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類稀なる i   作者: 某路傍
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サンタクロースとの邂逅

 2011年12月25日午前0時、僕の元にサンタクロースが訪れた。

 サンタクロースが二階にある僕の部屋の窓から顔を覗き込んでいるのを見て、僕はジャイアントパンダがよじ登ってきたのかと思った。


 ノックされた窓を開けると、サンタクロースは桟にしがみついて一息入れた。


「メリークリスマス」とサンタはメリー(陽気)に言った。

「トナカイは?」と僕は訊いた。


 なんせサンタクロースは見事なまでにサンタクロースだった。立派な口髭に赤い装束を着込む恰幅の良い体つきは誰が見ても一目瞭然であり、彼がトナカイを連れ橇に乗っていないことに一層疑問を抱いたのだ。


「ああ、最近また太ってしまってね、重すぎて運べないって言われちゃったんだ」サンタはチャーミングにウィンクして舌を出した。


「どうやってほかの家をまわるの?」


「今年はこれで終わりなんだ」


「ごくろうさまです」 サンタは朗らかに、けれど静かに笑った。夜が静けさが一層ましたように思えた。


「サンタクロースは何が仕事か知っているかな」


「せかいじゅうの子どもにプレゼントをわたしているんだよね」


「ただの子どもにじゃないよ、世界中の()()()に渡しているんだ」 僕は頷いた。


「でも今年は、世界中の良い子にプレゼントを渡してはいないんだ」


 まだあどけない僕は、首を傾げてガラス玉のような瞳で相手を見るあの表情をした。世界中の大人が若干困った顔を見せるあの表情だ。


「今年は君だけにプレゼントを渡しにきたよ!」


 僕はつい先週抜けたばかりの前歯を見せて笑った。それから口を窄めた。


「でも……」


「いいんだ、君はとびっきりの良い子なんだから!」僕はまた歯を見せて笑った。


「それにね、他所の家の子もちゃんとプレゼントは貰えるんだよ」


「そうなの?」


「そうさ、朝起きたら枕元にはちゃんとプレゼントが用意されている」


「よかった!」と僕が言うと、サンタは人差し指を立てて唇の方にやった。


「こりゃいかん」と言って、サンタは窓から出していた体を引っ込めた。


 階下の方からスリッパで階段を上がってくる音が聞こえる。


「パパだ!」スリッパを履いた足音で、僕は父が来たのだと分かった。


急いで窓とカーテンを閉めて布団に潜り込んだ。布団を抜けてどれくらい経ったのだろう、シーツはすっかり冷たくて、僕は足をくの字に曲げて肩まで布団を被せた。そして部屋のドアに背中を向けるように眠ったフリをした。


 部屋がいつもよりも静かに感じた。静寂を心がける人がいる時、その空間までもが静けさを増す。父は息でも止めているんじゃないかと思うくらい静かにひっそりとしていたが、その僅かな呼吸も逃さず聞こえるようだった。ドアの金具が軋む音、足を(さす)る音、シーツが(こす)れる音、サンタクロースのゲップ、僕の鼓動。


 色んな音を感じたけれど、僕の寝息だけは聞こえなかった。父はそれに気づかなかった。

 

 そのまましばらくの間、父の影を背中に感じていた。


 時計の秒針の音が嫌にうるさく聞こえ出した頃に、僕は薄く目を開けた。ペンギンの形をした置き時計を見ると、蓄光を塗られた針は2時の形をしていた。

 

 まだ2時か、と僕は思った。2時?


 急いで飛び起きてカーテンを開けた。サンタクロースは雀斑(そばかす)がある鼻も耳も真っ赤になりながら窓枠をがっしり掴んでいたが、案外平気そうだった。


「だいじょうぶ?」

「なに、これくらいでへこたれてはサンタは務まらんよ。わしがどれほど修羅場をくぐってきたと思っとる」


 サンタはくしゃみをして鼻を(すす)ると。僕にサンタクロース業における修羅場の数々を語ってくれた。

 

 マンションの防犯が厳しくてモタモタしていたら警備が来てしまったり、

 

 調教に失敗したトナカイを連れたら上空200メートルから振り落とされたり、

 

 ヴェネチアに住む子とニューヨークに住む子のプレゼントを間違えたり、

 

