顔を合わせる回数は少ないものの、あれ以来、ずっと彼女に見られているんじゃないかと錯覚してしまう。
そのせいで、いつもなら鬱陶しいと感じる教室のざわめきが、今は逆に心地よく感じる。
すると――。
「やっほー、敦!」
古鷹さんのことで悩む俺に、天使が舞い降りた。
「ああ、愛花か……」
その最愛の名前を呼んでから顔を向けると、栗色の髪をセミロングにした女の子が、すぐ横に立っていた。
石山愛花。俺の幼馴染であり、最愛の存在……。
そんな愛花は俺の顔を見るなり、なぜかムッとした顔になる。
「もうー、愛花か……じゃないでしょ! 私が"やっほー"って言ったら、敦も"やっほー!"って返すの! 私たちの定番お決まりルールでしょ!?」
「えっ、そんなルール作ったか……?」
「今作ったの! えへへ!」
イタズラっぽく愛花は笑う。……今は彼女の笑顔が何よりも尊い。
「ははは……。いつも愛花は元気だな」
「……さっきから浮かない顔をしてるけど、どうしたの?」
「ああ……。別に何でもないよ……」
愛花に昨日のことを言う気にはなれなかった。
相手が愛花だからというのもあるが、告白してきた相手が、あの古鷹さんだと周りに知られたくなかった。
もし、そのことを知られたら、俺は学園一の美少女を振った男として認知されてしまう。
そうなれば、色々ややこしい話になるのは目に見えている……。
「ふーん。敦は私に隠し事をするんだね。何か幻滅しちゃうなー……」
幻滅……。そんなことを愛花に合われたら、俺は……。
「いや、隠し事とか、そういうのじゃなくて……!」
「ほーら、やっぱり。何かあるじゃん……」
「……!?」
愛花がニヤリと笑う。
ハメられた……。そう思ったときには遅かった。
さすがは幼馴染……。こう言えば俺がどういう反応をするのか、しっかり熟知しているな……。
「何かあったの?」
ここは観念して、素直に昨日の出来事を言ってしまうか……。
「実は――」
俺がそこまで言ったところで、突然、ドタドタドタとけたたましい足音が近づいてきた。
そして、次の瞬間、俺の視界の中に"ヤツ"が現れる……。
「高倉ぁ! 愛花っちー! おっはよー!」
元気すぎるほどの挨拶。そして、次の瞬間、俺の視界を埋め尽くす女の子の顔面が……。
「うわっ!! ち、近いって!! 綾音!!」
思わず席ごとひっくり返ってしまい、背中を強打してしまう。
綾音と呼ばれた女の子は、こんな俺の反応を見るなり「キャハハハ!」とけたたましく笑う。
「なーにその反応!? アタシが顔を近づけただけで、そんなにビビって! めっちゃ受けるんだけど!」
うぜぇ……。
杉村綾音。俺のもう一人の幼馴染であり、毎日のようにうざ絡みしてくる残念美少女……。
そんな綾音は茶色のポニーテールを揺らしながら、席ごとひっくり返った俺に手を差し出してくる。
一応、悪いという自覚はあるのか……。
「ほら、大丈夫?」
「全く……。いい迷惑だよ……」
俺がそう言うと、綾音はニヤリと笑う。
「高倉ってさ、ホント面白いよね。アタシの期待通りの反応をしてくれるからさ」
「俺は面白くないけどな」
「えへへ! 素直じゃないなー、この、このー!」
綾音の言葉を真顔で否定してやる。
何が面白いのかさっぱり分からないが、綾音は俺の反応を見るのが好きなようだ。
そのせいで、ただでさえ忙しいのに余計に疲れるんだがな……。
そう思っていると、愛花が――。
「むー……。二人で朝からイチャイチャしちゃって……」
そんな可愛らしい嫉妬をしてくるのだった。
「……ところでさ、高倉に愛花っち。放課後、時間ある? アタシ、皆で駅前の喫茶店に行きたいんだよね!」
ある程度落ち着いたところで、綾音が切り出してくる。
すると、愛花も目を輝かせて話に食いついてくる。
「喫茶店いいね! 私、あそこのパンケーキ食べたいなー!」
「アタシも! パンケーキにプリンにメロンソーダ! もちろん全部、高倉の奢りねー!」
奢るなんて不穏な単語が出てきたぞ、おい……。
「残念ながら、俺は奢るつもりはないぞ?」
