プロローグ「予想外の激白」
今、俺は何と言われたのだろうか、彼女に……。
俺――高倉敦は、目の前で切なそうに頭を下げる美少女に、視線を奪われ続けている。
その美少女の手には、ハートマークのシールで封をされた手紙がある。これまで大切に保管されていたのか、手紙にはシワ一つとして見当たらない。
長い沈黙……。やがて、それに耐えきれなかったのか、頭を下げる美少女が、恐る恐るといった様子で顔を上げた。
「あ、あの……。私の気持ち、受け取ってくれます、か……?」
整いすぎた女の子の顔が、切なそうに歪む。
これは、もしかしなくてもそう……。女の子からの"告白"だ……。
「え、えっと、その……。お、俺は……」
俺なんかが、こんな贅沢すぎる告白を受けていいのかと思ってしまう。そのせいで、さっきから発する言葉があやふやだ。
長く伸びた白銀の髪に、琥珀色の輝く瞳……。目の前の美少女の名は、古鷹ユメミという。
彼女は俺が通う高校の中でも、一番の美少女だと言われている。
一番の美少女だということは、男子からの人気も凄まじいということだ。噂では、告白された回数が三桁を超えているとか……。
そんな手の届かない女神のような美少女から、まさかまさかの激白をされてしまった。
その現実離れした事実が、余計に俺の頭を真っ白にしてしまうのだ。
すると――。
「あの……。私のこと、き、嫌い、なんですか……? そこまでアタフタされると、すごく不安になります……」
煮え切らない俺の返事に彼女はしびれを切らしたのか、少し焦った様子を見せる。
「い、いや、き、嫌いじゃないよ……」
「……!? き、嫌いじゃないなら、私のこと――」
「でも、ごめん……。俺には、もう決めた人がいるんだ……」
「えっ……」
古鷹さんが言い終わる前に、とうとう俺は白状してしまった。……既に想う人がいることを。
正直、古鷹さんのような、とびっきりの美少女に告白されるなんて、幸せ以外の言葉が見つからない。
しかし、それでも、自分の気持ちにはウソをつけなかったのだ……。
だから、今この瞬間、俺は古鷹さんを振ってしまった。
それを聞いた古鷹さんは、言葉どころか俺に見せる表情すら失っている気がして、見ているこちらでもツラくなってくる……。
「……ごめん、古鷹さん」
「…………」
再び気まずすぎる沈黙……。次にどう切り出していいのか分からない……。
すると、そんな沈黙を破ったのは――古鷹さんの"笑い声"だった。
「ああ……。あっははは……。あっはは……。あっはははははははは!! あーっはははははははは!!」
「……!?」
そのあまりもの古鷹さんの変わりように、俺は言葉を失った。
まるで何かが憑依したかのように、古鷹さんは狂った笑い声を上げ続けている……。
そして、俺は反射的に古鷹さんから距離を置いていた……。
すると、そんな俺に古鷹さんは――。
「嘘ですよね……? そんなの嘘に決まってますよ……。高倉さんが私以外の女を好きになるなんて……。そんなの嘘だ……。嘘だ! 嘘だぁぁ!! ねぇ、嘘だって言ってよ……!! 私、ずっとずっとずーっと前から高倉さんのこと好きだったのに……!! ずっと前から、さり気なくアプローチしてたのに……! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁ……!!」
目の前の狂気……。もはや、古鷹さんの形をした別人……。そう思わざるを得なくなる……。
彼女は、淀んだ瞳を俺に向けてくる。その沼の底のような濁った瞳に、俺は恐怖を感じずにはいられなかった。
あの学園一の美少女として知られる古鷹さんが、まさかこんな……。こんな、頭のおかしい人だったなんて……。
すると、古鷹さんは――。
「あはっ! 絶対に諦めてあげませんからね……? 何度でも何度でも何度でも、高倉さんのこと追いかけてあげますからねぇ……? あは、あはははは……!」
彼女は乾いた笑い声を上げてから、その場を逃げるように去っていった。
しかし、その一瞬……。俺は、古鷹さんの目から涙が落ちていくのを見逃さなかった。
それが何を意味するのか、恋愛経験の浅い俺でも分かる。
きっと、古鷹さんは純粋すぎたのだろう……。だからこそ、あんなに――。
あとに残された俺は、どうしていいのか分からず、ただ立ち尽くすだけだった。
でも――。
「古鷹さん、ごめん……。俺の本命は……。愛花だけなんだ……」
もう彼女には聞こえていないが、俺は最愛の幼馴染の名前を口にした。
仲のいい幼馴染の女の子が自分にとっての本命だなんて、そんなラブコメのテンプレを指でたどるような学園生活を、俺は今まで歩んできた。
でも、今日の一件で、そのテンプレも崩れてしまいそうだと悟ってしまった。