出会い_3
「字、上手いね。きれいに形が整っている。…この文字はそういう用途の文字じゃないんだけどね」
アザのノートを丁寧にめくりながら、呟くように彼が言う。目を合わせづらくてうつむいていたアザは、そのセリフで「速記コース」所属のエリートがどのページを見ているのか察した。
「…返してください」
静かに、アザは言った。本当はノートを奪い返したい気持ちでいっぱいだった。膝の上に置いた握りこぶしを見つめながら、アザはもう一度「返してください」と呟いた。
「ああ、違う違う。恥ずかしいのはこっちの方」
謝るでもなぐさめるでもなく、その先輩はすっとんきょうな声をあげた。予想していなかった反応にアザは思わず彼のことを見上げた。彼は頭をガシガシと乱暴にかきながら、
「課題がめんどくさすぎてテキットーに書いた落書きを、新しい文字だー、天才だーとか何とかもてはやされた挙句、新しい科は新設されるわ教科書に載るわで国を挙げて大騒ぎ、その上真面目そうな後輩のきれいな字でその落書きを丁寧に書き写されたら、もういたたまれないだろ?」
と、一息に言い放った。
「えっ…略字って、先輩がつくったんですか?!」
「そうそう。それだけに記録科でもない学生が略字を使えてることに驚いてるんだけど…これ仕組みを知らなかったら案外複雑だからね。」
なぜ使えるのか。そう詰問されているように感じてアザは再びうつむいた。そんなアザを責めるわけでもなく、彼は「んじゃあ」と軽い調子で続けた。
「話しやすくなるかはわからないけど、略字誕生のこぼれ話をしてあげよう」
文字の誕生秘話である。コトノハとして気にならないわけがない。窺うように視線をあげたアザに彼は「やっとこっちを向いてくれた」とカラリと笑った。
「その前にちょっと自己紹介。俺はクツァオだ」
そう言って、彼は芝生がはがれた地面に指を使って文字を書いた。見慣れない文字の並びだった。アザは顔をしかめながら知識を総動員させて、聞こえた音と習ってきた文字の並びを結びつけて反芻する。
「く、つぁ、お…?」
めずらしい名だ。口にして改めて思う。クツァオは、アザが一度で発音できたことに満足げに微笑みながら、
「そうそう、クツァオ。ちょっと言いにくいでしょ。今は記録科速記コース所属で、略字をつくっちゃったせいで卒業し損ねた17歳。きみは?」
まっすぐにアザを見て尋ねた。
「アザ。11歳で一応…手紙科です」
自信のなさから、答える声は小さくなる。しかし彼が、所属など気にしないとでもいうように「アザね、アザ、アザ…」と嬉しそうに名前を繰り返すので、アザも思わず笑ってしまった。
それが、クツァオとの出会いだった。