「ええー!? だって、アタシ……。財布、家に忘れてきたんだもーん!」
「奢られる気満々じゃねぇか!」
「あっはは! ゴチになります!」
うぜぇ……。
綾音は奢られる気満々のようだが、愛花も喫茶店に行くとなると、話は違うな……。
そう思っていると、綾音が――。
「冗談だって! この通り、ちゃんと財布は持ってるし、さっき驚かせたお詫びにアタシが奢るって!」
彼女はそう大胆に言うが、それはそれで申し訳なくなってくるな……。
「いや、いいよ。……仕方ないから俺が奢ってやるよ」
そう口にすると、綾音は驚いた顔をする。
「え、いいの……?」
「こんなところで嘘はつかないよ。……もちろん、愛花にも奢ってやるよ」
「えっ、そ、そんなの悪いよ……」
俺の提案に、愛花も綾音も申し訳なさそうに視線を落としてしまう。
「まあ、いつも仲良くしてくれるお礼だと思ってくれよ。二人には色々と助けられたしさ」
そう……。本当に愛花と綾音には、昔から恩がある。
だからこそ、こういう場面で恩返しをしておかないと、自分の気が済まないのだ。
恩着せがましいと自分でも思うが、二人にジュースやスイーツを奢るくらい、正直どうってことない。
すると、愛花と綾音は――。
「あ、ありがとう、敦……」
「そ、その……。ありがとう、高倉……」
二人とも、少し顔が赤くなっていた。
「……さて、じゃあ放課後に喫茶店だな」
そう呟き、スマホにメモをすると、急に愛花が肩をつついてくる。
「どうした、愛花?」
「いや、その……。さっきの話の続きなんだけど……。敦って、さっきから何か悩んでない?」
そういえば、そんな話をしている最中だったな……。二人とワイワイ楽しく会話をしていて、すっかり抜け落ちていた。
「まあ、もう過ぎた悩み事ではあるんだが……。実は昨日――」
俺は二人に、昨日起こったあの一件を伝えた。
すると、愛花は――。
「あの古鷹さんが、ねー……」
少しムッとした表情を見せる。
それに続いて、綾音も少し気まずそうな顔をしていた。
「古鷹さんが高倉のことを好きって……。ちょっと意外かも……」
「そうなんだよなー……。俺のどこに好きになる要素があるのか……」
そう口にすると、愛花が――。
「私は分かるよ。……だって、敦って優しいから」
愛花は、そんな気恥ずかしいことを迷いなく言ってくる。
そのせいで、こっちまで顔が赤くなってしまう。
「優しいって、どこがだよ?」
「ふふ、敦は鈍感だね。……まあ、とにかく、敦は古鷹さんを振ったんだよね?」
少し真剣そうに訊いてくる愛花。
心なしか、俺が古鷹さんを振ったことに安心しているようにも見える……。
「そうだな……」
「じゃあさ……。振った理由、詳しく聞かせてくれない……? その……。例えば、他に好きな人がいた、とか……?」
ヤバい……。
これは、愛花に自分の気持ちを伝えるチャンスでは……?
そう思うと胸が一気に苦しくなってきた……。今、ここで愛花に好きだと伝えたら、どうなってしまうんだ、俺たち……。
そのことが頭を埋め尽くし、他に何も考えられなくなってしまう。
しかし――。
「じー……」
「……!? な、何だよ、綾音?」
俺の思考を遮るように、綾音が視界に割り込んでくる。
あともうちょっとのところだったかもしれないのに、俺が勇気を出せなかったせいで、また気持ちを伝えられなかった。
すると、愛花が――。
「ふふふ! そんなに真剣そうな顔しちゃって! もうー、敦って可愛いなー!」
「なっ……」
まただ……。また上手く言いくるめられた……。
きっと、愛花も俺が伝えたいことは分かっているはずだ。
それに愛花だって、俺と同じことを伝えたいはずだ……。
それなのに、その一歩がお互いに踏み出せないせいで、いつまでも関係が進んでいかない……。
こんなとき、俺がしっかりしていないといけないのに……。
そう思っていると、愛花が――。
「まあ、敦に手を出すなんて、百年早いけどね。あはははは……」
「あ、愛花っち……!?」
怒りのオーラをまとわせた彼女は、少し怖いくらいの笑顔で、そう言ってのけるのだった。