 ある親子の寝室に入ると情事の真っ只中だったりと、


 分かるような分からないような失敗談を聞かせてくれた。


「サンタさんはクリスマスの日以外は何をやっているの?」


「トナカイの世話やプレゼントをどの子に配るのか一覧にしたり……ああ、一覧の行をひとつずつ間違えてプレゼントを配ってしまったこともあった……」


「テストで解答欄を間違えるみたいに?」サンタはこくりと頷いた。


「ところで」とサンタは言った。


「そこにあるのはプレゼントじゃないかな」


 学習机の方に目をやると、そこには綺麗に包装されたプレゼントが置かれていた。

 

 赤と白の包装紙に金縁の装飾が施されたリボンで結ばれて、いかにもそれはクリスマスプレゼントだった。

 

 リボンを解いてからセロハンテープを剥がし、包装紙を丁寧に広げていった。プレゼントは最近発売されたばかりのゲームだった。


「欲しかったのかい?」サンタが僕に聞いた。


「ゲームは欲しかったんだ」と僕は言った。


「最近はみんな持っているんだよ。大体みんなオンラインのゲームとかやっていて、みんなで話をするんだ。でも僕はやったことないし話についていけないんだよ。だからね、やったこともあるし、なんなら課金も結構してるんだって嘘ついてるんだ。ゲーム実況とか見て勉強して、あたかも自分がやったことがあるように。実況の人がやったことそのままじゃなくて結構色々考えて、今僕はそこそこ上手なプレイヤーみたいなポジションになってるんだよ」


「これじゃないのかな?」


「うん」

 

「……でもこれも面白そうじゃないか」


「うん、でもこれじゃないんだ」落胆する僕に、サンタは励ますように話を続けた。


「じゃあ、もうそのゲームは引退したことにすればいいんだ。大体遊び尽くしたから、新しく違うゲームをするようになったんだって」


 僕は首を振った。


「でも……明日のクリスマスパーティでそのゲームをやることになってるんだ。友達とかみんな呼んでやるんだ」


「それは困った」サンタは困ってなさそうにそう言った。


「君、クリスマスプレゼントは本当に欲しいものが貰えるとは限らない。だからこそ、サンタクロースは本当に欲しいものをプレゼントするんだ。これはサンタクロースの特権なんだ」


 僕はサンタクロースの言うことがよく分からなかったが、サンタクロースが僕の望むことをしてくるのだということだけは分かった。


「じゃあ、サンタさんが僕にあのゲームをくれるの?」

 

 サンタは首を振った。「君が今本当に欲しいのはゲームなんかじゃない」


「違うよ、僕はゲームが欲しいんだ」


「本当に欲しいものは、自分でもよくよく分からないものだ」


 サンタは窓の桟にしがみつきながらも、器用にポケットから何かを取り出した。サンタの大きな白い手袋をした手には、コルクで栓をされた小瓶があった。中身はよく分からない。何か、輝いていた。


「これを開けてみなさい。何か困ったことがあった時、きっと役に立つ。ただ思ったことを念じればいい」


 僕はサンタに小瓶を渡された。瓶の中の光るものは、まるで取って捕まえられた月みたいだった。


「もう限界」サンタの腕はプルプル震えていた。


「それからな、今度こういうことがあったら、『上がっていきますか?』くらいの気遣いは見せたほうがいい」


「でもさっきは大丈夫だって」

 

 そう言ったあたりでサンタは木から落ちるパンダみたいに、僕の家の庭に落っこちていった。

 

 窓から顔を出すと、サンタの姿はもうどこにもなかった。それ以降、僕はサンタに出会ったこともなかったし、こういった機会もないため、「上がっていきますか?」という気遣いを見せることはついになかった。



・・・・・・


 

 サンタクロースとの出会いは、以降僕の生き方を決定づけるものになった。

 

 まず、僕はサンタクロースを信じるようになった。クラスの子がクリスマスプレゼントは親がくれているんだと吹聴して回っているをみても、僕はサンタクロースは本当にいるんだと、心の中で思っていた。


 また、そういった世の中の不思議にも敏感になった。サンタクロースがいるんだから、もっと違う何かもあるんじゃないのかと。占いだってネッシーだって、宇宙人にもUFOにも、僕は希望的観測を持つようになったのだ。


 そして、サンタクロースとの出会いから十二年経ったある日、僕は奴隷として売りに出された。


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