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五章 5

王子様は私をちょっと見てから、


「ここは人目が多すぎてうっとうしい」


そうぼそりと呟いた。でも私はお呼ばれている身の上で、ちょっとでもこの会場からは離れられない女の子なわけだ。

ブラウニーだけどね!

そんなのはさておき、そのままついてこい、と言いたそうにこっちを見る王子様に、私は素直にこう言った。


「王子様についていくのは構わないんですけど、あの、奥様とかに何も言わないでこの庭園から離れるのは、出来ないんです」


「奥様? ……あの家に正式でない娘はいないと聞いていたが」


「あの、ちょっと話すとややこしいんですけどね」


私はここで、奥様達と示し合わせて問題のないようにした言い訳を王子様に話した。

それは、この王子様じゃない、狩りに来た王子様達を一週間近く滞在させていた時に、裏方としてせっせと働いていた私を、隠されている娘だと勘違いした王子様達が、お礼にと私の事までパーティに招待したという話である。

大体事実、違うのは私があの時はブラウニーとして働いていたって事だけ。

むろんアニエスさん達は私があのブラウニーだって全く知らないから、私がぼろを出さないように丁寧に、色々設定を作ってくれた。

あの時は、一番下っ端だったし、汚れ仕事をたくさんしていたから、全体的にちょっとよれっとした、茶色のお洋服で仕事をしていた事。

まだ正式雇用じゃない試験的雇用だったから、お屋敷の正式な使用人でさえなかったって事。

……アニエスさんが、王子様に一応、彼女は妖精だったのだと説明はしていたけれど、その王子様が嘘を言うなと言ったのであって、そこの所はきっとアニエスさんが色々考えて説明してくれるだろう。

そのためそこのややこしい部分には触れないようにして、私はざっと説明をした。

王子様は目を丸くして、こう言った。


「お前はどこかのご令嬢じゃないのか。ただの下働きなのか」


「はい。ご招待に預かったので、奥様達が特別に飛び切りのお洋服を貸してくださったんです」


素敵でしょう、とにこにこ笑ってそういうと、王子様はちょっと考えた後に、従者を呼びつけて何事をかを命じて、それから私を見た。


「お前の奥様には事情を説明しておくように伝えた。だからお前は来い。僕の言葉に逆らうほど偉くないだろう」


「はーい」


確かに王子様に逆らっちゃまずいよね、と言う事くらいは、さすがに分かるからいいお返事をすると、王子様は残念な物を見る顔になった。


「なるほど、田舎の中でも飛び切りの田舎から来たというのは……伊達じゃないな」


まあいい、ついてこい! と威勢よく言った王子様に続いて歩きだすと、他の女の子達の視線が突き刺さったものの、王子様を助けたのはいろんな人が見ていた事だし、何も疚しくないのだから、私は田舎者です、視線の機微なんてわかりませんっていうのを全面に押し出した笑顔でそのまま、歩いて行ったのだった。



王子様について行って、連れてこられたのは、いくつもの扉や柱を通り過ぎた場所で、庭園の趣って奴も園遊会の会場とはずいぶん違う所だった。

もっと大人しいというか、神秘的な感じのする植木が多い。育てられているお花とかも華やかさよりも、清らかさを重視したような花ばっかりだ。色味も、園遊会の会場の、色とりどりの花と違って、かなり絞られている。白い花ばっかりだ。

それに私は、今まで、大きな人工池の上にある東屋なんて見た事がなかったから、人工池に浮かんでいる真っ白な大輪の花をたくさん見て、すごーい、と口から思った事が出てしまった。


