五章 3
いろんな事が起きたけれどもやっと舞踏会当日の朝になった。
明け方からお嬢さまたちもアニエスさんも起きだして、せっせと支度をしている。
今回の舞踏会は、初夏が来る事のお祝いも兼ねているから、日中は庭園などで立食形式のパーティで、夜になったら舞踏会、というそれはそれは大掛かりな物なんだって。
私は立食形式っていうのがよくわからないけれど、立って小さなお菓子とかお料理とかを食べて、楽しく会話するものみたい。
「ご飯は座って食べるものなんじゃないんですか?」
私があまりにも想像がつかないから聞くと、オーレリアさんが笑って教えてくれた。
「上品にお皿を持って、小さくて一口くらいで食べられる物を食べながら、お喋りするパーティなのよ」
「私、パーティって言うと、どうしてもその……踊ったりして、色んな人達が結婚のためにあれこれするっていう、想像しか出来なくて」
「エフトラはそういうの、本当になさそうだものね」
「はい。ないです。お祭りとかは、いっぱいあるんですけど」
「お祭りがたくさんあるなんて、地域性ってなかなか色々あるのね」
「はい! エフトラは春が来るのを、物凄く楽しみにしているんです。だから春が来たお祭りと、それから夏が来る前のお祭りと、夏が終わった後のお祭りと、秋の収穫祭と……」
「やだ、本当にいっぱいあるのね。でもそれじゃあ、準備が大変にならないの?」
「それを楽しみに、皆働いているので、大変だって、あんまり思わないんです」
「私達みたいな、年頃の女の子が、舞踏会のシーズンを心待ちにするのと、似たような感じかしらね」
そんな事を言ったのはイオニアさんで、イオニアさんはせっせとコルセットを絞めている。
「ごめんなさい、ちょっと締めるのを手伝ってちょうだい、ビスケット」
「はい、今すぐ」
「あなたもパーティに参加するのに、手伝わせちゃってごめんなさいね」
「いえいえ、招待状をしっかり確認したら、私は日中だけ招待されていた身の上だったじゃないですか! 成人前の女の子を、夜の舞踏会に招待するって、不思議だったんですよね!」
「本当に、おじ様が気が付いて指摘してくださってありがたかったわ、あなたの分の舞踏会用のドレスの事に気が付いた時にはもう、仕立て屋に頼む時間なんてなかったんだもの!」
「日中のパーティなら、アニエス様がお若い頃のドレスを、借りて済ませられますから、気付けて本当に良かったです」
「ビスケットは新品のお洋服とか、興味がないのかしら?」
「ありますよ! でも私みたいに、汚れる事をたくさんするお仕事をしていると、やっぱり洗い替えが楽な、手に入れやすいお洋服が欲しくなるんです。でも、お嬢様たちのドレスとか、やっぱり見とれちゃいますよね! イオニア様もオーレリア様も、本当にきれいで素敵です」
「あら、ありがとう! あなたは裏表がなく感じるから、褒められて気分がいいわ」
二人のお嬢様がくすくす笑う。そして彼女たちのお付きの侍女さんたちもにこにこ笑っている。
微笑ましい感じがするんだろうな、私よく、おじいちゃんとか近所のお姉さんたちとかに、微笑ましいわって言われがちだから。
「それにしても、ビスケットは背丈が少し小さめだから、お母様の子供の頃のドレスで、結構足りちゃうのね」
「お母様の子供の頃のドレスは、私達あっという間に着られなくなってしまったものね。だから物持ちがいいお母様って事もあって、擦り切れたりぼろになったりしていないから、ビスケットにはちょうどいい感じ」
「はい! 今回だけだって分かってますけど、やっぱりこんな素敵なドレスを着ると、気分がとってもいいです!」
私はそう言って、ふわっと一回転した。ふんわりとしたスカート部分が柔らかく揺れて、なんだかとっても気分があがる!
