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五章 6

とりあえず完結しました!!

大変な事になってしまった、もう誰もこの後の事を止められないだろう。


「……大丈夫ですか、こんなに腫れ上がって」


そんな事を言いつつ、ネリネさんが私の頬を冷やすために、何度も桶の水の中に手拭いを浸して渡してくれる。


「ははは……たぶん骨は折れていないから、最悪の事態にはなってません……」


そんな事を返しながらも、私の頭の中には色々な事が巡っていた。

妖精と言われる私達は、酷い事をした人間を許さない種族だ。

それは無論ブラウニーにも言える事で、そしてこれだけの暴力を受けたならば、妖精が下す仕返しは、残酷極まりない物になる。


「……お医者様を呼びますか」


「そこまではしなくって大丈夫だと思います、ネリネさん心配しすぎですよ」


「……私の知り合いの女性に、お腹を蹴られて子供を望めなくなった人がいたんです。彼女はとても評判のいい働き者で、誰からも好かれていて、それが仇になりました」


ネリネさんは眼鏡の向こうで悲しそうな顔をしている。あまり表情を表に出さない人が、これだけ表情を変えるほど、その人は悲劇的な事になった人だったんだろう。


「……お仕えしていた家の子息が彼女を気に入り、何かと特別扱いをしてしまったんです。結果彼女は子息の婚約者の悋気により、そんな結末を迎え、故郷に帰りました。……そして、森に向かった後消息を絶ちました。未だに彼女は見つかっていません」


重たい話だった。それだけその女性は絶望したんだろう。もしかしたら彼女には恋人がいて、明るい未来を描いていたのかもしれなかった。


「……ビスケットさんにそんな目にあってほしくないんです。だから早くお医者様に見せて、問題がないか確かめたいんです」


「大丈夫ですよ、やせ我慢じゃなくて! あ、いてててて……」


大声を出したら、お腹に響いて結構痛かった。でもお腹の骨も内臓もやられていないから大丈夫。そこの所は自分でよく分かるのだ。


「……本当に? もしもおかしな事になったらすぐに教えてください。タラには知り合いの医者が数人いるんです」


お医者様の知り合いが何人もいるネリネさん、一体何者なんだ、とまた私は何度目かわからない疑問を抱く事になった。本当にネリネさんは謎多き使用人である。


「あ、シュガーさん! 大丈夫ですか? 旦那様のお許しをもらったので、痛み止めの薬草を温室の庭師からもらって来たんです!」


私がカラ元気のようにネリネさんに笑いかけると、そこでこのお屋敷の使用人さんで、ちょっとお手伝いをした女の子が、厨房の隅にいた私達に声をかけて来てくれた。手に握っているのは確かに、この季節は温室に入れられている薬草だった。


「わあ、ありがとうございます、貴重な物でしょうに」


「旦那様が、一部始終を見ていて、心配していらしたんです。アニエス様の使用人の女の子は大丈夫なのかと。この家のお嬢様も、あなたと同じくらいの年ごろなので、いっそう心配だったようなんです」


「お礼を言わなくちゃいけませんね……」


私はその薬草を手際よくすり鉢ですりつぶし始めたネリネさんを見ながら、自分で手拭いを冷やし直した。

その時だった。

不意に、開いていなかった厨房の窓が開いたのだ。

そして鼻をかすめたのは、森の青い匂いに、よく知った匂い。


「ビスケット、ついに見つけた様じゃな」


瞬間移動してきたみたいに、私の目の前にはおじいちゃんが、おじいちゃんの犬を引き連れて立っていた。

でも、人間の人達にはおじいちゃんの姿は見えないだろう。姿を消したまま、色んな事が出来るのは妖精の特権だし、ドルイドという立場のおじいちゃんにとっては造作もない事なのだ。

おじいちゃんの隣の犬は、じっと私を見て匂いを嗅ぎまわっている。


「見つけたって……まだ見つかってないよおじいちゃん」


「いや、お前は身を挺して見つけた。……あのトランクの中身に混ざっていた臭いと、おぬしを傷つけた人間の臭いが一致した。お前にひどい事をしたのは、あの娘っ子だ」


「え、エラさんが」


私は、消去法で考えても、なかなか決めきれなかった二人を思った。オーレリアさんとエラさんだ。

あの二人のどっちかが、トランクケースの中に、一杯の劇物を入れた事までは突き止められそうだったけど、どっちか、というのはこれからもしっかり嗅ぎまわらなくっちゃいけないと思っていたんだ。

