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始発

時間というのは一方通行だ。一度前に進んでしまったらどれだけ振り返っても戻ることは出来ない。人は有限だが、星は遥か彼方の人間とっては無限とも言える時間を生きる。それが天文学者である今は亡き父親の口癖でもあった。

幼かった俺はその大好きな父親の大きな背中に背負われて星を眺めるのが大好きだった。


いつも通りの空。相変わらず平和な時代だ。


新暦325年。世界はとある大国により一つに統一され国同士の争いのない平和な世の中になっていた。今俺がいるこの場所も300年ほど前までは『日本』と呼ばれる国があり戦っていたらしい。

まあ、そんなこと俺には一切関係ないことだが。今日もいつも通り屋上で授業をサボるとしますか。


ガチャン!!静かだった屋上に突然大きな音が響き渡る。

「おい!大変だ!今日転校生が来るらしいぜ!女子かな!?可愛い子かな?」

相変わらず賑やかなやつだ。俺と同じクラスのクラスメイトでいわゆる友達だ。


「そんな大きい声を出さなくても聞こえてるよ。転校生ってだけでそんなに騒ぐことは…わっ」

俺の腕が思いっきり引っ張られる。俺はびっくりして思わず声をあげてしまった。

「そんな事言わずに行こうぜ!もうすぐ授業始まっちゃうよ」

相変わらずの体力バカだ。朝からよくそんなにも全力ダッシュをする事が出来る。俺は腕を引っ張られた勢いで今までにない勢いで階段を下っている。


キーンコーンカーンコーン

チャイムがなったと同時に俺達は教室へと入った。息を切らしている俺に比べ、奴は相変わらずニコニコとしている。


「はい。皆さん席に着いてください。もう知っている方もいるかもしれませんが今日は転校生が来ます。」

女教師は相変わらずのカッチリスーツにメガネをしており、教師という顔をしている。ザワザワしている教室のドアが開いた。転校生が入ってきた。


奴が望んだ通りの女子だ。しかも、なかなかに悪くない。腰あたりまである長い藤色の髪は先が少しウェーブがかかっている。凛とした顔立ちに琥珀色の美しい瞳をしている。

クラスはよりざわめいた。俺が彼女を眺めていると彼女はこっちを向いて俺を睨んだ…気がした。その目力に驚いて俺は目を逸らした。

「初めまして。朝日 かなめです。よろしくお願いします。」

教室中に拍手が響いた。

「朝日さん。それでは席を…そうですね。それでは来栖さんの隣へどうぞ。」


俺はビクッとした。来栖というのは俺の苗字だ。さっき初対面である俺を睨んできた女と隣の席に。こんな運命の巡り合わせもあるのだろう。カナメと名乗っていた女が俺の隣の席に座った。

「貴方が来栖 朱星と書いてクルス アヤセだな。少し珍しい名前だから覚えやすい。」

カナメは俺の名前を尋ねてきた。しかし、尋ねた割には自信が大いにあるようだった。

「あぁ、俺の名前は来栖 朱星だ。よろしく。どうしてさっき俺の事睨んだんだ?」

気になったことは心の内に留めない主義の俺はカナメに尋ねてみることにした。


「睨んだ!?そんなことしてないのだが…。そう受け取ってしまったのであればすまない。私は元から目付きが悪いんだ。」

カナメは教科書をカバンから取り出しながらそう言った。気のせいだったのか。初対面の女子に嫌われてしまったというわけでなくて少しばかり安心した。




キーンコーンカーン

6時間目の授業が終わるチャイムが鳴った。結局カナメとは朝の会話が最後でそれから一言も交わしていない。

カナメは朝の会話は無かったかのように黙ってカバンに教科書を詰めて一人で帰っていた。どうやら、カナメは近づき難い雰囲気があるようでクラスメイトも彼女の様子を伺っている様だった。


