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一章 3

そりゃそうだと思う。だって、王子様たちの心証がよければ、それだけ良い噂が流れるし、縁談にもとても有利に働くはずだもの。

エラさんが気合を入れる気持ちも十分に伝わって来る。

それに、いろんな人からの助言があるなら、エラさんがこう言った事になれていなくっても、問題ないだろう。大丈夫というわけである。

さらに、“アニエスさんの試験”の合格基準に達していれば、今年から舞踏会への出席が許されるとなれば、エラさんの気合いは頂点に達するだろう。

私が知っているお貴族様のお嬢さんたちって、皆って言っていいくらい、舞踏会に気合い入れて参加しているし。

さてそんなわけで、三人の娘さんと、アニエスさんの本格的な入浴が決まったわけなんだけど、ここからがとっても大変だった。

何故かって、本格的な入浴にはたくさんのお湯が必要で、その分薪も必要で、お湯を沸かせる場所というものが、厨房とかと限られているのが一般的なお屋敷で、このお家で、誰かが本格的な入浴をする時は、皆で力を合わせてお湯を運んだり、色々調節したりして入ってきていたのだ。

だから、一度に四人の女性が本格的な入浴をする、となったら、使用人さんたちはてんてこ舞いなわけで、ついでに言えば、ジャーナさんは仕事が終わったらさっさと帰ってしまったから……食器を洗うのはジャーナさんの仕事じゃなくて、他のオールワークスメイドさんたちの仕事というくくりだ……使用人の人たちは三人で、四人分の入浴の準備をしなくちゃいけないのだ。

私だってそれがとても大変な事は知っている。最後に本格的な入浴を済ませたのは、今の使用人さんたちが働く前だったから、このお屋敷の女の子たちが、全員で協力し合って入っていたのを、私はこっそり見ていた。

ついでに、えっちらおっちらお湯を運ぶのが大変そうだったから、何回か厨房と浴室を往復して、お湯を運んでおいたりした。

でも、今は三人もオールワークスメイドさんがいるし、侍女の人たちだって手伝うだろうし、私が頑張らなくたって大丈夫だろう。

それに私には、大事な大事な、猪のベイコンとハムの下ごしらえというものが待っている。

幸いと言うべきか、隠し部屋みたいな冷暗部屋には、マシューさんが残していたらしい、加工肉用の岩塩がたっぷりと置かれていて、塩の調達に問題はない。

それに畑で私がたっぷりと香草を育てているから、それを使っても、なくなっているとは気付かれないだろう。

そんな風に、私は判断して、厨房の奥の、冷暗部屋で一人、ちょっと寒いなと思いつつ、作業をしていたわけなんだけど……


「何で一度に四人も本格的な入浴をするのよ!」


「あー、もう! お湯が重たい、熱い!」


「私達の手が荒れちゃうじゃない!」


「ネリネ、あんたもっとちゃきちゃき動きなさいよ!」


「……すみません。でも私はあなたたちよりも、たくさん運んでいます」


「うるさいわね!」


ジルさんもシャルさんも、一度に大量のお湯を運ぶ作業が辛い、と文句を言っているらしい。

そして、お湯を運搬する係を、全部ネリネさんに押し付けている。

ネリネさんは一つも文句を言わないで、延々と、台車をつかって、大量のお湯を出来るだけ素早く運んでいる。

ジルさんとシャルさんが何をしているかって言うと、かまどでお湯を沸かしている。

二人で沸かす意味あるのかなって思うし、お湯が沸くまでの間に、たまっている食器を洗っちゃいなよ、と出来る家事妖精の私は、見ちゃうけど、二人はやる気にならないみたい。


「あーもう、このお屋敷、とってもはずれ!」


そんな文句を言うジルさん。


「それほどはずれじゃないでしょ。お給金は平均の二倍よ」


「でも重労働が多いじゃない! それに住み込みだから、夜中に獣の遠吠えとかが聞こえてくるのよ!」


「お屋敷に入ってこないから大丈夫でしょ。でも重労働が多いのは同意したいわ! 掃除洗濯料理の手伝い、庭仕事とかは私たちの仕事じゃないからいいけど!」


そんな風に、お屋敷の文句をひたすら喋っている間に、ネリネさんが戻ってきて、沸いたお湯をまた大きなバケツに移して、黙々と運搬を続けている。

ネリネさんって辛抱強い人なんだな、とここからも分かるだろう。

私は、四人分の入浴が終わるまで、厨房の冷暗部屋に隠れて、様子を伺い、ジルさんもシャルさんもネリネさんも、仕事を終わらせて、厨房から去っていくのを確認して、こそこそと出てきた。


