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依頼_5

「俺は、コトノハが届けられない思いを届けるためにコトダマをつくった。だからこれは、コトダマの領分だ。お前が届けてくれたこの思いは、俺がちゃんと家族のもとへ届ける。…モミもそれでいいな?これは俺とアザの仕事だ」


 そう言ったテオは、扉に向かって言葉を投げる。「え?」とアザは扉の方を振り向いた。返事はなかったが、小さく足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


「モミさん?」


「アザのこと心配だったんだろ。でもこれ以上モミに聞かせるわけにはいかないしな。――これで、他に聞き耳を立てている奴がいないことも確実だ」


 テオは、はじめからモミが扉の前にいたことに気が付いていたようだ。その言葉から、彼がこうなることも見越した上でアザの言葉を待っていてくれたことが窺えた。全身から力が抜け、「はは」とため息とも笑い声ともつかない音が口からもれた。


「…なんというか…敵わないや」


「まあ、年の功ってやつかな」


 おどけて言いながらテオが机の下から茶の入った容器を取り出し、投げて寄こす。危なげなく受け取ったアザは棚から取り出したカップに注ぎながら「俺あと数年でそうなれる気しないよ」と苦笑した。


 それぞれカップを持って腰を落ち着ける。互いに一息ついたところで、アザはようやくこれまでのことを話し始めた。


 クツァオという訓練生時代から世話になったコトノハがいたこと。この文字をつくった人物であり、読み方を教えてくれたこと。卒業後、記録係として戦地へ行って、戦死したこと。鳩の少女が命がけで彼からの手紙を届けてくれたこと。その手紙の中に、兵士たちが家族へ宛てた、本当の言葉が記されていたこと。クツァオの後任として、自分が推薦されたこと。


「もともと、俺を推薦してくれたのはクツァオらしいんだ。なんでクツァオが俺を推薦したのかは分からない。でもその理由を知るためにも、俺はこの任務を受けようと思う」


「そうか…」


 黙って話を聞いていたテオは、頷きながら相槌を打った。そして、


「…あいつ、やっぱりコトノハだったのか…」


 堪えきれなかったように、ため息を吐くようにそう呟く。顔には何ともいえない複雑な表情を浮かべている。


「えっ?テオ、クツァオのこと知ってたの?!」


 驚くアザに彼は苦い表情を浮かべたまま頷き返した。


「ああ。もう何年前になるかな…町でケンカしてるやつらがいてな、けっこう派手にやりあってたから止めに入ったんだ。そのとき一緒に仲裁…というかケンカを止めさせたのがクザオだった」


「ふふっ、外でもそんなことしてたんだ」


 アザは思わず笑ってしまった。光景が目に浮かぶようだ。笑ってから、悲しくなる。


 クツァオらしいと思った。訓練所内で起きるケンカも、止めに入るのはだいたいナイラかクツァオだった。ちなみにどちらも、まずはゲンコツ。「手っ取り早い」というのがクツァオの言い分だった。。


 アザがそれを言うと、テオも笑みを溢した。


「言ってた言ってた。俺が『何も殴らなくても…』って言ったら涼しい顔して『手っ取り早いだろ?』って。なんだこいつ、と思ったんだが、不思議と馬が合ってな。それからちょくちょく訪ねてくるようになったんだ。


 あいつは自分のことを行商人の付き人だって言っててな、この町にお得意先がいるから二、三か月に一度来るんだって。帰ってくるたびに外国のよくわからんもんを土産に持ってくるのが困ったんだが」


 苦笑を浮かべて棚を見上げる。棚の上の方には、民族感あふれる小物たちが所狭しと並べられている。おもちゃや楽器のようだが、確かにパッと見ただけではどう使えばいいのか分からない。今まで触れずにきたこれらは、クツァオからもらったものだったのか。妙な納得と同時に浮かんだ疑問や違和感を、アザは飲み込んだ。


「クツァオ、好きだよ、こういうの。なんか、このよくわかんない感じがいいんだって。」


 アザは笑みを浮かべてそう言った。訓練所にいた頃もよく「町で見つけた」といろんなものを持って帰ってきていた。


「そうか。クザオらしい理由だ」


 テオも笑って頷いた。何度も深く頷いた。それから、


「あいつ、死んだのか。」


天井を見上げ、息を吐くように呟いた。


「……うん」


 何も言えず、アザはただ頷いた。テオは椅子の背に身体を預け、両手で顔を覆った。「そうか…」を繰り返す。


 受け入れがたいのは、みんな同じなんだ。そう思った。


 やがてテオは顔から手を離し、大きく息をついた。アザを真っ直ぐ見つめるその瞳には強い光が宿っている。


「クザオの頼みなら、俺にとっても他人事じゃない。あいつのことだ。俺とアザが友だちじゃなかったとしても、いずれ俺につながると見越していたかもしれない。


 これは俺たちの仕事だ。アザが伝えて、俺が届ける。だからアザ、教えてくれ。全部、ちゃんと届けてみせる。」


 そう言ってテオは力強く笑った。受け入れがたいのは、皆同じ。けれども皆、ちゃんと前を向こうとする。レノも、集積所のみんなも、テオも。寂しそうな瞳でクツァオのことを話したユルドも、きっと。


 自分ばかりいつまでもくよくよしていられない。アザは大きく深呼吸した。


「うん、テオ、任せたよ」


 そうして夜が更けていく。何十人もの、悲痛で切実な想いが込められた手紙たち。クツァオからアザへ、アザからテオへとつながれていく。


 部隊の出発まで、あと四日。

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