手紙_5
チチチ…
朝の遅い時間に鳴き始める鳥の声が耳をくすぐる。アザは重たい瞼をこじ開けた。
「……。わっ!」
思わず、悲鳴を上げる。仁王立ちでアザを見下ろす、蒼く鋭い瞳と目が合った。
「どこの誰かも分からない追われている人間を、部屋に入れるどころか、そのまま眠るなんて…危機管理の欠片もないな」
目を覚ましたアザに、鳩の少女は辛辣に言う。あはは…と笑いながら、アザはゆっくりと立ち上がった。
「おはよう。…ごめん、勝手に止血したんだけど…ケガの具合はどう?」
ふんっと鼻を鳴らしつつも、少女はその場でくるりと回ってみせた。短い銀髪がふわりと広がる。踊りというよりも、戦いを思い起こさせる身のこなしだ。
「おかげでへーきだ。……まずは詫びだな。昨日は、掴みかかって悪かった。あと、いきなり襲いかかって、悪かった」
少女はきれいな姿勢で頭を下げた。うなじに彫られた、オレアの枝をくわえて羽ばたく鳥の刺青が露わになる。
「改めて礼を言う。助けてくれてありがとう。私は、“鳩”のフタバ。クザオからの手紙を、アザに届けに来た」
顔を上げた少女は、その刺青を見せるように髪をかきあげ、胸をはって名乗った。しゃんと背筋を伸ばす彼女は、どことなく軍人じみている。若干気圧されながら、アザも名乗り返した。
「コトノハのアザだ。正確にはまだ見習いだけど…大事にならなくて良かったよ」
こくりと素直に頷いたフタバは、アザの足元に広がった紙束に視線をやった。
「手紙は無事に届いたようだな」
少しだけ肩を揺らしたアザに彼女は尋ねる。
「どうする?」
「どうする…って…?」
フタバは強い瞳でアザを見据える。
「手紙を届けたから、私は町を発つ。鳩である私が追われていたのは、この手紙が理由だろう。クザオには、アザに手紙を渡したら回収するかどうか尋ねるようにと頼まれている。…どうする?」
命の危険のあるものを、手元に置いておくかどうか。その判断を当人に任せてくれる。そんな気回しができるのもクツァオらしい。同時に、クツァオがフタバにそこまでの信頼を置いていたことがわかって、少しだけもやっとした。
そんな考えを追いやり、アザは手紙を見つめた。あってはならない文字で書かれた、あってはならない記録。この記録は、嘘ではない。手紙のすべてがそう告げていた。まごうことなき、本物の戦地の記録。
「持ってても、いいんだよね?」
確認したアザに、フタバは頷く。
「じゃあ、持っておくよ」
フタバの目を真っ直ぐに見返してそう言ったアザに、試すような表情を浮かべていたフタバは、今度こそ本当の笑みを浮かべて頷いた。
「そんなケガしてるのに、大丈夫なの?」
重そうな鞄に、分厚い外套、脚や腰にくくりつけたナイフと物騒な装備も平然と身につけていくフタバに、アザは心配そうに尋ねた。
手紙はまだ彼女が持っていると装い、この後もいくつか町を回るらしい。
「問題ない。それに、私は依頼が多い。鳩としての信用も高いつもりだ。その期待に応えないわけにはいかない」
口角を上げて振り向いた少女は、刺青が彫られた部分の髪を誇らしげにかきあげた。
「分かった。気をつけてね」
見送るわけにはいかない。アザはケガを感じさせない動きで、しゃんと背筋を伸ばして扉の向こうに消えていくフタバに手を振った。