「アーヤセ!帰ろうぜ。」

朝、俺を腕を引っ張ったアイツが声をかけてきた。

「あぁ、そうだな。帰ろうか、天崎。」

「また、オレのこと苗字で呼んだなー!?もう出会って半年になるんだぜ!たまには下の名前で呼んでも。」

「ハハハ。そうだな、帰ろう天崎。」

頑なに下の名前を呼んでやらない俺を見て天崎は膨れっ面をした。その顔もまた面白い。


校門を出ようとした時だった。

「おにぃーちゃん!!」

何かが俺に抱きついてきた。この声は俺が一番聞いてきた声だ。俺は思いっきり口角をあげて振り返る。

「ヨゾラじゃないか。どうしたんだ?」

俺は飛びっきりの優しい声で話す。俺と同じ黒髪と赤紫の瞳。髪はサラサラと柔らかで肩まで伸びている。二つ年下で、中等部の制服を着ている。来栖夜空。俺の親愛なる妹だ。

天崎は笑うのを必死に堪えているようだった。後でアイツはぶん殴っておこう。

「おにぃちゃん、帰るの?なら、わたしも一緒に帰りたいな。もちろんおにいちゃんのお友達が大丈夫ならだけど…」


俺はもう一度口角を上げ直して声を出す。

「ヨゾラ…ごめん。お兄ちゃんヨゾラと帰りたい気持ちはいっぱい何だけど、実はこれからコイツと行かないと行けない場所があって。先帰っていてもらっていいかな?」

こんな事をヨゾラに話すのは心苦しいが、俺の秘密が妹にバレる訳にはいかない。ヨゾラは少しガッカリしている様子だったが、直ぐにいつもの笑顔を戻り

「うん!分かった!じゃあ、今日は飛びっきり美味しいご飯作って待ってるねー!」

と言った。相変わらず可愛い妹だ。こんなにも可愛くて優しい妹に嘘をつくのはやはり心が痛む。



ヨゾラと別れたあと、天崎は耳打ちで俺に聞いた。

「今日も行くのか?あそこ。バレたら退学だぞ」

天崎はあそこへ行こうとする度に聞いてくる。何度も聞いた言葉だ。

「天崎。別に俺は一人でも行く。お前まで退学のリスクを犯してまでついてくる必要はない。」

天崎は黙ってしまったが、相変わらず俺の後をついてくる。行きたくなければ来なければいいものを。相変わらず、よく分からない優しい奴だ。


暗い路地を俺たちは歩く。そして路地にひっそりと佇む薄汚れた階段を俺たちは降りた。俺たちは目元を覆うマスカレードマスクのようなものを付け、木で作られた扉を開く。

すると、先程の暗い所とはまるで変わってギラギラとネオンライトが輝く場所に変わった。急に明るくなったので目が眩んだ。

「5万だ。」

俺は大きな声を出した。周りが俺の事を見る。

「5万賭けよう。俺とちょっと遊ばないか?」

静寂が響いた後に野太い男の声が聞こえた。

「ガキがこんな所にきて金をドブに捨てるとは、とんだアホが来たようだ。だが、面白いガキだ。丸裸になるまで身ぐるみ剥がしてやろう。」

「何で賭ける?お前が決めろ。」

俺は体ばかりデカいその野太い声の男に聞いた。

「じゃあ、ポーカーで。クソガキ目上の人には敬語を使え。」

気色悪い笑い声を織り交ぜながら、男は俺にそう言った。どうやら、俺が子供だとバカにしているようだ。だが、そっちの方が都合がいい。油断は時に命を落とすとも言う。


俺と男は席につき、淡々とゲームを行っていく。そして男は高笑いを初めた。

「フハハ、クソガキここはガキが来る場所じゃねーと言っただろ。ここは非合法の賭場だ。『フルハウス』」

男は自慢げに俺にカードを見せる。それを見た天崎は叫んだ。

「イカサマだ。ズルだ!」

男は上機嫌に笑いながら言った。

「さっき言っただろ。ここは非合法の賭場だ。イカサマがあってこそだ。そうだな。俺も流石に可哀想だから下着だけは残してやろう。」

「でも!!」

「黙れ。天崎。」

天崎の声をかき消すように俺は言った。

「そうだ。ここは非合法の賭場。イカサマがあってこそだと言ったな。」

俺は笑いをこられるのに必死だった。

「『ロイヤルストレートフラッシュ』俺の勝ちだ。」


あれほど騒がしかった賭場が静寂に包まれた。男は目を見開いて俺のカードを見ながら震えている。そしてゆっくりと男は俺の方を見た。その顔はとても面白く俺は笑いそうになった。そして俺は言った。

