出会い_1
コトノハの訓練は、各国がつくった施設の中で行われる。
高い塀に囲まれたその施設は、あるいは軍の士官学校よりも守りが厳しいかもしれない。
外界と隔絶された施設の中庭では、午前の訓練終了後の昼休憩という、穏やかな時間が流れていた。あらかた昼食を取り終えた訓練生たちが思い思いの時を過ごしている。他の訓練生とのおしゃべりに興じる者や、昼寝をする者、走り回って遊ぶ者など様々だ。その他に幾人か目に付くのは、必死の顔で教科書を睨みつけ、手持ちのノートであったり地面であったりに文字を写し取る者たち。
この大陸では、“コトノハ”と呼ばれる者たちだけが文字を使うことを許されているが、文字を知っているからといってコトノハを名乗ることはできない。コトノハになるためには、各国が認定する資格を取る必要があるからだ。そして、その資格を持たない者は文字を使うことはおろか、知っていることさえも許されない。
ゆえにコトノハの需要は絶えない。この国では大陸の決まりを逆手にとって、毎年孤児たちからコトノハ候補を選出している。養成施設にいる間の衣食住は国が賄うし、素質がなく文字の教育を受ける前に訓練施設を出たとしても、初等教育は受けているので働き口は広くなる。コトノハとなればその後の生活も保証される。
だが、素質を認められ文字の訓練を受けても、その全員がコトノハになれるわけではない。どれだけ勉強しようと、零れ落ちる者はいるのだ。
コトノハになれずに、しかし多少なりとも文字を使える彼らがその後どうなるのかは知らされていない。学生たちの間では様々な憶測が飛び交っている。死ぬまで一生、監視されながら軍の地下施設で働くといったものや、悪いものでは文字が見えないように目を潰される、果ては殺されるというものまである。楽観的なものとしては、訓練生を続けられるといったものや、施設の清掃員になるというのもある。
なんにせよ、文字を教え込まれている以上、コトノハになれなかった場合明るい未来が待っていてくれる確証は皆無に等しい。文字を使うことに不安のある者たちが、試験前でもないのに必死に勉強するのは無理のないことであった。
そんな中、その者たちと同じように膝の上に古紙で作ったノートを広げているアザは、ほんの少しだけ異質に映った。
木に背中を預けぼんやり空を眺めながら、時折思い出したように紙に短い黒鉛棒で書きつける。そしてまたぼんやりと周りを見やる。明らかに勉強をしている風ではない。
アザが再び何事かノートに書きつけていると、ひょいと毛虫と目が合った。