依頼_4
「…じゃあ、聞かせてもらえるか?」
モミが出て行った扉を見ていたテオは、アザに向き直った。黙って頷いたアザはカバンの奥底にしまい込んでいた紙束のうちの一枚をテオに差し出した。
「なんだこれ。文字…か?ずいぶんと簡略化された記号だな。略字とも違うよな?」
受け取った紙に書かれた文字をしげしげと眺めながら言う。さすがテオだ。コトノハの中でも一部の人間にしか扱えないはずの――一般人が知るはずのない文字の形も覚えている。もちろん、目にすることはあっても読み方は知るはずがないだろうが。
テオなら、一度でも読み方を教えられた文字は難なく読むことができるだろう。思い出すのに苦労した自分と違って。だから。
「……ごめん、テオ。俺、卑怯だ。」
堪えきれず、震えた声が零れた。直後に激しく後悔する。その言葉は決して言うまいと思っていたのに。
「アザ――」
「『帰りたい。帰りたい。君の待つあの町へ帰りたい。』」
心配して声をかけてくれるテオのやさしさを振り切るように、アザは読み上げた。
「『町では今頃、春の花が咲き誇っているだろうか。
出兵するとき、君のお腹の中にいた子は、無事に生まれたんだろうか。男の子?女の子?どっちだとしても、君に似て愛らしいに違いない。
お腹が大きくなっていく君をそばで支えたかった。出産のとき、そばで励ましてあげたかった。君のまずい…と言ったら怒られるな、個性的な味の手料理を食べながら、子どもの名前を二人で考えたかった。
帰りたい。君に心細い思いをさせてしまったけれど、君はきっと待っていてくれる。帰って君と、僕たちの子どもを抱きしめたい。三人で、これからのことを考えていきたい。
届かなくても、伝えたい。思いを形にすれば、その力は強くなると教えてもらったんだ。だから、手紙にしてもらった。君に届くと信じて。
待っていて。きっと帰るから。帰ったらまた、花畑を見に行こう。』」
二人とも、何も言わなかった。はじめは戸惑ったようにアザを見つめていたテオは、途中からアザが渡した手紙を目で追っていた。子どもでも真似できそうな、音を表す簡略化された文字。テオのことだ、きっと早々に読み方に気づいたのだろう。
「…この人は、この手紙を書いてもらった二週間後に亡くなってる。」
締まった喉からかすれた声を出す。身体が強ばり、呼吸が荒くなる。アザは唾を飲み込んで先を続ける。
「この戦争は、負け戦だ。戦況は俺たちの知らされているものとはまったく違う。後方支援部隊でも命の保障はどこにもない。兵士の人たちは、本当の声も上げられないまま死んでいっているんだ。
戦地で記録係を務めていた俺の先輩が、兵士たちの声を、思いを手紙にして届けてくれた。家族に届けてくれって。俺は、この手紙を、この思いを家族のもとへ届けたい。」
アザは涙声になるのを必死で堪える。決めたのに。もう後には引けないのに。後悔ばかりが募っていく。テオの静かな表情が、逆につらかった。怒ってくれていいのに。それ以上しゃべるなって、殴ってくれていいのに。
テオは何も言わない。静かに、アザの次の言葉を待っている。アザは唇を噛みしめ、言葉をしぼり出す。
「…だから、俺、テオを巻き込むことにしたんだ。手紙を読んだら、きっとテオはいやだって言えなくなる。そう分かっていて、先に手紙を読んだんだ。テオの優しいところを利用して…テオは、コトノハじゃないのに、俺……でも、どうしても、どうしても俺、戦場に行かないといけないんだ。だから……」
「アザ」
言葉のまとまらないアザにテオが呼びかける。目を合わせないアザの背中を、テオはバシンと叩いた。
「いてっ」
背中をさすりながら見上げると、テオは笑っていた。
「アザ。俺を信頼してくれて、ありがとう。」




