依頼_3
「だめだ。それは作家に失礼だって言ってるだろ。さあ、今日はもう帰った帰った」
そんなイトイにテオはすっぱり言い放つ。
「えー。あ、帰れ帰れってうるさかったのはそれでかぁ」
イトイは「ちぇー」と不満げに、だが潔く身を退いた。彼らに何の違和感も抱いていないようだ。モミは言い訳するようにイトイに言う。
「今日中に仕上がるかは分からないけれど」
「う”ー。じゃあ楽しみに我慢してます。テオさん、モミさん、また明日。アザもまたな」
残念そうな表情を浮かべながらもひらりと手を振ってイトイは帰って行った。
「ほら、あなたたちも。部屋に戻ってなさい」
と、モミは息を殺して部屋の中に隠れていた子どもたちを見つけ出して追い立てた。
「もー!上手く隠れられたと思ったのにぃ!」
「モミ、見えないのにどうしていつもわかるの?」
「さあてね。見えないから、かもしれないわね」
ぶーぶーと文句を言う子どもたちに、モミは目を細めて笑った。影の動きと音から、地団駄を踏むのが分かる。
「けちー。今度こそ絶対に見つけられないんだからー!」
「じゃあアザまたねー」
口々に言いながら立ち去る子どもたちに、アザは苦笑しながら手を振った。
パタパタと足音が遠ざかっていくのを聞き届けて。じっと耳を澄ましていたモミは口を開いた。
「――大丈夫よ。声が聞こえる範囲内に人はいないと思うわ」
「ありがとう。イトイには悪いけど、勘違いしてくれて良かった」
アザは疲れた笑みを浮かべて大きく息を吐いた。
「あの素直さは欠点でもあるが、あいつのいいところでもあるからな…。で、アザ。どうしたんだ?」
苦笑いを浮かべたテオは一転して真剣な表情でアザに向き直った。
アザがモミに呼ばれてテオの家に来るとき。モミは必ず事前にテオに知らせている。アザも、思いつきで家を訪ねることはない。コトダマの訓練の一環として子どもたちに伝言を頼むようにしている。そのどちらも、今回はなかった。だからとっさにごまかした。モミも同じだろう。
うん…と頷いたきり、アザはしばらく黙り込んだ。呼吸が浅くなり、何度もゆっくり息を吐いた。幾度か唾を飲み込んだ後、ようやく決心がついたようにアザは息を吸い込んだ。
「4日後、町を発つ部隊と一緒に、俺も町を出る。戦地の記録係として。町を出る前にコトダマに…テオに依頼したいことが会って、今日は来たんだ」
「――そっ…か…。急だね」
出かかった言葉を飲み込み、モミはため息をつくように呟いた。
「ごめん、モミさん」
「ううん。コトノハである以上、仕方のないことだって、私も理解してるわ」
「この間のことに、関係しているのか」
テオが心配そうに問いかける。クツァオの訃報を聞いた日のことを言っているのだと分かって、アザは一瞬言葉を詰まらせたが、静かに頷いた。
「……。よしっ」
モミは迷いのない足取りで扉に向かって踵を返す。
「アザ、またここに来れる?イトイに言ったことが嘘にならないように、最高のお話を考えておくわ。…アザが戦地に行っている間も、私たちコンビのこと忘れられないように。幸い、あの子たちまだまだ元気だもの」
「モミさん…」
あの子たちを見てるとどんどんアイデアが浮かんでくるの、とモミは笑った。少し無理をした笑い方だった。だがその空元気に合わせてテオは冗談めかして言う。
「思いついた内容を忘れないようにな」
「心配いらないわ」
扉の前で振り返り、モミは笑う。
「これでも、元コトノハだもの。記憶は得意中の得意よ」




