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手紙_2

 少女の手を引き、アザは走る。追っ手は一組ではない。複数に分かれて、足音を頼りに居場所を絞りこもうとする。たが、地の利はこちらにある。コトノハとして叩き込んだ町の地形と、子供たちと一緒に遊んでいるときに教えてもらった子供専用の抜け道の数々。同時に教えられた鬼ごっこの必勝法には、足音を利用して鬼を撒く方法なんてものもあった。


 悪いと思いつつ、アザは縦横無尽に路地を駆け抜け、念入りに追っ手を撒く。手負いの少女はそれを微塵も感じさせずに並走している。それどころか、走りながら持っていた布で主な傷口を塞いでみせた。止血、というよりも流れ出る血が道中に落ちないようにすることが目的だろう。相当、場慣れしている。


 長いようで案外短時間の逃走劇の末、アザは扉を開け少女を中へ招き入れた。さすがに疲労が見え始めた少女は文句も言わずに室内に入ったが、扉を閉めた音ではっとしたようにアザに掴みかかる。


「何をしている!ここはなんだ!」

「え、俺の部屋だけど…」


 答えながら、アザは外の物音に耳を澄ます。…大丈夫。遠くから見張られていたならお手上げだが、近くに人の気配はない。


 アザが外のようすを探っているのを察した少女はその間は黙ってアザを睨み付けていたが、彼が大きく息を吐いて扉から耳を離すと再び抑えた声で詰め寄る。


「追われている人間を自室に招き入れる馬鹿がいるかっ!」


「さすがに、もう限界かなって。大丈夫、ここにはあまり帰ってこないし」


 前半は小声で、後半は安心させるようにニコリと笑って言った。実際、この部屋よりも集積所で過ごすことの方が多かった。


 コトノハは町の中で各自で家を借りて暮らしている。何人かで共同生活をしている者の方が多いが、アザは一人暮らしだ。ここは市街地からもそこそこ離れているためか、アパートの人はまばらで家賃も安く、住宅申請もすんなり通った。


「そんなことより、傷の手当てをしよう。応急手当ぐらいならできるから」


「必要ない。任務の最中だ、休むわけにはいかない」


 部屋の中から救急箱を取り出すアザに少女はスパッと言い放つ。出血はましになったようだが、それでもかなりの流血だったはずだ、大丈夫なわけがない。


「でも…」


「私は“鳩”だ。届けるべき相手に届けるべきものを届ける。依頼が済むまで休むわけにはいかない」


 食い下がるアザに、少女は肩にかかる髪を振り払い様決然と答える。その拍子に首筋に彫られた鳥の刺青が見えた。


 鳩とは、どこの国にも属さない組織で、世界的な届け屋だ。国も身分も、敵も味方も関係なく、届けるべき人のもとへ届けるべきものを届けることを理念に掲げている。その姿勢は戦地にあっても変わらない。戦場からの手紙の多くは、鳩が届けてくれるため、コトノハにとっても縁が深い組織だ。しかし──。


「…わかった。俺はコトノハだ、協力するよ。誰に届けるの?」


 強い意志のこもった少女の瞳に、アザは疑問を飲み込む。手当てをするにしても、事情を尋ねるにしても、先に彼女の探す相手を見つける方がいい。幸い、この町の住民なら、コトノハであるアザには名前も住所も分かる。


 そう言ったアザを、少女は見定めるようにじっと見つめる。アザも少女の目を真っ直ぐ見返した。やがて迷うように目を伏せた少女が再び視線を上げたとき、そこにはただ強い意志が宿っていた。


「アザという人間を探している」


「え?それなら、俺のことだけど…」


 硬い声が告げた名にアザは首をひねる。この町だけでなく、周辺の町でもその名を持つのは自分だけだ。だが、アザを探す人など、いないはずだ。


 しかし少女はその偶然に驚いて目を見開いた。噛み付く勢いでアザに詰め寄る。


「コトノハのアザか?」

「う、うん…」

「個人番号は?」


 聞かれて、アザは自身の個人番号を伝える。他人に自分の番号を伝えるのは新鮮だった。手紙の配達で他人の個人番号を聞くことはよくあるが、手紙が来ることのないアザにとってはあまりない経験だ。


 個人番号も確認したフタバは、アザが依頼の相手であると判断したらしい。ひとつ頷くと、カバンから分厚い封筒を取り出した。


「届けものだ」


 個人番号が書かれた宛名を表に、アザに差し出す。そこに並ぶのは、見慣れた癖のある文字。


「クザオからの手紙だ」

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