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五章 1

そんな風にして、妖精の里、ティル・ナ・ローグに、私宛にお手紙が届く事になった。

これは大きな進展で、実は、妖精にひどい事をした不届きものがお手紙を送ったら、関所の魔法でお手紙に、妖精の大嫌いな鉄錆の匂いが付くから、直ぐに不届きものだと判明する仕組みがあるのだ。

当然、私にひどい事をしたのがアニエスさんとか、イオニアさんだったら、二人の書いた手紙には鉄錆の匂いが出て来る。

そうじゃなかったら二人じゃないって事で、それって犯人の特定に大きく進展があるって事なのだ。

だから私は、お手紙が来る事を事前に、碧い小鳥さんに伝えておいた。そう、妖精たちの伝言を届けてくれるのは、碧い小鳥さんなのだ。

翼の芯まで真っ青な、とても特別な青さの小鳥さんは、妖精女王のティターニア様のお気に入りの種族で、妖精たちの伝言を届けるという、とっても名誉な役割を承っているのだ。

そんな彼等に、これこれこういう事が起きました、と伝えてほしいと送った結果、アニエスさんか、イオニアさんが送った手紙は無事に、妖精のお里に届いたみたいだった。

そしてそれの結果を、私は碧い小鳥さんから聞いている。


「届いたお手紙の署名は公的な名前を使ってありましたよ。封蝋も正式な物でした。署名によると、アニエスという女性が送ったようです」


「何にも問題がなかった?」


「ありませんでした。十分に丁寧で、礼儀を保って、上品で、これを書いた女性は大変に教養深い女性だと、女王様が感心しきりでいらっしゃいました」


「……じゃあアニエスさんは除外か」


「それと、もう一枚、公的な封蝋を使っていないお手紙も届きました。これは公的な印章を持っていないご令嬢のお手紙でこちらはイオニアという署名がされておりましたよ」


「そっちにも問題は?」


「まったくありませんでした。これも驚きですが、妖精へのお手紙に、羊の皮をなめして作る羊皮紙ではなくて、草花を漉いた紙を使用していらっしゃるという、明らかに妖精の好みの用紙を使うという気遣いがされていましたよ」


「イオニアさんも白……残るはオーレリアさんとエラさんか……」


二人とも、いい人に見えるんだけれどな……どっちがあんなひどい事を考え付いたんだろう。

腕を組んで悩んでいても仕方がない。私は伝言のお礼に、美味しいパンの屑を碧い小鳥さんにあげて、よっくらせ、と裏庭の温室の椅子から立ち上がった。

温室には、この地域より南国の薬草が育てられているのだ。

南国の薬草は寒さに弱いから、こうして丁寧に温室でお世話されているわけ。

お家によっては、温室を大きくして、それをステイタス代わりにするところもある位だから、これ位の小さな実用的な温室は、あんまり見栄にもならない物だった。


「そうだ、思い出しました。返信は女王様直々にお書きになったそうです」


それを聞いて私は目を丸くした。


「女王様が直々に?」


「はい。とても綺麗で丁寧なお手紙だった事と、あなたが返信する事はあまりよくないだろうという判断で、一度はあなたの名付け親のドルイドが書いたそうですが……あのドルイドの文字は癖字極まりなく、解読に時間がかかって可哀想だ、という事から、女王様が筆をとったとの事です」


「すごい……女王様直々のお手紙なんて、宮廷のご婦人だってなかなかもらえない貴重なお手紙なのに」


「今回はそれだけ、女王様がこの事を重く見ているという事でしょう」


うんうんと頷いた碧い小鳥さんがそのまま軽やかに羽ばたき、温室を去っていく。いつ見ても、小窓を器用に開けて出て行くものだから、感心しちゃう。

私はブラウニー、身軽とはとても言えないお手伝い妖精だから、あの身軽さは憧れになる気がした。

さて、温室のお手入れも終わった私は、そろそろ鶏の卵を手に入れようと、厩舎の方に向かって……通り道で、何やら言い争うオーレリアさんとエラさんを見つけてしまった。

使用人は出来るだけいないふりをする事、それがこの国でのあり方で、私も仕事中に何度も、ジルさんとかシャルさんに言われてきたから、もちろんいないふりをする事にした。

そして言い争う彼女たちの近くを通り過ぎようとして……


「妖精が……」


「妖精は……」


何て言う、関係あるかもしれない発言が聞こえてきた物だから、急ぎ物陰に隠れて、彼女たちの会話を盗み聞きする事にしたのだった。


「妖精なんて悪魔の小型化した物じゃないですか!」


そう言っているのは、エラさんだった。エラさんはこのお屋敷で今、一番お金がかけられているであろう、質がとってもいいお洋服を着ている。


「妖精と悪魔は違う物でしょう。エラ、悪魔払いの人を雇おうなんて何を言うの」


「悪魔じゃありませんか! 目に見えなくて空を飛んでよくない事をするなんて!」


「エラ、それは偏見という物だわ。どこでそんな事を聞いてきたの?」


「オーレリアお姉様がおかしいんです! いいえ! このお屋敷のお義母様もお義姉様たちも皆! お父様がいつも言っていました! 妖精という物は、人を惑わす悪い物だって! 気に入られたら最後まで憑りつかれるから、さっさと追い出さなくちゃいけないって!」


