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コトノハ_1

 背の低い石造りの建物が立ち並ぶ街の中。雑然とした通りに面して店舗を構えた店々は、道ばたに目をひくものを並べながら店内に客を引き込もうとする。


「いつも悪いな、レノ」

「いえいえ、シンラの店はいつもまとめてくれてるから、仕事が早く済むよ」


 雑然とした通りの中でも、特に雑然としたその店。軒先に並べられた鍋やら植木鉢やらの横にはほうきが立て掛けてあり、積み上げられた規則性のない品揃えから、“雑貨屋”だと一目でわかる。店の奥で銅貨と記帳されたノートを見比べながら作業をしていた青年は、朗らかに返事をした。


「ただ…」


 その顔が困ったように陰る。ノートを示しながら、青年──レノは店主に言う。


「銅貨の枚数をノートに書きつけるのはやめたほうがいい。第26条に抵触するおそれがある」


 示されたページには、仕入れ値として表される縦線に売り上げである横棒が大量に引かれている。そして新しいページにはそれらの本数がでかでかと数字で書かれていた。


 この大陸には、言葉を模様で表す“文字”というものが存在するが、それはすべての人に扱えるものではない。コトノハと呼ばれる限られた人間だけが、文字を扱うことができる。この国は大陸の中では規制が緩やかな方だ。コトノハの訓練・配備も進んでおり、何より国民が数を数えることをとがめない。しかし、それを文字として記すのは話が別だ。大陸の規定では、文字を扱うどころか、知っているだけで処罰の対象となり得る。


 そのため、店の売り上げなどの計算は、こうして経済に明るいのコトノハが一件一件回って行っている。


「シンラさん、手紙の配達にきました」


 そんなやりとりの最中、店先でよく通る澄んだ声がした。線の細い黒髪の少年が重そうなカバンを肩から斜めに下げ立っていた。


「アザか、いらっしゃい」

「よう、アザ」


 店主と奥にいたレノも声をかける。アザはひょいと頭を下げて店に入った。重そうなカバンをあさり取り出したのは封が切られた封筒。表書きにはこの店の住所と店主、シンラ個人を識別するための個人番号が書かれている。


「カインさんからです。今、大丈夫ですか?」

「…ああ、大丈夫。お願いするよ」


 アザの確認に少しだけ遅れてシンラは返事をした。呼吸を整えるような、心を落ち着かせるためのような間だった。その間を急かすことなくじっと待ってから、アザは取り出した手紙の内容を読み上げた。


「店は順調か。

 仕入れの種類と加減に気をつけるように。

 客が手に取りやすいよう、商品の並べ方にも気を配るように。

 食事は…

 睡眠は……」


 透明な声が読み上げるのは、遠方の戦地にいるシンラの息子、カインからの手紙だ。手紙には店やシンラへの心配が小言のように書き連ねてある。


 実のところ、カインはこの手紙のように口うるさく言葉を発する人ではない。黙々と商品を並べる生真面目な姿と、たまに浮かべる愛嬌のある笑顔が女性客にも人気の青年だ。戦地にいる今でも、それはきっと変わらないだろう。


 しかし、兵士たちは自分のことを含む戦地での近況を伝えることはできない。無事であることを知らせるための手紙なのだ、饒舌になるのも無理はない。…それにしても、もう少し他の内容もありそうなものだが。


 だが、その生真面目さがカインらしいといえばそうだ。アザが、また店を手伝うから自分の机を残しておくようにという指示で締めくくられた手紙を読み終えたとき、シンラは零れた雫を拭っていた。


「アザ、返事を書いてくれないか」


 シンラは涙声のままアザに依頼した。手紙を届けに来たコトノハがその場で依頼を受け、返信を書くのは珍しいことではない。しかしアザは困ったような顔をしてうつむいた。そんなアザに助け船を出したのは作業を続けていたレノだ。


「シンラ、アザはまだ手紙、書けないんだ。俺でよければ今書くけど…せっかくカインに返信書くんだ、手紙科のやつに頼んで書いてやって」

「ああ、そうだったな。私はアザの言葉の選び方、好きなんだがねぇ」


 しみじみ言ってあっさりと引き下がるシンラ。二、三言やり取りしている間にレノの方の作業も終わり、二人はそろって挨拶をしてシンラの店を後にした。


***


「すみません」


 店を出てしばらくして。アザはレノに頭を下げた。

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