でも。

おじいちゃんはもう、見つけたって言った。エラさんだって言った。


「そんな早く分かる事が出来るんだったら、おじいちゃんがちょっと嗅ぎまわった方が早かったんじゃないかな」


「お前が仕返しをする相手を特定したいと、妖精女王様に乞うたんじゃろうが。ビスケットがお願いをしなかったなら、わしはさっさと相棒のバーゲスト、シルヴァーグレイとあのお屋敷にもぐりこみ、家を滅ぼすまじないと、酷い事をした張本人への何よりも辛い罰を与えておったわい」


「……だって、親切にしてくれた人たちがいたから……全部ひどい目にあうのは嫌だったんだもの」


「そこがお前の優しい所じゃよ、だが今回は見過ごせん。わしの可愛い名づけ子のビスケットを蹴り飛ばしおって! そんな事をされている以上、名付け親のわしが出て来ても誰も止められぬ。ビスケット、お前もな。おじいちゃんはしっかりと、お前にひどい事をしたあの娘っ子を罰する。そしてシルヴァーグレイが犯人を特定した以上、その娘っ子以外の誰にもひどい罰はくださん」


「……今回の事がなかったら、おじいちゃんもっと見守ってた?」


「お前が一生懸命に調べ回っていたからな、ここでおじいちゃんが手を貸すのはお前の成長にならんと思ったわけだ、だが今回の一件で状況は大いに変わったと言って過言ではない」


そうだそうだ、と言わんばかりに、シルヴァーグレイが鼻を鳴らした。


「ま、とりあえずとばっちりは受けないように、お前に親切にしてくれた方々の夢枕に警告を発する事はしておこう。それをどうとらえるかは、各々の考え次第じゃ」


ぱちん、という軽い音が鳴って、そこで私は、おじいちゃんが一種の結界を張って、私に話しかけて来ていた事に気付いた。妖精同士でも気付かないほど、自然な結界が張れるおじいちゃんは、妖精女王様が一目置くだけの凄腕だった。


「……だれかがいましたね」


ネリネさんが私にすりつぶした痛み止めの薬草を渡しながら、小さな声で言った。ねえ、ネリネさんなんで気付いてんの、と言いたくなったけど、私自身の正体を知られたくないから、とりあえず


「どうしました? 窓が開いて誰かの声がしたとかじゃないですか?」


って誤魔化す事にした私だった。







「ビスケット、あなたはしばらく、私のお婆様の別荘でゆっくりしていなさい」


次の日、アニエスさんが私を呼び出してそんな事を言ったからびっくりした。

体は大丈夫かとか、そんな会話を少しした後の事だったから余計にびっくりしたんだ。


「わ、私解雇されちゃうんですか……」


「あなたみたいな真面目で誠実な働き者を、落ち度もないのに解雇するわけないでしょう。ただエラがかなりあなたを敵視している者だから、あなたの安全のために、そちらに行ってほしいと言っているだけですよ」


「奥様……」


「エラは頑として謝らない、あなたが悪いとばかり言う物ですから、この場には集めませんでした。全く、どういう教育をしたらああなるのか……」


あきれ果てたという調子で言うアニエスさん。アニエスさんは私が知っている限り、びしばし鍛えてしごいていたから、エラさんの行動が許しがたいんだろうな。


「ましてあの子は、イオニアとオーレリアに抑えられてなだめられた後、何事もなかったかのように夫の邸宅に戻っていってしまいましたからね。本当にごめんなさい。いえ、あなたには一番初めに謝罪するべきでしたね、本当にごめんなさい」