「ビスケットはお料理をたくさん食べたがるだろうから。あまり食べかすが目立たないクリームベージュで」
というアニエスさんの心遣いにより、私が今日着用するのは綺麗なクリームベージュのドレスである。
子供、というか十三歳とか十四歳とか、まだデビュタント前のお年頃の貴族の女の子がよく身に着ける、丈はふくらはぎの半分を隠すくらいの長さで、足首まである大人用のドレスと違うって、一発で見分けられるドレスだ。
私は十五歳っていう設定だけど、見た感じそれ以下に見えたりするし、いくら招待されたと言っても、デビュタントを済ませていない妙齢の女の子が、夜会に出たら顰蹙を買うわけで、色々アニエスさんと、アニエスさんの従兄さんとも相談した結果、私は十五歳になる十四歳、という事で切り抜ける事にしたのだ。
アニエスさんもイオニアさんも、オーレリアさんも優しいし、アニエスさんの従兄さんも親切ないい紳士さんだから、彼等の不利益になる事なんてしたくない。
それもあって、今回はしっかり、王子様に招待された働き者の、未成年の女の子、という設定をしっかり決めたわけである。
このドレスを着た女の子を、夜までいさせる事はしないだろうしね。
それに、日中のパーティなら、私くらいの年頃の女の子が出席していても、違和感はあまりないんだって。
上流階級の女の子が、お父さんとかお母さんとかに連れられて、お友達を作ったり、将来の結婚相手を見に来たりする事もあるから、大丈夫なんだって。
それに私はちゃんと、王子様直々に招待されているという特別枠。
誰も文句を一つも言えない女の子なのだ!
さてそれは置いておいて、私はとっても気分が上がっている。
だって、憧れに憧れた、貴族のお嬢さんが身に着ける事が許されている、フリルのついたレースも華やかな、お貴族様仕様のドレスを、こうして誰も文句を言わない状態で、着られているんだもの!
絶対に染み一つ付けないで、返さなくっちゃな、と気合入れている。
クリームベージュって、お肉のソースのシミとか目立ちそうだなって思ったけれども、日中の立食形式のパーティでは、簡単に食べられる物しか用意されないし、王宮も色々考えるから、基本的にシミになるような食べ物は、用意されないんだって。
気を付けるのは、ブドウのジュースみたいな飲み物で、それをうっかりこぼした人に巻き込まれるのが、一番シミになりやすい案件なんだとか。
覚えていればなんて事ないものだから、しっかり頭の中に入れておくことにした。
さて、イオニアさんとオーレリアさんの支度をしっかり手伝って、私はつばの大きなぎりぎり子供臭く見え過ぎない帽子をかぶった。
日中のパーティでは、女の人の帽子は必須条件なんだって。シミそばかすの対処なんだとか。
私もう、顔中にそばかすがあるから、今更気にしてもなって思うけれど、これは相手への礼儀とかマナーとかの一つだから、しっかり被るものなんだって。
規則で決まっているわけじゃないけれども、皆被る、暗黙の了解の中身なんだとか。
だから、髪の毛を皆しっかりまとめて、帽子の中に入れる代わりに、帽子が素敵なのだともいう。
たしかに、このお帽子、とっても素敵なお花飾りがついていて、にこにこしたくなる。
いよいよ王宮に出向くという事で、私はアニエスさんや皆さんと同じ馬車に、乗り込むという特別扱いになった。
普通使用人は、雇い主と同じ馬車になんて乗らない。乗らないというよりも、乗れない。
でも、今日だけは別で、私もちゃんと招待された女の子だから、一緒なのだ。
すごくわくわくするから、窓をじっと見て外を見て、どんどん近付いてくる王様のお城を見ていると、アニエスさんが言った。
「ビスケット、食べる時の注意は?」
「はい! 手に取り過ぎない、大きな口を開けない、音を立てて咀嚼しない、ジュースを一気飲みしない!」
「よろしい。あと食べこぼしをしない事も大事ですからね」
「はい!」
「男の人に声をかけられたら?」
「にっこり笑って、頭を下げて、おしまい!」
「そうです。貴族の令嬢も、一人でいる時に男の人に声をかけられたら、それで済ませるのが通常ですからね。気軽におしゃべりをすると、それだけで軽い女性に見られがちですから」
「ビスケットは、喋ったら田舎の女の子感しかでないから、よくよく気を付けるのよ? 田舎者ってだけで、下に見てひどい事をして来る人もそれなりにいるからね」
「はい!」
やっぱり皆さん親切だし、優しいよな、って思って、いよいよ王宮の馬車止めに到着した。
ここで私は一番最後に出る事になっている。それは子供のドレスを着ているから。
子供を一番初めに出す家は、ないんだって。ふうん。




