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コトノハ_6

 歩きながら話す。アザが、幼い二人が伝えた内容やそのときの様子を覚えている限り正確に伝えるのを、テオは顔をしかめながら聞いている。


「タマネギ、ニンジン、お肉を炒めて、だからカレーの作り方かなって思ったんだけど、合ってる?」


「ああ…あいつらがこんなすぐにアザに会えると思ってなかったから、簡単なお題にはしてみたんだが…それも言ってなかったんだな。…しかもいきなり『なんだっけ?』はダメだよなぁ」


「『赤いものだった気がするなぁ。トマトかな?』はトマトで合ってたの?」


「いや、内容に引きずられずにちゃんと伝えられるかを試してみようと思って、全然関係ないものにした。赤いものは合ってるけど、正解は“さくらんぼ”だ。…あ、おじさん、まだ片付けてないやつでいいから何かもらっていい?」


 ため息をついたテオは通りすがりに屋台で飲み物を注文する。テオとアザの顔を見た店主は店じまいの支度を始めていたのにもかかわらず快く応じた。二つのカップにそれぞれボトルに入れてあった黒い液体とシロップを入れる。


「“コトダマ”研修の相談かい?お二人さん」


 ニコニコと問いかける店主に代金の硬貨数枚を渡しながらテオは渋い顔をする。


「うん、チビたちの。まだまだ信用にはほど遠いなあ」

「そうかいそうかい、がんばれよー」


 店主はそう笑いながらひょいとミルクを追加してテオに渡す。二人はそろってがんばりますと頭を下げた。


「…サービスされちゃったなぁ。ほい、アザ」


「ありがとう」


 渡された飲み物を一口飲む。最近流行りだした輸入物の豆を煮だして作る飲み物は、少し苦くて飲み慣れない。店主が入れてくれたシロップとミルクの甘味が有り難かった。同じように飲み物を口に運びながらテオは言う。


「いや、こっちこそいつも悪いな。忙しいだろうにコトダマの訓練にも付き合ってくれて」


「ぜんぜん。俺なんか大した手伝いになってないよ」


 テオの言葉にアザは首を振る。彼が自分と同じくらい、あるいはそれ以上に忙しい身であることは知っているつもりだ。


 政府非公認の団体、“コトダマ”。テオはその創設者だ。


 大陸で認められた職業で、広く浸透したコトノハであるが、いろいろと不便な点は多い。訓練を受けた者が文字に記すのだ、その情報は正確に相手に伝わる。しかし、受けとる側に“コトノハ”がいなければ、その手紙の内容を知ることはできない。


 また、コトノハに依頼するにはお金がいる。それなりの金額だが、中にはそのお金を支払えないような者たちも多くいる。


 そんな人々のためにとテオが立ち上げたのが“コトダマ”だ。伝え聞いた情報を言葉でやりとりする。見聞きができれば問題ないため、誰でも情報を伝達することができる。そのため、正確性には欠ける部分もあるが、文字で伝えるより速く、そして何より安く利用することができる。


 他にも、コトダマは働き口をつくる役割も担っていた。コトダマのメンバーのほとんどが、ケガや病気などで働けなくなった者や孤児たちだ。テオは職に困る彼らを取りまとめ、必要な訓練を受けさせ、コトダマを“職業のひとつ”にまで育て上げた。すべて国の制度に準じて訓練を受け、仕事を得ているコトノハとは訳が違う。彼はそれらをすべて一から積み上げてきたのだ。


 それを知っているから、少しでも手助けになれればとアザは協力を申し出た。コトダマもコトノハも、結局のところは実践あるのみ。だが、非公認であるコトダマでは信頼が必要不可欠だ。そこで、アザが伝言を受け取る役になり、そのときの様子や正確性をテオに伝えることで本物の依頼を任せても良いかの判断もしている。


 テオは最近、子供たちの訓練に力を入れている。


 孤児でも、素質を見出だされればコトノハになれる者もいるが、先ほどアザのところに来たシロやスイのような障害を持つ者たちは端から対象にならない。それは、コトノハに限った話ではなく、どの職種でも敬遠される。


 コトダマを職業として成り立たせ、彼らが食うに困らないようきちんと育てることも自分の役目だとテオは言っていた。そう熱く語るテオを眩しい気持ちで見つめたことを思い出す。自ら道を見つけ、それに向かって自力で歩んでいくテオたちを見ていると、コトノハとして、“選ばれたエリート”として用意された道をただ進む自分を恥じたくなる。


 だからこそ、自分で決めた道を意地でも進みたかった。やりたいと思ったことを、皆から散々に「才能がない」と言われても、向いていると言ってくれた人がいるから。その人に胸を張れるようになりたかった。


「…やっぱ、なんかあったんだな」


 アザの顔を覗きこみ、テオが言った。


「言えないことが多いのは分かってるけど…もし俺にも出来ることがあるなら、遠慮なく頼れよ」


 俯いていたアザがはっと顔を上げたのを見て間髪入れずにテオは続ける。彼にも心配をかけてしまった。情けなかったがその気遣いが嬉しくて、アザは呟くようにありがとうと言ってテオと別れた。


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