四章 5
反応は上々、それに私の経歴とかに違和感を感じた様子もない。
そんな様子のアニエスさんの背中を見つめ、アニエスさんに付いていきながら、私はこれから新しく仕事をするために与えてもらう、使用人の私室に向っていた。
このお屋敷では、使用人のジルさんとシャルさんは相部屋で、厨房関係の事があるから、厨房に近い一階の個室に、ネリネさんがいるという状態だ。
だからきっと、私もジルさんとシャルさんと同じ部屋になるのだろう。
だって基本的に、使用人ってひとまとめに寝室を与えられる物なんだから。
そんな事を考えつつ、これからは姿を見られても、それはブラウニーの違反とか禁忌とかじゃないんだよね、堂々としていていいんだよね、と頭の中で、今までと違う事を反芻する。
妖精女王様から直々に言われた命令は一つだけ。
『あんなものを渡してくるお屋敷の中に潜入し、そんな非道な真似をする人間を見つけて来る事』
それだけだ。もちろんそれだけのために情報収集は怠らないようにするつもりだし、偏見とかを出来るだけ取り除いた客観的な見方で、物事を見て、あんな事をした犯人を見つけ出すつもりでいる。
思い出すと、私の背中がぞっと粟立つ。あんなものをトランクいっぱいに詰め込んだそれは、明白な悪意に他ならないのだから。
妖精嫌いって人はそれなりにいるっていう。そういう人たちは、自分の身の回りに妖精除けを施すし、実際に首とか指とかに、妖精を遠ざける鉄でできた馬蹄モチーフの物を身に着けている。
嫌いな人は仕方がないって、いうのが妖精たちの一般的見解だ。
嫌いなものは仕方がない、苦手なのも仕方がない。だって自分たちと人間は違う物で、全てと仲良しになる事はとてもできない。
それに、嫌いなら嫌いときちんと示してくれれば、彼ら彼女らと関わったりしないで、互いに平和に過ごせるというのが、妖精たちの普通の認識で、あんな風にトランクの中に山ほどこちらにとっての猛毒になるものを隠して、持って行かせようとするそれは、純粋な妖精嫌い以上の悪意にしか感じられない。
私はそれを思い出して、少し二の腕をさすった。人間に見えるように、少しだけ背丈を大きくした私は、ちょっと小柄で骨太なお嬢さんにしか見えないだろう。
こういう時、ブラウニーという種族の茶色の髪の毛とか茶色の目とかは、役に立つ。
茶色の髪の毛も、茶色の瞳も、そこまで珍しいわけじゃないから。
それに、都の方では、黒髪とか赤い髪の毛とかを、金色に染めるために脱色する際に、一時的に茶髪になるお洒落に熱心な人もいるとかいないとか。
だから、私は見た目だけなら、普通の人間に見えるわけだ。
どこかで派手な真似をしなければね!
こんな事をいくつも考えている間に、私はこれから私の寝る場所になる、使用人部屋に到着した。
私、ブラウニーのお仕事としていろいろやってきたけれど、使用人のお部屋のお掃除はしなかったんだよね。
何故かって、複数人で使っている部屋だし、そこを勝手にいじったら使っている人たちが疑心暗鬼になっちゃうこともあるかもしれなかったから。
このお屋敷の貴族のお嬢さまたちは、部屋を勝手にいじられたり掃除されたりするのに慣れているけど、使用人の場合はそうはいかないのだ。
「勝手に物を動かしたでしょ!」
「知らないわよ!」
なんてやり取りから、決定的に仲が悪くなっちゃう人達もいるって、教習で習ったし。
さてそんなこんなで、到着した使用人部屋の中は、まあ、女の子二人が使っていたらこれ位はごちゃっとするかなって感じのお部屋だった。
ジルさんとシャルさんの個性があるように、彼女たちの荷物が、彼女たちの使っている寝台の脇に置かれていて、それらを申し訳程度に隠すカーテンの仕切りが付いている。
よく言うプライバシーの具合は少なさそうだ。
でも、私も見られて困るものを持っているわけじゃないから、大丈夫だろう。
アニエスさんはそれらをため息交じりに見渡した後、暖炉から一番遠い、窓際の寝台に近付いた。
そこは使われている形跡が全くない場所で、一度干したりしなくちゃ埃臭そうな寝台だった。
「あなたが自由にしていい場所はここです。ここと、このチェストとハンガーラックです。覚えましたね? あなたの荷物は少なそうですが、洗面用のたらいや水差しなどは持っていますか?」
「え、井戸で身支度をするんじゃないんですか?」
私がいかにも田舎の働き者という感じを丸出しに言うと、アニエスさんは目を丸くした。
「そういう身支度の仕方もあるのですね……」
「ええっと……井戸では、身支度をしないですか」
井戸なららくちんだし、どれだけ地面を濡らしても問題ないよねって思ったんだけれど、アニエスさんの常識とは違っていたみたい。
それに、寝室で身支度をするのは、お嬢様階級だとばっかり思ってたんだけど、違うんだね……
しばしお互い固まった後、アニエスさんがぼそりと
「どうりで荷物がほとんどないと思いました……」
なんて言った後に、真面目な顔でこう言った。
「あなたが、誰も見ていない時に井戸で身支度が出来るのでしたら、それでも構わないですよ。いいですか、お客様にも厨房に来る行商人の方にも、その身支度の済んでいないみっともない姿を見られないで出来るのでしたら」
「はい! 一番早起きすればいいんですよね!」
なるほど! と納得してそう言うと、アニエスさんは苦笑いをした。
「エフトラの田舎は相当なものですね」
「おじいちゃん……、あ、祖父は、エフトラの常識は都の常識じゃないから、十分気を付けるようにって言いました!」
「それはまあ、正しいですよ。さて、さっそくあなたには家畜の世話を任せたいと思います。そのほかの仕事については、シャルとジル、ネリネといったあなたの先輩たちを紹介しますから、彼女たちに聞くように。それからここは山の中腹、夜になると肉食の獣が闊歩する空間です。よくよく気を付けなければなりません。田舎もそうでしょうけれど、夜にふらふら歩きまわってはなりませんよ」
「はい!」
私は夜だろうが昼だろうが、熊くらいだったら倒せちゃうなんてことは言わないでおく事にして、きちんといい返事をした。
私はそのまま素早く、ちっちゃいトランクを広げて、今日身に着けているワンピースの上から羽織る袖の長くて、丈もそれなりに長いエプロンを身にまとった。
「……見ない形のエプロンですね」
「どんなお洋服も汚さないように、改良されたエプロンなんです。袖があって、丈が長くて、後ろをボタンで留める形なので、直ぐほどけたりしないんですよ」
「……エフトラの独特の形ですか?」
「いいえ、私が考えた形です! 考えた形を、縫ってくれたのは裁縫上手のおばあちゃんなのですけれど」
私の袖付エプロンの形を見たアニエスさんが、じっと私を見て、こう言った。
「後で仕立て屋を呼びましょう。こう言った袖付のエプロンは、シャルもジルも喜びそうですからね」
私はまさか、思いつきの袖付エプロンがそんな好待遇になるとは思わなくて、目を丸くした物の、アニエスさんが問題なし、と判断したのだから大丈夫、とそれを着て、髪の毛をまとめ直して、ひょいと頭に布を被って、支度を整えた。
「では、行きますよ」
「はい!」