「すごいか」


「湖とか、池のお花って、もっと小さい物しか見た事がなかったんです」


「ああ、ここは庭師が色々研究を重ねた花が咲くからな」


東屋の椅子に座るように、私を促した王子様。素直に椅子に座ると、王子様は向かい合った席に座った。


「まず初めに、僕を助けてくれてありがとう」


「どうしたしまして」


王子様が丁寧にお礼を言って、私はそれを受け入れた。あのままファイアちゃんが王子様を振り落としていたら、王子様もファイアちゃんもただじゃすまなかっただろう。

いくら蹄鉄と蹄の間に石が挟まっていて痛くても、王子様に大けがをさせていたら、ファイアちゃんが、おとがめなしって事はありえない。

あんなにきれいな子だもの、何事もなくって本当に良かった。


「ファイアちゃんをなだめられてよかったです。一番いい方法が使えて本当に良かった」


「……その言い方だと、僕の安全よりもファイアの心配をしているように聞こえるぞ」


「人に怪我をさせた馬を、人は簡単に殺すでしょう? 食べるために殺すのは自然の摂理だけれど、そういう理由で殺される生き物を見るのは、胸が痛むんです」


「……変わった考え方だな」


「うーん、皆がド田舎っていう位の田舎で、羊とか山羊とかの方が村の人より多い場所で暮らしていたからかな……家畜に感情移入しちゃうの」


「……そういう物なのか」


「小さい頃は羊と一緒に寝てたりする環境だし」


ちょっと嘘をついた。ブラウニー実技試験のための講習中は、羊とか山羊とかと同じ厩舎で寝泊まりするんです! そうしてそう言った環境に隠れて寝るって事も学ぶんです!

それに一緒に居られる方が、お世話する時になにかと便利になったりするしね。

それをしれっと、小さい頃は一緒に寝てたりする、という風に言いました!


「考えられない環境だな」


「タラの人と建物の多さの方が、私、考えられなくて目が回りそうです」


「そうか」


そんなに違うのか、と王子様が言った後、王子様は私を見て問いかけてきた。


「少なくとも、お前が僕の命の恩人だという事には何も変わりがない。あのままファイアから振り落とされていたら、死んでいただろうからな」


「この次からは、蹄の確認してくださいよ」


「覚えておくし、馬番も肝に銘じておくだろう。……命の恩人にお礼がしたいんだが、お前は何を望む? 僕個人で叶えられない物でも、父上に相談すれば、ある程度までだったら叶うぞ」


「じゃあ、ファイアちゃんの事嫌わないでほしいな」


「……それだけか?」


「うん。だってファイアちゃん、王子様の事好きだもの。だから一生懸命我慢して、でも痛すぎて我慢できなくて、あんな事になっちゃったんだし。また王子様、ファイアちゃんとお散歩してあげてね」


「……」


まさかこんな事を言われる事になるとは、と言いたそうな王子様は、その後、アニエスさん達の所で働いている時の話とかを聞きたがった。

だから私は素直に、満足している環境で、できればお嬢様三人に、いい縁談が来ると申し分ないよね、っていう話をした。

使用人が、働き口のお嬢様の幸せな結婚を願うのは、ありふれた話だし、話題にする事も多い事だったから、何にも変な事は話していないつもりだった私だった。






園遊会の会場に戻った後、アニエスさん達に速やかに回収された私は、ファイアちゃんを止められて本当に良かったと、皆に褒めてもらった。


「あの場ですぐに動けて良かったわよ」


「第三王子様にお怪我がなくって良かったわ」


「あの時は動けませんでしたが……安心しなさいビスケット、あの時はあれが最善だったでしょうからね」


皆よかったよかった、という空気のため、私はファイアちゃんを助けられてよかったし、王子様を助けられてもっと良かった、とご機嫌でアニエスさんの従兄さんのお屋敷に戻ったのである。

そして夜の、舞踏会本番の頃、私はあの素敵なアニエスさんのおさがりを脱いで、お嬢様達とアニエスさんのお部屋がゆっくり休めるように、ふんわりしたお香を焚いて、お布団とかもふわっふわでちっともチクチクしない事を確認して、ネリネさんが真顔で


「……イオニア様がお風呂をご希望なさったら、手伝ってくれますね?」


って聞いてくるのにもちろんって答えて、従兄さんのお屋敷の使用人さん達に聞かれるままに、昼の園遊会の素敵さを話して、皆で、うっとりしていたのだった。


「やっぱりお昼の王宮の庭園に、堂々と入れるって素敵ですよねえ」


「ビスケットさんって本当に、働き者だから幸運が舞い込んできたんですね、私達も精いっぱい働かなくちゃ」


「旦那様、とーっても優しいんで、このお屋敷で働くのも楽しいんですよ、でも決める所はびしっと決めてくれる、頼もしい旦那様なんです」


「何気に仕事のあれこれ、確認してますしね。がんばったら評価されますし、さぼったらお給料の形で怒られてる気分になりますし」


「ねー」


「それにしても、ビスケットさん、暴れ馬をなだめられちゃうなんて、すごいんですね! 普通の女の子はとても出来ませんって」


「エフトラでたまにやってたんですよ」


「あー。ビスケットさんエフトラ出身? いるんですよね、異様になんでもできるエフトラ出身者。やっぱり育ちとかで経験してる事大違いなんですね」


お茶を飲みながら薄焼きかりかりパンでおしゃべりをする、休憩時間。従兄さんとかアニエスさんとか、お屋敷のご主人様関係がいない時のちょっとした楽しみだって、従兄さんの使用人さん達が教えてくれた。


