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推薦_4

「それしかできないからと任せた配達の仕事だが、お前の仕事は評判がいい。手紙以上のものを届けてくれるって、皆お前が手紙を届けにくるのを心待ちにしている」


 はっとして顔を上げた。いつも笑みを浮かべて手紙を受け取ってくれる人々の顔が頭に浮かぶ。力のいらなくなった手を優しくアザの髪に乗せたまま、ナイラは「それに」と続けた。


「今まで黙って見ていたが、お前の略字を読み解く才能は大したものだし、文字の美しさも申し分ない。どうせ、クツァオのきったない字が原因でお前は巻き込まれたんだろうが、王宮科の連中は間違いなく助かっていただろうし、これからも十分、戦力になる」


 零れそうになるものを必死に堪えながら前を向くアザに、にこりとナイラは笑いかけた。


「お前は十分、コトノハをやれているよ」


「はい…」


 絞り出すように、アザは返事した。それ以上口を開けば、せっかく認めてもらったのに情けない声をあげそうで、歯を食いしばる。ナイラはそんなアザの頭をわしわしと二度撫でたが三度目で、


「その上で、自分で決めな」


 今度はぐいっと頭を押し下げた。予想していた動作に驚きはない。アザは彼女の手の下で頷いた。「よしっ」と笑って立ち上がる。


「あんたたちも、他人の決断にごちゃごちゃ言うんじゃないよ!」


 コトノハたちは皆、ばつが悪そうに目を逸らしながらも頷いた。


 この人には敵わない。そう思ったのは、アザだけではないだろう。


 この町の養成施設で過ごした者たちは科やコースを問わずに皆、彼女から様々なことを教えられた。


 時には褒められ、時には泣くほど叱られ、ケンカでもしようものなら双方にげんこつが付きものだった。


 ──親というものがいたらこんな感じなのだろうか。


 そう思わずにはいられなかったのだから。




 すっぽかした講義の穴埋めをしてくる、とナイラはバタバタと施設に戻っていった。所長と、記録科の実質上の最高責任者。二足のわらじを履く彼女は多忙を極める。


 ナイラに釘を刺されたコトノハたちは、口を開くことすら躊躇われ互いに顔を見合わせた。潮が引くようにサァーっとそれぞれの作業に戻っていき、アザとレノ、ジンだけがその場に残る。ふぅっと、ジンは大きく息を吐いた。


「とりあえず、配達行ってこい」


 ナイラの、レノの、コトノハたちの、ユルドの、クツァオの。言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡り動けずにいたアザをぶっきらぼうに促す。


「迷ったときは、そのとき自分にできることをやればいい。お前は昔からそうしてただろ」


「……はい」


 素っ気ないからこそ、彼の言葉は素直に受けとることができる。アザはしっかりと頷いた。




 アザが出ていった扉を見つめていたレノは、隣に立つジンの方を見ずに呟いた。


「……怒ってるからな」

「ああ」


 気にした風もなくジンは答える。


「アザを守りたいのは分かる。でもそれで自分を見失うなよ」

「…わかってはいるさ」


 苦笑する。アザのことになると冷静さを欠いてしまうことには自覚があった。


 ──レノ。俺が卒業したあと、アザのことよろしくな。


 クツァオの言葉が甦る。結局、その真意はわからないままになってしまった。


 訓練生時代、特に親しかったわけではない。どちらも目立っていたため互いのことは認識していたが、関わることはない。少なくともレノはそう思っていた。


 そんな自分になぜクツァオは話しかけてきて、彼が大切に育ててきた後輩であるアザを託したのか。どれだけ考えても答えは出ず、理由を問いただす間もなくクツァオは卒業し、そのまま戦地へ旅立っていった。


 なぜ、自分に。そんな思いがあったことは否めない。きっとはじめのうちはうまく笑えていなかっただろう。だが、そんな感情はアザと接するうちに、やがて別のものへと変わっていった。



「…せめて、お前みたいなアドバイスができればいいんだけどな」


 無意識に呟いたレノにジンはまた大きなため息をつく。


「らしくない。自分は自分、なんだろ」


 落ち込みすぎだ。そう言ってすれ違い様に肩を叩かれる。不意を突かれたレノはよろけるが、彼が言いたいことを察して「そうだったな」と笑みが零れた。


 自分は自分。それはレノがジンに言った言葉だ。科を専攻する前のことだから、もう十年近く昔のことになる。そういえば、彼とはそれがきっかけで話すようになったのだ。言われるまですっかり忘れていた。


 ふん、と鼻をならしてジンは続ける。


「それに、アザを弟みたいに思っているのはお前だけじゃないし、あいつもそれをわかってる」


 背を向けたままなので表情は分からない。昔は極端に人との関わりを避けていた彼のことだ。どんな顔でそれを言えばいいのかわからなかったのだろう。「ああ」と頷いたレノは続けそうになった言葉を飲み込んだ。


 ごめん、と言うと、きっと彼は怒る。だから代わりに「ありがとう」と声をかけた。心配してくれて。覚えていてくれて。


 やはり自分は、自分を見失っていたのだろう。ジンの言葉で目が覚めた気がした。


 クツァオにはなれない。ジンのようにはできない。だがそれで良いのだ。自分は自分で。


 ジンに追い付きその背を叩く。顔を見られたくなかったのか、横に並ぶと彼はそっぽを向いたが、今度は何も言わなかった。


 今自分にできることをするために。二人は作業する仲間たちの輪に戻っていった。

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