手紙_3
「……え…?」
思考が止まる。未開封の封筒を見つめたまま、意味のない言葉が漏れる。
「でも、これ……だって、クツァオは…」
「わたしは鳩だ。依頼されれば、それが何であったとしても確実に届ける」
胸を張って、誇らしそうに、少女は笑う。彼女の勢いに気圧されたように、アザはずいっと差し出された封筒を受け取った。手紙がアザの手に渡ると、少女はようやく肩の力を抜いた。ほっとしたような、泣き出しそうな表情で呟く。
「クザオ…ちゃんと、届けた…ぞ…」
そう言った彼女の体が、ふらりと揺れた。
「えっ、ちょっと──」
崩れ落ちる少女の体を、アザは慌てて抱き止めた。すぅー…すぅー…と小さな寝息が聞こえる。…眠っている。
「…あの……手当て…」
途方にくれながら、アザは少女に呼びかける。もちろん、彼女が良ければ手伝うつもりだったが、相手は女の子なのだ、他人に手当てされるのは嫌だろう。
だが少女が目を覚ます気配はなく、それどころかこてんと首をアザの肩に預けてきた。
「っ──!」
声にならない悲鳴をあげる。心臓が早鐘を打つようにうるさく鼓動する。倒れこむ少女を支えたためだとはいえ、抱き抱えるような体勢になっていて、それに気付いてまた思考が空回る。
事情が事情とはいえ、女の子とこんなに近距離で接することなどまずない。パニックになりかけるアザに追い討ちをかけるように少女が身動ぎした。さらりと髪が揺れ、少女の細い首筋が露になる。そこに彫られた刺青が目に入った瞬間、アザの頭は冬の海に突き落とされたように一瞬で冷えた。
少しだけ苦労しながら、少女をベッドに運ぶ。ベッドに血が付くのにも構わない。
幸いといっていいのか、早急に手当てしなければならないような傷は腕など対処しやすい場所だった。出血している部分の処置もできたので、あとは少女が目を覚ますのを待つしかない。
“依頼が済むまで休むわけにはいかない”と峻烈に言い放ったときの気の強さはなりを潜め、少女の寝顔はあどけない。追い詰められているようにも見えた彼女は、その言葉通り、本当に休むことなくアザを探してここまでやって来たのだろう。違法であるコトノハからの手紙を持って。
彼女の銀髪の合間から見える、枝をくわえて羽ばたく鳩を象った刺青をアザは改めて見つめた。
平和の象徴であるオレアの枝をくわえた鳩の刺青は“鳩”であることを示す目印だ。それがあることで、どの国においても入国手続きを大幅に簡略化できる。実質、鳩の者たちに国境はなく、国家問題に関わるような重大なものでもない限り、その職務が妨げられることはない。
鳩が軍の者に追われるなど、まずあり得ないのだ。その事実が、傍らに置いた封筒の違法性を実感させる。手を伸ばすのを躊躇った。
本当にこれは、自分が受け取っていいものなのか。
封筒の表に書かれた癖のある文字をじっと見つめる。個人番号以外に、何か書かれている。見慣れぬ文字の並びだ。
「…あ、…ざ……。アザ?」
音にしてはっとした。これは、自分の名前だ。初めて知った。同時に浮かんでくる、彼と出会ったときには気付かなかった違和感。
どうしてクツァオは、自分の名前の綴りを知っていたのだろう。
封筒を手に取る。答えを求めるように、分厚い手紙の封を切ったアザだが、その期待は裏切られることになる。
中には何通もの封筒が入っていた。クツァオがいた部隊の兵士たちのものだろう。それらの一番下に、また「アザ」と走り書きされた紙束を見つけた。ごくりと生唾を飲み込み、おそるおそる紙をめくる。