……使用人にここまでまともに謝罪が出来るアニエスさんって、すごい出来た人だな、と思った。

私が今まで見てきた使用人と雇い主の関係で、使用人に暴力をふるったからって、こんなすぐに謝ったり自分の非を認めたりできる人って滅多にいなかった。

下の身分の相手に、謝れるアニエスさんはすごいとしか言いようがなかった。


「お医者様を呼ばなくていいと言っていた、とネリネから聞いたのですが、本当に大丈夫なんですよね」


「見た通りの状態ですから」


「顔に切り傷があって頬が腫れていますけれど」


「エフトラの森で遊びまわっていた頃もこんな事、ありがちだったんで大丈夫ですよ! 歯もなくなってませんし、骨も折れてませんし、奥様、そんな痛そうなお顔をしないでくださいな」


事実を言うと、アニエスさんはまた頭を下げた後、こう言った。


「エラの八つ当たりを避けるためにも、あなたにはお婆様の別荘で働いてもらいます。あなたがいなくなるのは本当に痛手になりますが……エラの事は私の方でもしっかりけじめをつけます。頭に血が上っただけで、ああも簡単に手を出す娘というのは、本当にこれから苦労しますからね」


アニエスさんは何度も私に謝って、私はうんうんと頷いて、移動は早い方がいいだろうという事も有って、その日のうちに、私はアニエスさんのお婆さんの別荘に移ったのだった。

……知らなかったんだけど、アニエスさんのお婆さんって、王室の家庭教師をしていた凄腕で、今でも王子様とか王女様とかが、お婆さんをしたって遊びに来るほど人望のある人だった。

そのため、荷物とともにお婆さんの別荘に向かった次の日に働いていたら、あの、ファイアちゃんに乗った王子様がやってきて、私を見て目を見開くっていう事になったのだった。







……おじいちゃんは、しっかりきっかり、エラさんに罰を与えたみたいだ。

お婆さんの別荘で、せっせせっせと働いている私に、お婆さんは世間話の様にエラさんのあの後を教えてくれたし、遊びに来た王子様も、王宮で起きた醜聞とかを教えてくれた。

アニエスさんは離婚したらしい。旦那様であるウィリアムさんに、エラさんの教育のし直しを相談したけれども、取り合ってもらえず、それどころか


「私の世界一美しいエラに、お前のような凡人顔が嫉妬してそんな事を言うとはどうかしている!! 前から思っていたがお前は継子いじめがひどすぎる! お前のようなろくでもない女とは離婚する!」


と宣言され、アニエスさんもエラさんの事で起きるとばっちりともう関わりたくなかったのか、離婚を受け入れたそうだ。

元々はアニエスさんの貴族の階級目当てだったのに、そこら辺忘れちゃって離婚するとか、残念な人だ。

それにおじいちゃんも、妖精女王様から派遣されてきた、罰を与える妖精仲間たちも、もうエラさんとアニエスさん一家が縁を切ったから、私の悩みはなくなったと言わんばかりに、不幸の粉をエラさんの頭にたっぷり振りかけた。

その結果、エラさんは不幸の連続だ。

エラさんを溺愛していたウィリアムさんの事業が悪化し、積み荷は山では山賊に襲われて奪われ、船に乗っていた商品は大嵐で皆沈み、ひいきにしてくれていたお金持ちたちは、エラさんのやった事をどこかから聞いて、こんな所をひいきにしているとか思われたくないと去っていき、豪華なお金持ちの生活を維持できなくなったのだ。

ウィリアムさん自身に、不幸の粉はふりまかれなかったはずだけれど、エラさんに山盛りに振りかけられた余波だろう。不幸の粉って本当に怖いものだ。妖精にはあんまり効果がないけれども。

エラさんも、アニエスさんの側でなくてウィリアムさんの方に行ったから、もう貴族でも何でもないのに、まだ自分が貴族の娘だって言う感覚でいて、王宮のデビュタント式の時に、招待状もないのに参加しようとしてド顰蹙を買い、泣き落としも出来なかったらしい。


