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推薦_2

 略字は、速記コースの者だけが教えられる特別な文字だ。手紙科のアザが知り得るはずがない。


 だから、アザが略字を読み書きできることは、この町のコトノハたちの秘密だった。



 アザが町の集積所で手紙科見習いとして働き始めてそれなりの月日が経った頃。各地からの報告書や諸外国との取り決めの記録、王族の縁談話であったりと、種々の報告書が殺到し、王宮科のコトノハたちはそれらの対応に忙殺されていた。


 王宮科の者だけでは到底手が回らず、他の科の者も手伝いとして駆り出され、コトノハ総出で対応に当たっていた。


 クツァオからの報告書が届いたのは、その只中だった。


 普段なら、戦地からの報告書は王宮科の略字を扱える者たちが書き直し、王族へ提出する。しかしその作業に手を回せないほど忙しい時期が重なってしまったため、手紙科のコトノハたちにお鉢が回ってきた。


 略字を扱えるといっても、集積所に駐在しているのは記録科や王宮科から手紙科に移籍してきた者たちだ。報告書は速やかに王宮に提出しなければならないが、速記コースを修了した者でも、一部の者たち以外、略字に触れることはほとんどない。


 しかもその記入者がまた悪かった。


 クツァオは、その気になればお手本のように美しい文字を書く。しかし本人にその気はないため、紙にインクを飛び散らせたような癖のある文字になる。


 読み慣れているアザにとってはなんてことはないが、他の者たちが尻込みするほどの悪筆は、子供に紙とペンを持たせてももう少しマシな絵を描いてくれるのではと思うほどだ。


 通常の文字でも悪筆なのに、それが略字になると輪をかけてひどくなるため、王宮科の者たちもいつも、皆で肩を寄せ合ってクツァオの文字を解読している。


 クツァオの悪筆に加え、読み慣れない略字。しかし王族へ提出しなければならないため、期限がある。


 コトノハたちは頭を抱えながら夜通し解読を試みたが一向に進まず、遠方への配達から帰ってきて仮眠をとっていたアザをたたき起こした。読めるわけがないとわかってのことだった。クツァオの字を見慣れているからといって、ただの手紙科の見習いであるアザが略字を読めるはずがないのだ。しかし、寝ぼけていたアザはすらすらとその報告書を読み進めてしまった。


 驚愕するコトノハたちにアザは咄嗟に、クツァオに教えてもらったのだと嘘をついた。学生時代からあらゆる例外が認められていたクツァオだ。そういうことも許されるのかと、集積所のコトノハたちは疑うこともなく、それを信じた。クツァオとアザの学生時代から親交のあったレノだけが本当のことを知っていた。


 そのときから、クツァオからの報告書はアザが書き写すようになった。



 扱えるはずのない文字を知っているということで、アザはおそらく第26条に違反していることになる。それだけでなく、これまでアザにタダ働きをさせていたことになる集積所の者たちも、虚偽報告として罰せられることになるだろう。息を詰めてユルドの次の言葉を待つコトノハたちに、彼は口許の笑みを深めた。


「安心しなさい。何も責めているわけではない。クツァオから聞いたよ。君に略字を教えたのは、彼だそうだね」


 優しい口調に集積所内の空気は弛緩する。なんだ、クツァオ本人が話したのか。そう言って安堵する他のコトノハたちとは違い、アザとレノは深まった笑みとは裏腹にまったく笑っていないその瞳から、彼がそれを嘘だと知っていることを察した。背筋がすぅっと冷たくなる。しかし──


「…君を後任に、というのは、クツァオが言っていたことなんだ。彼は、ずいぶん君を買っていたようだね。出会ったときのことや、君との思い出話をよく聞かせてくれたよ」


 静かな口調でユルドは続けた。そう言ったときの彼の顔は、笑っていなかった。先ほどまでのガラス玉のように感情のない無機質な瞳には、寂しそうな色が浮かんでいる。その瞳を見て、アザはユルドの今の言葉に嘘はないと直感的に思った。


「今ここで返事を、とは言わない。そしてこれは命令ではなく、あくまで私の、個人的な推薦だ」


 彼はすぐさま、本心の見透かせない表情に戻って微笑んだ。


「5日後、編成し直した部隊を連れて、町を発つ。それまでに決めてくれればいい」


 それだけ言うとユルドは再び敬礼し出ていった。それ以上口を挟むことも、呼び止める隙さえ与えられなかったアザやコトノハたちは彼をただ見送った。

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