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序章 5

「ただいま、私の愛しい妻よ、娘たちよ!」


エラさんがパンというか、かちかちの小麦粉の塊にかまどで焼き色を付けた頃、一家の旦那さんが帰ってきた。

彼が帰って来る時はいつでも、家族へのたくさんのお土産を持ってきていて、馬車は荷物を積んだ物を含めて三台もあるのだ。

アニエスさんが、旦那さんに抱きしめられて、頬にキスを受けて、キスを返す。

ありふれた挨拶だ。

それに、イオニアさんとオーレリアさんが、しとやかに礼をした後、旦那さんに抱きつく。


「お父様、お帰りなさい! ご無事でなによりです!」


「お怪我とかはしませんでしたか? お疲れでしょう?」


「はっはっは! 大丈夫だとも! 今年もたくさんの冒険の話を、皆に聞かせられるなあ!」


旦那さんは結構豪快な人だ。そして抜け目なく、儲け話に鼻が利く。

お出迎えに出たのは、無論エラさんもで、エラさんはそれは綺麗な衣装に着替えていた。

いつ買ったんだろう……?

まあ、私が知らないだけで、出入りの人とかもたくさんいるから、その中の仕立て屋さんに頼んだのだろう。

そんな綺麗なエラさんが、お父さんに抱きついた。


「お父様! お帰りなさい! お父様が元気に帰ってきてくれてとてもうれしいわ! 今日は私の特製のお夕飯なのよ! 楽しみにしていてね!!」


「エラの手料理か! それは楽しみだ! うん、アニエスも手紙で、エラが料理上手だとほめていたよ。これなら、“試験”も合格にしていいかもしれない、と」


「本当!? お義母様!」


「ええ、エラはこの一週間、色々な事を、とても頑張っていましたからね」


アニエスさんが頷く。

そのお料理を作っていたのは、ブラウニーの私だよ、と言いたいが、ここに出て行くわけにもいかないので、エラさんが私のやった事を、自分のやった事だという風にしていても、訂正できるはずもない。

今日の料理で、嘔吐しない人が出ればいいんだけど……

影で見守りながら心配している私とは違い、一家の皆さんは旦那さんを中心に室内へ戻っていく。

荷運びの手伝いの人たちが、たくさんの、女性への贈り物にぴったりな包装の物を運んでいく。

いいなあ、あの仕立て屋さんの箱の中身。私も素敵なドレスが欲しいなあ。


「もう着ない、お古のドレスとか、くれたりしないかなー」


ここはお貴族のお嬢様の家で、使用人の人達が使う様な、おしゃれでかーわいいエプロンはもらえなさそうだから、もらえるなら綺麗なフリルやレースのついた、ティル・ナ・ローグのお祭りでも着ていけそうなドレスがいいなあ、と私はこの時とっても暢気に考えていた。





そして運命の夕食の時間の時間に、私の口からはとても語れない悲劇が起こり、旦那さんは沈痛な顔で


「料理のセンスは、お母さん似だな……」


と何度も口をすすいだ後に言い、化粧をしているのに土気色の顔をしたアニエスさんの方は


「……新しい料理人を入れたいから、こんな事をしたのかしら……? エラが頑張っているから、料理人を新しく雇い入れる事も、視野に入れていたのに……」


と喋るのも辛そうに言っていて、イオニアさんはお腹を壊して苦しんで寝込み、オーレリアさんは心底不快そうな顔で、口をすすいだ後、温かいお茶を飲んでいた。

自分の料理が惨劇を呼ぶものでしかなかった事を知った、エラさんは、本当に悲痛な顔で


「私のお料理ってそんなにまずいの……」


と言っていた。いや、酢と塩をあれだけ入れた時点で気付いてほしかった。

さらに、アニエスさんが厨房のすべてを調べ上げた結果、食材がほとんどなく、調味料も底を尽きていた事などから、エラさんの料理センス皆無な事と、厨房の備品などの確認まで、エラさん一人では手が回りそうにない、という事で話はまとまった。

さらに旦那さんが


「料理人を雇ったり、新しい使用人を数人雇い入れるくらいには、稼ぎがある! エラが出来ないのなら、誰か出来る人間を雇おう! そして上の娘たちの身づくろいのために、そういう使用人も雇おう! それがいい!」


という事を宣言し、新たに合計で、五人のお屋敷に雇い入れられる事になった。

アニエスさんは難しい顔で


「それではエラの訓練にならないわ」


と言ったものの

旦那さんが


「エラはこれから、上流貴族の奥方になるんだ、人をきちんと使う方の訓練の方が大事だ!」


とごり押ししたため、稼ぎ頭の旦那さんには逆らえなかったのか、アニエスさんは


「ちゃんとした身元の人を雇い入れるようにしてくださいね」


というほかなかったみたいだった。

そんな事件から一週間後、旦那さんが面接までして、選び抜いた女の使用人さんが、五人やってきた。

内訳としては、料理人のおばさんが一人。何でもする召使さんが一人。それから、年頃の女の子のお世話をする侍女さんが、娘さん三人全員につけられて、三人!