「そうだな。可哀想だから下着だけは残してやろうか。」




帰る頃には随分と日が暮れてしまっていた。妹にはなんて言い訳をしようか。

俺は金をバックに詰めると仮面を外し、路地裏を後にした。

「アヤセ流石にやりすぎだぞ?あのオッサン結局裸になっちゃったじゃないか。」

そういえばそうだった。俺は手に持ったままだったあの男の服から手を離した。服は風の流れに沿って飛ばされて言った。

「流石に俺も下着までは剥ぎたくなかったが、アイツがせがむからやっただけだ。それに天崎もう次からはついてくるな。ここへは俺が来たくて来てるだけだ。それに俺には友達を退学に巻き込む趣味はない。絶対に来るな。」

こんなやり方をして大金を手にしても虚しいだけだということ、そんなことはとっくに分かっている。でも、こうするしか無いのだ。俺と妹がたった二人で順風満帆に暮らしていくためには。俺は悲しそうな顔をしている天崎を横目に歩いていった。天崎と俺の距離が段々とに開いていった。



日が暮れてしまった夜道を歩いていると少しずつ見慣れた灯りが見えてきた。俺とヨゾラの住むマンションだ。俺はマンションに入るとエレベーターに入りいつも通りの12階のボタンを押した。最上階。最もこのマンションの中で空に近いとも言える。エレベーターのボタンを押す度に父親の記憶がよぎる。


エレベーターを降り、いつも通りの通路を歩きいつも通りドアを開ける。

「ただいま。ヨゾラ。遅くなってごめん。」

灯りは付いているが静寂に包まれている。いつものヨゾラの可愛らしい『おかえりー』の声が聞こえない。机にはヨゾラが作ってくれたであろうオムライスがラップに包まれている。


「ヨゾラ、寝ているのか?」

俺は居間の方へ歩いていく。



何かが横たわっている。



嫌な予感がする。今までに感じたことの無い寒気だ。汗が額を流れる。決して暑いわけではない。白いカーペットには赤いシミが出来ている。その赤がゆっくりと流れている。


ありえない。そんなはずはない。なぜ…



妹が死んでいる。



「わぁぁぁっ」


俺は叫び声をあげた。心臓はバクバクと鼓動を打っている。妹は心臓付近を包丁で一突きにされている。


俺は逃げ出した。12階もあるマンションだが、エレベーターを使わずに階段を使ってものすごい勢いで駆け下りた。息が荒い。体に力が入らない。さっき見たのは夢だったのか。いや、そんなはずは無い。まだ生暖かい妹の血の感覚がこの手に残っている。

どこに向かって走っているのか分からない。これからの事も何も分からない。俺のたった一人の家族が死んだ。


俺は公園に辿り着いた。どこの公園なのかはよく分からない。夜の公園は人の気がなく静かに秋の虫の声だけが響いていた。

「俺は…」

さっきの記憶が蘇る。心臓を一突きにされた妹。恐怖の表情を浮かべ目を見開いたまま死んでいた妹。

「うっ…」

体からせり上がるような吐き気に支配された。俺はしゃがみ込んだまま吐いた。

ありえない。なんで。妹が。ヨゾラが…。


「9月17日。来栖夜空が死んだ日。この様子だとやはり死んだようだな。可哀想に。」

暗闇から女の声が聞こえる。どこかで聞いた声だ。徐々に月明かりに照らされて女の姿が見えてきた。


「お前は…転校生の…」

俺はゆっくりと立ち上がった。

「やはり、と言うのは。知っていたのか死ぬことを…。犯人を知っているのか…。」

俺は気になったことは心に留めておかない主義だ。俺は震えた声で転校生である朝日かなめにそう聞いた。


「私は、アナタの妹を殺した犯人は知らない。だが、妹を救うことは可能かもしれない。」

救う?どういう事だ。もう妹は死んだのに今更どうやって救うことが出来るんだ。俺はただただ黙ってカナメの顔を見た。カナメは更に俺との距離を縮めた。

「私は貴方を、そして妹を救うために来た。未来から…」

未来から。分からないことだらけだ。そんな話聞いたこともない。だが、今はそんなことどうでもいい。それでも希望があるなら答えは一つしか出なかった。


「俺はヨゾラを救いたい。その為にはなんだってする。だから、お願いだ。力を貸してほしい。」

俺は前へと歩く。更にカナメとの距離が縮まる。カナメは俺の顔を見ると口元に笑みを浮かべた。


「いいだろう。ついて来るんだ。」

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