……私もしかして今、とっても大事な話聞いてる? 私は呼吸も必死に押し殺して、会話を聞いていた。


「エラ、そんな事言って、このお屋敷でどれだけ、ブラウニーという家事妖精の手を借りてきたと思っているのあなたは」


「家事妖精なんて、奴隷の一種だってお父様が言っていました! 服を与えない限りどんなにひどい労働環境でも、食事を与えなくても、働き続ける便利な悪魔だって!」


……エラさん以上にエラさんのお父さんが問題大ありな気がして来た。

エラさんはお父さんの信じている、悪魔と妖精が同じものという認識を、信じているっぽい。

でもまだ、決定的な発言が取れていない。慎重に耳を済ませようとしたその時だ。


「こんな所で何してるの、ビスケット?」


私の背後から、ジルさんが荷物を抱えて声をかけてきたのだ。

私はすっと彼女の荷物を半分持って、小声で答えた。


「お嬢様たちが何か言っていらしたので、仕事に影響するものなんじゃないかと思って……」


「お嬢様たちが? きっとまた、エラお嬢さまの理想と、オーレリア様の現実が戦っているのよ。ほら、あなた、荷物を持ってくれたんだったら、運ぶの手伝ってちょうだい! これ、エラお嬢さまに旦那様からの贈り物なのよ! 旦那さまったらエラお嬢さまにばっかり、いいお洋服とかドレスとかを仕立てて……いくら血のつながりがないって言っても、こんなにひいきされているのを見ると、イオニア様やオーレリア様が不憫だわ……」


私はなんとも言えず、荷物を持ち直した。大きな衣装箱にふんわりと型崩れしないように入れられている衣装はたーくさん。

一人で運んだら前が見えなくなっちゃうくらいの多さで。ジルさんがえっちらおっちら運んでいた理由も、後ろから来たシャルさんが、台車で同じように、箱をたくさん運んでいて理解した。


「これが皆……え……エラお嬢さまのお着換え?」


びっくりしちゃうくらい入っている。お着換えだけ? それとも……」


「旦那様が一級の宝飾品店のカタログをエラお嬢さまに送って、手紙でほしい番号を聞いていらっしゃったの。そして買い求めたのよ。たぶんパリュールとかそういうの一式」


「ええっと……それって、髪飾りから腕飾りから何から、一式セットの奴があるって事ですか」


「あなた、田舎育ちなのにパリュールとか言っても通じるのね」


「なんとなく言い方で察しました……ええ……これ全部……三人のお嬢様全員のものだったら分かるのに……エラお嬢さまだけ……?」


「すごい金銭感覚よね。旦那様って稼いでいるのね!」


シャルさんが明るくなるように、笑い飛ばしながら言う。私は中身を見ていないけれども、これが本当に一流宝飾品店の一そろいとかだったら、公爵家とかそういうお家の一年分の装身具予算になるんじゃなかろうか……と思ってしまった。

平民だった人たちでも、お金持ちはほんっとうにお金持ちなんだな……と思わざるをえない。

でもやっぱり、娘三人にはそれなりに、同じようにいろいろ買い与えてあげてほしいな、と思ったのは私だけじゃないだろう。

いくらエラお嬢様のあれこれは旦那様、二人の義姉お嬢様はアニエス様、と財布が分離されていても……ねえ?

私は、こっちの方が重たいから交代して、と言われるがままに、シャルさんが押していた台車と、持っていた衣装箱を交換して、そのまま三人の使用人たちで進み始めたのだった。

……確かに、衣装箱よりずっと重かった。それだけ、重たい金属とか石とかが使われていると思うと、実に複雑な気持ちになった。

これだけ買い求めるんだったら……社交界シーズンの間のお屋敷を、購入できるんじゃないかな……と思ったのだ。

社交界シーズンのお屋敷を、王都のタラに持っているのは、お金持ち貴族様と相場が決まっていて、アニエスさんはそれに該当しなかったから、社交界シーズンには、親戚のお屋敷を借りるって聞いていたし。

そうだ、その社交界シーズンの大移動は、一体いつになるんだろう……?


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