手紙_1
そのまま、漂うように町を歩いた。時折いろんな人に声をかけられ、立ち話をし、また別れる。そうしているうちにいつの間にか日が暮れ、夜になっていた。大きな通りには街灯が灯り、人の行き来もあるが、少し通りを外れると人気は一気になくなる。いい加減帰ろう。月が昇る空を見上げ、アザは自宅へと足を向ける。
「待て!!」
抑えた、それでいて鋭い声が聞こえた。アザはびくりと立ち止まり、辺りを見渡す。人影はない。アザに掛けられたものではないようだ。しかし、立ち止まったことでそれらの声ははっきりと聞こえるようになる。
「どこへ行った?」「あの傷ではそう遠くへは行けないだろう」「何としてでも見つけ出せ!」
こそこそと話し合う声。抑えていても殺気立ったその声にこちらも緊張する。いったい何事だろうか?
たたたっと小さな足音がした。すぐ近くだ。アザは思わずその足音の後を追って路地を曲がる。
「──ッ!」
曲がった瞬間、息を飲む音と共に蒼色の瞳と目が合った。ざっと飛び退さると同時に身構えたその人物は躊躇なくアザに蹴りを放つ。
「ぅわ!」
あげそうになった悲鳴を慌てて飲み込みつつ頭を狙った蹴りを身体を反らして避ける。が、バランスを崩して尻餅を突いた。間髪入れずに、眉間を狙った鋭い突きが迫り来る。アザはきつく目を閉じた。
ぴちゃり。額に液体がかかる感触がした。だが痛みはない。
「…一般人か」
少女の声。目を開けたアザは目の前の人物をようやっと視界に捉える。
歳はアザと同じぐらいだろう、ショートカットの銀髪に鋭い光を宿す蒼色の瞳が油断なくアザを見据える。肩で荒い呼吸を繰り返しながらも真っ直ぐに伸ばされた手はぴたりとアザの眉間を捉え、その指先からは彼女自身の血が止まることなく滴り落ちる。
追われていたのは、この子だ。
「ここにいるのは危険だ、すぐに立ち去れ」
言い捨て、歩き去ろうとした少女だが、はっとしたように路地の奥に目を向ける。アザにも聞こえる。複数の足音が迫ってくる。軍人と接する機会の多いアザはすぐにそれが訓練された者の歩き方であると気づく。
「こっち!」
ぱっと少女の腕を掴む。驚いた少女はすぐさま手を引っ込めた。血で濡れた腕は、アザの手からぬるりと容易く逃れた。
「わたしに関わるのは危険だ、すぐに立ち去れ!」
「いいから!こっち、来て!」
頑なにアザを遠ざけようとする少女の手を再び取る。今度は離れないようにしっかりと。傷だらけの少女は迷うように目を伏せ、小さく呟いた。
「依頼遂行のため。…ありがとう」