生き地獄
……俺は、この世界が大嫌いだ。
うっとおしい親、どうしようもない同級生、頭の悪い大人、常識を知らないガキども……自分以外の存在の、出来が悪すぎる。
俺だけがいつも割を食う、クソみたいな世の中。
毎日毎日、腹が立った。
毎日毎日、流された。
毎日毎日、苛立った。
毎日毎日、我慢した。
毎日毎日、諦めた。
他人の幸せそうな顔がちらつくこの世界が、不愉快でたまらない。
他人が自分勝手に感情をぶつけるこの世界が、生き地獄でしかない。
こんな世の中とは、一刻も早くおさらばしてやりたかった。
……だが、しかし。
なんで俺が、こんなクソみたいなやつらのせいで傷ついて…逃げ出さなければならない?
クソみたいなやつらがのうのうと暮らしているのに、なんで俺が消えてやらなきゃいけない?
あふれかえるクソどものせいで、俺は決断することができなかった。
怒りがどんどん、蓄積されていった。
悲しみがどんどん、蓄積していった。
憎しみがどんどん、蓄積していった。
四六時中誰かを恨んだ。
四六時中誰かを蔑んだ。
四六時中誰かを罵倒した。
いつものように抑えきれない怒りを撒き散らしていたら、突然、親父が殴り掛かってきた。
いつも完全スルーを決め込んでいたくせに、俺に馬乗りになって…天下を取った気になりやがった。
えらそうに俺に説教をしやがって、汚らしいヨダレと涙を垂れ流して見せつけやがって。
憎悪の対象でしかない親父に殴られた俺は…決意した。
……決心してやったのさ。
こんなクソみたいな世の中、おさらばしてやるってね!!!
ああ、そうだ…クソ親父にダメージを与えてやりたいな。
どうせ戦っても勝てない。
別の方向で…一生苦しむような傷を負わせてやる。
この世からおさらばしてやるつもりで、包丁を持って街に出た。
ぽつりぽつりと歩く駄民の中に、パッとしない兄ちゃんを見つけた。
今ふうの、細身の、非力そうで根暗そうな、ダサい格好の男。
コイツには何の恨みも縁もないが……、かわいそうな俺のために犠牲になってくれ。
「……恨まないでくれよ?この世の中が、全て悪いんだ。俺の目に止まったのがお前の運の尽きだったってことさ!あは、あははははは……!!!」
「………!!」
「キャ―――――!!!」
俺は無事、拘束され。
………。
ここは、どこだ。
俺は今、勾留中で……。
「やあやあ…、私、あなたに殺されてしまったものです。どうも、はじめまして…ではないのかな?」
目の前に、血まみれの兄ちゃんがいる!!!
「あなた…ご丁寧に『恨まないでくれよ』と言いましたよね…」
恨めしそうに、俺を見下ろす…血まみれの!!!
まさか、お化け?!
俺を恨んであらわれたのか?!
「わざわざメッセージまで下さって…驚きました。めちゃめちゃ痛かったですけど、ちゃんと覚えています」
逃げ出したいが…体が!!
動かせない?
いや、身体が…ない!!!
「安心してください、恨みませんよ…恨みませんとも。その事を、まずお伝えしたくて」
夢を見ている?!
いや、夢がこんなにもはっきりとしているなんてありえないだろ!!
「いやー、ありがとうございます。地獄のような毎日から解放してくれて。私、ホント生きるのが辛くて辛くて、ずっと死にたくてたまらなかったの!いやー、まさか殺してくれる人がいるとはねえ!!まさか見ず知らずのなんの縁も何もない他人の私を殺してくれるとは!!わざわざこんな大きい罪を背負ってくれるとはねえ~!思いもしませんでしたよ!」
こいつはなんだ、なんなんだ?!
なんでこんなに喜んでいる?!
そもそもどうしてこんなに馴れ馴れしく話しかけてくる?!
「自分で死んじゃうとね、ホントとんでもないことになるとこだったらしくて…まあいいや!!いやあー、私ね、本当に感動しちゃって!!でね、この感謝の気持ちを神様に伝えたところですよ!!なんと、私…あなたにずっとつき添うことが許されまして!!!あなたの守護霊として励ませていただくことになりました!!」
……はあ?!
俺はそんなのお断りだ!!!
………。
…って!!!
何も言い返せない、言葉が出ない!!!
「神様もね、いたく感心しておられまして…ぜひともこの数奇な運命を見届けたいとおっしゃってくれましてね!!聞いてください、あなたメチャメチャ長生きできますよ!!私、この先50年間生きるはずだったんですけどね!! 寿命をあなたに載せ替えることに成功したんですよ!!」
はあ?!
俺はこのあと法廷で毒を吐きまくって、サクッと死刑になって…
「これから悪運フィーバーが始まりますよぅ~!!私の過剰防衛映像も残ってるし、常備していた遺書もあるし、腕のいい弁護士さんと縁も結びましたし!!死刑は無事免れることになりますから安心してください!!!より学びの多い人生が送れます!!これからずっと…薬なんか飲まなくても全然ピンピンしてるし、何1つ食べなくても生きていくことができてしまうんですよぉ!!病気にもならないし、ボケる事もなく!!目が見えなくなっても、動けなくなっても、あなたは元気に生きていくことができるんですって!!まさに生ける屍として、長く、長ーくこの世に生き続ける事ができるんです!!すごいでしょ!!」
ちょっと待て、俺はこのあとすぐに無気力に生きて、とっととこの世とおさらばするんだよ!!!
ナニ勝手に…そんなこと決めてんだよ!!!
「随時神様からのフォローも入るそうですよ!!余計な事を言わないよう、頭痛による思考停止や発熱、蕁麻疹なんかも誘発してもらえるとか!!適度に倒れたり、適度に力が入らなくなったり、適度に興奮して、適度に寝込んで、適度に、適度に、適度に適度に!!!ものすごい待遇らしいですよ!!お節介な人に気に入られるよう運命をいじったそうですし!!あ、しまった、これは内緒なんだった!!まあいっか!!」
なんで一方的に話しかけられている?!
なんで何も言えない?!
「あなたと意思の疎通ができないのが残念な所なんですけど、私絶対に見捨てたりしませんから安心してくださいね!それだけが言いたくて、神様に無理を言ってメッセージをお届けに上がったんですよ!長い辛すぎる人生、楽しみましょうね!私には耐えられなかった孤独地獄、不運の連鎖、ぜひとも堪能させてください!!ちゃんと命の終焉まで見守らせていただきますっ!!まあ、見終わったらとっとと生まれ変わるから、もう会えないけど!!」
なんで…俺が、こんな目に……!!!
「楽しみだなあ、目の前で不幸になっていく人を見られるなんて!!他人の不幸って、ホント蜜の味がするんだぁ~!!もう…wktkが止まらないっ!!!苦しみ悶えながら生きていく人が目の前で…ぐふふ………
なんで……、俺だけが。
こんな、ひどい、目に………。
…………。
……人の命を、奪った、代償。
俺の、犯してしまった……罪。
俺に課せられた、運命……。
長く、長く……続いた、俺の。
「それでお前は、何を学んだのか」
……耐え難い人生を、生きた…俺には。
何を、学んだのかさえ……曖昧で。
「ならば、今一度学んで来るがいい」
……俺は。
俺は……。
……俺は、この世界が大嫌いだ。
うっとおしい親。
どうしようもない、同級生。
頭の悪い大人。
常識を知らないガキども……。
自分以外の存在の、出来が悪すぎる。