なんでもする召使さんが、一人って少なそう、と思うけど、旦那さんは


「エラ一人で、あらゆる事が回せたんだから、一人で十分だ!!」


という判断である様子だった。


「手が足りなかったら、エラも進んで助けるだろう! いや、いい娘だ!!」


という事らしい。

そして、料理人のおばさん以外、彼女たち全員が、このお屋敷に住み込みで働く事になったのだ!

これは一波乱ありそうな気がするんだけれど、大丈夫なんだろうか……この家、周りが山だから、狼の遠吠えとか、庭の畑を荒らしに来る獣の争いの声とか、するんだよね……

家畜の世話の項目の中に、“害獣駆除”とか、“害獣対策”とかも入ってたから、私がいる間は、大概の怖い獣は、お屋敷の中に入れないけれど、そんなの、私の事を知らない町の出身の人が、理解できるわけもなく……

ついでに言っちゃうけど、料理人のおばさんも、なかなか町育ちって感じで、山の中腹というか、結構山っぽい場所にあるお屋敷であるこことは、相容れないんじゃないかな、と思う事もいくつかあった。

ここに食材を売りに来る商人さんの商品って、ジビエっていわれるお肉とか、傷む速度を遅くするために、毛皮とかがある状態のままだったり、羽をむしる前だったりするんだ。さすがに血抜きとか、腐敗を促進させる腸を抜くとか、最低限の事はしてあるけど。

普通に町でも食べるだろう、塩漬けの豚肉とかは、樽に入っているけれど、このお家のベイコンは生肉の塊を買った、マシューさんの自作だった。

ベイコン、ハム、ソーセージ……マシューさんはとっても優秀な料理人さんだったに違いない。

燻製はお手の物だった、あの人。そしてとーってもおいしかった。ベイコンを分厚く切って、焦げ目がつくまで焼いた簡単なものでも、今まで食べた中では一番ってお味だったよね。

でも、町育ちで、野生の獣のお肉を食べた事も、調理した事もない料理人のおばさんは、金切り声をあげてから、叫んだ。


「こんなものを料理できるわけないじゃない!!!」


「前のコックさんはよく買い求めてましたよ。……ではこちらもこちらも、買わないという事でよろしいでしょうか」


出入りの商人さんが、念押しするように言っている。並べられているのは、マシューさんが、いつも買っていたジビエたち。お値段は……まあブラウニーの私にはよくわからない。

でもマシューさん、この数字だったら、いつも嬉しそうに買ってたっけなあ。

しかし、おばさんは、悲鳴のように言う。


「そんな物どっかにやってちょうだい!!」


「ではお買い求めは、塩漬けの豚肉、豚肉の塊、鳥の肉……野菜はこれだけ……おや、ずいぶんと買い求めますねえ」


「なんだい、文句があるのかい」


「いえいえ、こちらとしてはありがたい限りですよ。……コックさんが変わると、仕入れも大きく変わりそうですねえ、次に来る時は、もっとお姉さんの欲しいものをそろえてきますとも、候補として何がありますか?」


「バターとか酪農品が欲しいね」


「ここでは山羊も飼っておいででは」


「山羊のお乳なんか臭くて飲めないよ。そうだ、乳牛を持ってきてちょうだい」


とんだ無茶ぶりである。しかし町育ちの人ってこんな風に、色々購入して生活しているんだと思うと新鮮だった。

実を言うと、今までの私のお手伝いしてきたお家って、豪農とか、山がちなお屋敷とかばっかりだったの。私、都会的なお屋敷にお勤めした事ないんだ。おばあちゃんはどこでも最高のブラウニーだったってお母さんが自慢してたけど。私は都会的なお屋敷は肌に合わない気がして、就活の時も候補に入れないし、紹介してくれる子も、分かってるから、そういう都会的なお屋敷とか豪商とかは、そこがいい子に回してる。

私が陰で隠れて、お買い物を見守っていると、商人さんは去っていき、料理人のおばさんは、ぶつぶつと品ぞろえの悪さに文句を言っていた。

ベイコンもハムもソーセージもリエットも売ってないなんてありえない、とか。

マシューさんは、ジビエであれこれ作るコックさんだったし、そのコックさんに合わせて仕入れて来ていたから、今日は違っちゃっただけだと思うんだよね……

私はそんな風になんとなく見守った後、商人さんはどうするんだろう、と思って、気になったから商人さんを見送るため、後を追いかけた。

ちなみに、私が見つかるわけがない事だけは、確かだと言っておくね。

私が足音を一つも立てないで追いかけて行くと、商人さんは門扉の前まで来て、鼻を鳴らした。


「まったく、マシューの旦那は気前もいいし、欲しいものもちゃんとリストにしてくれたし、毛皮や羽毛をためて銀貨や銅貨と交換してくれたってのに! これじゃあ毛皮だの羽毛だののあてが一つ減っちまったな」


とぼやいていた。

そして不意にこちらを見て……というかお屋敷の方を見て、ぼそっと


「このお屋敷も大丈夫なのかねえ……」


と呟いていた。

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