「やっぱり食器洗ってない! もう、食器も洗わないのに、仕事が重労働だとか言っちゃだめだよね! お給金分は働きなよ!」


私はそんな独り言をつぶやきながら、使われた食器を綺麗に洗って、曇りもないくらいに噴き上げてから、所定の棚にしまい込んだ。

それから、厨房をいつもみたいに磨くほど掃除して、その辺の空き樽の上に座り込む。


「……いつもと違う時間だから、お夕飯食べそびれちゃった……お腹空いた……」


そんな事を言いつつ、食べられる物を探したのに、今日は料理できそうな物が、何一つ残っていなかった。

……お腹空いた……お腹がすくと疲れるんだよね……はあ、ついてない日かも。

私は、あんまり褒められた事じゃないけれど、黒パンが保管されている棚から、黒パンを一つ取り出して、一食分切り分けて、水だけで、もそもそと食べ始めた。


「早くお洋服もらえないかな……」


お洋服が貰えれば、直ぐに転職も出来る。他の技能教習を受けて、もっとすごいブラウニーにもなれる。

深くため息をついた私は、その時、小さな音を立てて下りて来る、誰かの足音に気が付いた。

い、いけない、隠れなきゃ!

私は慌ててていたので、かじりかけの黒パンも、水を入れたコップもそのままに、物陰に飛び込んだ。

飛び込んで、そっと出入口の方を見ると、現れたのはネリネさんだった。

ネリネさんは、寝間着姿で、疲れた顔をしていて、いつもかけている分厚い眼鏡を指で調節しながら、ろうそくの乏しい灯りで、辺りを見ていた。


「……食べ残し……? 誰かいるんですか」


ネリネさんは、調理台の上にある、私の齧りかけの黒パンが、鼠にかじられたものじゃないって気付いたみたいで、暗闇の方に問いかけている。


「……怒ったりしないから、出て来てくれませんか……?」


とネリネさんが言っている物の、ブラウニーは姿を見せちゃいけないから、だめなんだよね。

どうなる、と思っていると、ネリネさんは


「……まあ、いいか……」


と言いながら、ごそごそと冷暗箱を調べて、使いかけのハムを取り出した。使いかけは、残ったきれっぱしじゃないから、ジャーナさんは持って帰らなかったのだ。

そして手持ちのナイフで、ネリネさんは一枚分薄く切って、それを齧った。

……ネリネさん、つまみ食い? そりゃあ、今日はいつもより重労働だったけど、ジャーナさんは使用人の皆のご飯は、自分よりもケチな感じで作るから、大柄なネリネさんには足りなかったのかもしれない。

ネリネさんは一枚のハムを、大事に大事に咀嚼した後、また一枚、薄く切って、私の食べかけの黒パンの上に乗せた。


「……誰か知りませんが、これで共犯という事で」


そう言ってネリネさんは、ハムを包んでいる布を包み直して、何もなかったように、厨房の階段を上がって行った。


「……」


私は、一気に豪華になった黒パンを見て、ちょっと考えてから、それに飛びついた。


久しぶりのお肉だもの!!!!


でもお礼とかしたいな。お礼って何がいいだろう。そうだ、ネリネさんは一人部屋だから、お手紙を扉の向こうへ滑り込ませよう!

私は出来るブラウニー、簡単なお手紙位だったら書けるのよ!!

というわけで、私はどこかから小さな紙を、一枚分と、インクと羽ペンを一個ずつ、借りる事にした。

何処のものなら大丈夫かな、と考えてから、そうだ、最上階のさらに上、屋根裏に色々なものが押し込まれていたから、そこの中ならもしかしたら、何かあるかも! と思った。

でもそういう場所のものって勝手に使っちゃいけないから、ううん、うん、どうしよう。

ちょっとそんな風に考えて、思いついたのは、アニエスさんの書き損じの、捨てられる運命にある紙きれの裏を使おう、という事だった。

それに、アニエスさんはいつも執務室にいるわけじゃないし、アニエスさんがいない時を見計らって、ちょっとだけ借りても大丈夫! 紙切れ一枚に


「ハムをありがとう、とてもうれしい」


って書くだけだもの!

それに私達。ティル・ナ・ローグのお里の妖精は、お礼をちゃんとするのがモットーであるからして、ハム一枚分のお礼をしないなんて、できないの!

私はブラウニーで、トロルさんたちや、コボルトさんたちみたいに、きらきらする宝石とか、金銀とかを、渡す事は出来ないけど、お礼の事はちゃんとするの!

そう決めた私は、今日も厨房をとってもきれいに片付けて、磨き上げて、寝場所に移動する事にした。

これから暑くなるから、もうちょっとさらっとしたシーツにするための端切れ、どこかに堕ちてないかな……

なんて考えちゃったりね!

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