「私はこの家の娘なのよ!」


という主張も、王室のお役人さんが


「いや、あなたのご両親離婚してて、あなた商人の父親の方に行きましたよね? 完全に貴族じゃありませんよ」


何て突っ込まれて赤っ恥をかいたそうだ。

そしてエラさんのデビュタントは、起死回生の一手だったらしく、それも失敗してしまったから、エラさんの貴族になれる嫁ぎ先なんて見つからず、夢に見た玉の輿なんて夢にさえならなくなって、エラさんはショックのあまり暴飲暴食、顔中ニキビだらけになって、ぶよぶよになって、ショックでお風呂にも入らなくなったから、体臭もきつい物になって、美貌は見る影もなくなっちゃったらしい。

ウィリアムさんはひどい事に、美しくなくなった娘に利用価値がなくなったとか、あんな事をしなければこんな目に合わなかったとかで、エラさんにきつい言葉を投げつけて八つ当たりしているらしい。

今までそんな事を言われた事のないエラさんは、余計に引きこもっているとかいないとか。

不幸の粉のさじ加減がすごすぎる。明らかに呪われているとは思われないけれども、不幸の連続、ありふれた不運が立て続けに重なるというたまにある話、という事で、あの家が呪われているとかそんな話にはならない。

きっとこれから、エラさん達は没落の一途をたどっていくんだろう。それが妖精たちの与えた仕返しだった。死人が誰一人出ていないのだから、まあ、まだ優しい方なんだろう。

それはおそらくおじいちゃんの采配だろう。死人が出たら私が悲しむからだと思う。



イオニアさんはオーレリアさんを侍女見習いという形で一緒に王宮に連れて行った。イオニアさん自身はあまり王子様の花嫁候補という事を考えていなかったけれども、オーレリアさんはなんと、隣国の山歩きが趣味な王子様と意気投合し、王子様の侍女という大出世をする事になったそうだ。

そしてイオニアさんは、アニエスさんの後を継ぐ人が自分だけになったから、王宮の花嫁候補として色々なものを磨き上げた後、これぞという人格と能力の、いいところの次男坊とか三男坊を王室に紹介してもらって、結婚するんだとか。

アニエスさんは娘二人が幸せそうだから幸せみたいだ。

エラさんに連れて行かれたジルさんとシャルさんは、さっさとウィリアムさんの所を逃げ出して、。アニエスさんの所に戻っていったと聞いた。エラさんによってお給料が理不尽に減らされていた事を知ったアニエスさんが、もうちょっといい待遇にすることを約束したらしい。


ネリネさんは、イオニアさんに忠誠を尽くすという意思が固く、イオニアさんが結婚して跡を継いだら、女中頭になる事が決まっている。

そして私は……



「なあ、本当に辞めるのか?」


「王子様、ここに来ていたのはアニエス様の所のほとぼりが冷めるまでなんですよ」


「じゃあ、アニエス殿の屋敷に遊びに行けば、お前にいつでも会えるのか? ファイアがお前に特に懐いているんだ」


「ええっと……普通は使用人に会いに来る王子様なんていませんよ」


「うるさい! 命の恩人に会いたいのの何が悪いんだ!」


アニエスさんのお婆さんが、そろそろアニエスさんのお屋敷に戻っていいっていうから、荷物をまとめている所だ。

お婆さんはめちゃくちゃ気前がいいのか何なのか、色んなお洋服をくれる。どれも働き者にぴったりの、動きやすくてでもお洒落という、気分が上がるものばっかりだ。

ついでに私の着る、袖付前掛けは、お婆さんの家の使用人さんたちにめちゃくちゃ重宝されるから、お婆さんはこれを商品化して、がっぽがっぽと設ける事にしたらしい。

そしてそのお金の結構な部分が、私に回って来る事になった。いや、妖精だからお金そんなにいらないよ……と思っても、お給金の一部として渡されて抵抗は出来なかった。


「備えあれば患いなしと言いますからね」


お婆さんはにっこり笑って、こう言う。


「王子様とお茶をする時くらい、いい恰好をしなさいな」


「はあい」


おじいちゃんとかおばあちゃんとかそういう人たちに勝てっこない私は素直に頷き、荷物をまとめて、お迎えの馬車に乗せてもらうという好待遇で、お屋敷に帰るのだった。


「……いつになったら人間の偽装辞められるだろう……」


その時はその時。適当に様子をうかがって、ティルナノーグに帰ればいいか!

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