「この薄焼きパン、あまーい」


「パン自体が甘い物なの。町の安いお菓子屋さんでよく売ってるのよ」


「こんなの、お屋敷の皆に食べさせられたら、きっと素敵だろうなあ」


「……手順は簡単ですよ、ただ甘みをつけるための砂糖の調達が大変なだけです」


「あ、じゃあ山のどこかで蜂蜜探してきますよ。お花も咲き乱れてるし、蜂ブンブン言ってましたし、きっと熊に見つかってない穴場もあるはず」


「ビスケットさん甘党ね」


「この歳の女の子って、誰でも甘いもの大歓迎でしょ、あんただってそうだったじゃない」


「私実家に、蜂蜜送ってほしいって手紙書いた事ある!」


「……皆さんそう言った思い出があるんですね」


私達は和気あいあいとおしゃべりを楽しみ……アニエスさん達が帰って来る馬車の音を聞きつけたのは、使用人用の裏口に近かった私だった。


「皆さん帰ってきましたよ」


「分かったわ!」


「ネリネさん、お湯都合してほしかったら、打ち合わせ通りこっちね!」


「ビスケットさんも、火傷に気を付けてね!」


使用人の皆さんがぱっと持ち場に戻っていく。私もお出迎えのために外に出て、馬車が……あれ? 従兄さんの馬車と違う、やたら豪勢な馬車も入ってきた……と立ち止まったその時だ。

豪勢な馬車から、見事に着飾った、どこかのお姫様なんじゃないかって思う位の美人さんが降りてきて、いきなり、私に走り寄って、そして。


べしーん!! とかなりのすごい音を立てて、平手打ちをして来たのだ。

余りの勢いに、私は倒れ込み、何が起きたんだろうって思っている間に、がつん! と明らかに尖った靴の先か踵らしき場所としか、考えられない物をお腹に叩き込まれた。


「ぐっ!!」


何が起きたの、何でこんな事されなくちゃいけないの、何かしたっけ?


頭の中が大混乱してぐるぐるしている。その間も……私は蹴りまわされていた。

痛くて痛くて、頭を庇うだけで精一杯で、立ち上がる暇さえ与えられなかった私だったが、この光景に悲鳴を上げて動けない女使用人さん達を押しのけて、ネリネさんが走ってきて、私をその誰かから引きはがした。


「……お嬢様。暴力はなりません」


「うるさい、愚図!! どうして私を紹介しなかったの!!」


激昂してわめいていたのは、なんと……エラさんだった。あのお淑やかで、お姫様みたいな振る舞いをしていたエラさんが、顔を真っ赤にして、唾を飛ばす勢いで喚いていた。


「なんで悪魔の代理人として庭園にちょっと入っただけのお前が、王子様方からの覚えもめでたく、国王陛下からも褒美をいただく事になっているの!!」


「エラ!! 何してるの!!」


「落ち着きなさいエラ!!」


喚いて、扇でさらに私や、私を腕の中に庇うネリネさんを殴りつけようとするエラさんを、イオニアさんとオーレリアさんが二人がかりで止める。


「だから説明したでしょう!! 第三王子様の命の恩人になったから、印象がいいのよって!!」


「褒美の事も、話聞いてた!? あんまりにも欲がないから、王様が色々考えてくださったんだって!! だからイオニアお姉様が、名誉な事に第二王子様の花嫁候補に選ばれたって聞いてたでしょ!!」


「どうしてイオニアお姉様なの!! 屋敷の主人の実の娘は私なのに!!」


「聞けっての!! 屋敷の持ち主はお母様なの! 貴族姓があるのもお母様なの! お母様の長女はイオニアお姉様だから、選ばれたのはイオニアお姉様だってば!」


「ひどい!! 皆して私を平民上がりだと馬鹿にして差別するんですね!!」


エラさんはそう言ってしくしくと泣き出した。……さっきまでの暴力を見ていなかった人からすれば、とても悲しそうな、助けてあげたくなる風情の泣きっぷりだった。

でも私はそれ以上その場にはいなくて、この隙に、と目くばせされたネリネさんが、私を抱えて屋敷の中の、エラさんが入ってこないだろう使用人の空間に、逃げたのだった。

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