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五章 2

なんて思っていた時期がありました! 私も! 

でもまさか、まさか! お嬢様たちの中で、一番年下のエラさんのデビュタントという事で実は、旦那様であるウィリアムさんが、こっそりと町の一等地に豪華なお屋敷を購入していたなんて、知らなかった! 

これを聞いた時に、アニエスさんは顔色が真っ青になった。

彼女は小さな声でこう言ったのだ。


「維持費……」


維持費とは簡単な言葉らしくって、お屋敷の面目を保つくらいの金額の事らしくって、アニエスさんからそれを聞いたイオニアさんが、急ぎそろばんをはじきだして、同じように真っ青になった。

そしてオーレリアさんも血の気が引いた顔になっていて


「やめてよ……本宅よりもお金がかかる別邸とか、うちの格式じゃいらないでしょ……」


と言っていた。この山の中暮らしの中流貴族様たちは、ウィリアムさんの用意した豪邸が、いかに色んな意味でお金がかかるかってのを直ぐ、はじき出したみたいである。


「お父様、またお屋敷を購入したのね」


そんな事を言って平気な顔をしているエラさんに、オーレリアさんが問いかける。


「お父様、そんなにしょっちゅう邸宅を購入しているの……?」


勘弁してくれ、と言いたそうなオーレリアさんに、エラさんが答える。


「お父様、気に入った土地にはお屋敷を購入して、別荘にする癖があるんです」


そんな金のかかる癖があってどうするんだろう、と思うけれど、もしかしたら本物の大富豪ってそんな感覚あるのかもしれない。

だってエラさんへの贈り物の金額、馬鹿にならないみたいだし。

実子へのお金のかけ方尋常じゃない人だから、この先を考えて、一等地なんていう明らかにたくさんのお金を使わなくちゃ手に入らない場所に、邸宅を購入なんてできっこないだろう。

でもしかし。アニエスさんは、邸宅の位置を聞き、さらに顔色を土気色に染めた。


「そこは由緒正しき公爵家の邸宅があった場所ですよ……一体どういうやりとりが……」


私がお茶の用意という事で、ティーワゴンを運んできた時に聞いたのは、ウィリアムさんが購入した一等地のお屋敷は、古くから由緒正しき公爵家の邸宅があった場所で、その公爵家が没落したという話は聞かないから、そこから購入したか何かしたかで、手に入れたとしか考えられない場所の建物だったのだ。

アニエスさんは土気色の顔で、素早く損得その他もろもろをはじき出したみたいだ。


「至急従兄さんの所に連絡を入れます。今年も私達がお世話になっていいか」


「お義母様、どうしてですか? 素敵な場所に、お父様が素敵なお家を手に入れてくださったのに」


エラさんが不思議そうだから、イオニアさんがこう言った。


「エラ、歴史ある公爵家の邸宅を、商人が購入したっていう話はね、下手しなくても、貴族の反感を買うの。商人風情が、格式高い場所を、成金として金にあかせて奪い取ったっていう風にとらえられがちなのよ」


父親を成金だと言われたと思ったんだろう。そして自分もそうだと。エラさんの顔が紅潮して、普段出さない大声を発する。


「お父様は成金風情でも、商人風情でもありません! 正しく働く立派なお父様です!」


「エラ、お義父様の事をよく知らない人たちは、簡単にそんな事を思っちゃうのよ」


オーレリアさんが、難しい顔で言ったものの、エラさんはまだ怒っている。


「お父様よりもお金のない人たちが、やっかんでそんな事を言うだけです!」


「……お母様、どうします?」


イオニアさんが考え込む顔で言う。アニエスさんはこれからをもうとっくに決めているみたいで、こう告げた。


「従兄さんには話を通します。イオニア、オーレリア、エラ。あなたたちも私と一緒に、従兄さんの邸宅に、今年も厄介になりましょう。従兄さんは、親戚をもてなすのが好きですから、事情を話せば今年も快く許してくれるでしょう」


「私はお父様と一緒に暮らします! 一等地で!」


「エラ、それじゃあお友達もできないわよ」


「デビュタント早々、つまはじきにされちゃうわ」


「でも、お父様は家族が一緒に暮らしてくれるってきっと思っています! お父様はいつもお仕事でお寂しいのだから、一緒にいられる時は一緒にいたいんです!」


どっちも譲らなさそうという事で、アニエスさんは淡々と告げた。


「エラ、そこまで言うのならあの人と一緒に暮らしなさい。……それで、都の一等地であり、元公爵家の邸宅、というところに暮らすのが、どれだけの事なのかを学びなさい。私が言えるのはそこまでです……」


そしてお茶の支度をして、皆さんに配っていた私を見て、アニエスさんが言った。


「代理人として参加するビスケットは、私達と一緒に来なさい。エラ、あなたについていく使用人は、あなたが先に声をかけなさい。私が先に声をかけると、拒否できませんからね」


確かに、屋敷の奥方の命令と、お嬢さんの命令だったら、奥方の命令が優先されがちだから、お嬢さんの命令は却下されるんだろう。

そこを考慮して、アニエスさんは、エラさんが先に使用人を連れて行けるように、と配慮した形だったみたい。


「お義母様の方こそ、後悔なさらないでくださいね! 一等地の方がよかったって言っても、お父様も許してくれないかもしれませんから!」


エラさんがそう言って立ち上がる。侍女のカメリアさんに声をかけた後、使用人の皆の中で、付いてきてくれる人を探すんだろう。

でもなあ、ジルさんもシャルさんも、エラさんに対して反感があるみたいだから、うまくいかないかもしれなかった。


「ビスケット、あなたはあまり深く考えなくていいのです」


その後姿を見送っていた私に、アニエスさんが言う。


「あなたは今回は、妖精の代理人として参加するのですから。堂々としていれば何も問題ありません」


「はい、奥様」


そして一週間後、移動しなかったら舞踏会に間に合わないという日になって、従兄さんから連絡が来たらしい。

それどころか、従兄さんの手配した人たちがお屋敷に来て、アニエスさんたちの荷物を運びだして、その日のうちに私も含めて、お屋敷の人たちは、都に行く事になったのだった。

ジルさんとシャルさんは、色々言っていたけれども、エラさんにお給料を削られると脅されて、エラさんにつくらしい。ネリネさんはエラさんの基準に該当しなかったみたいで、イオニアさんにつくと言っていた。

ネリネさんの、イオニアさんに対する敬愛って、アニエスさん相手じゃないから、ちょっと不思議に見えちゃうんだよな。奥様に対して忠誠を誓う使用人はまたわかるけど、お嬢様に対してのそれって、すっごく特別感が出る。

オーレリアさんは、イオニアさんにつくとネリネさんが言うと、お腹を抱えて笑っていた。


「さすがお姉様、人徳が違う!」


という事だったらしい。


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