表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/39

序章 3

そんな風にして、だいたい、三か月くらいたったと思う。私たち妖精は、時間の感覚が結構あいまいだから、正確な歳月をカウントしたりしないけど、たぶんそれくらい。

私がここで、一回秋の紅葉と、冬の雪を見たからそう、数えているだけだけど。

そして三か月間も、このお屋敷でブラウニーらしくしていれば、このお屋敷の家族構成くらいはわかるのだ。

このお屋敷の持ち主は、女主人さんらしい。女主人さんは結構お金持ちの商人さんと再婚して、継子としてエラさんが、やってきたみたいだった。

女主人さんは、俗にいう、物凄く広い領地、を持っていないけれど貴族って言う、そんな珍しくはない貴族だった。

なんでも、女主人さんが結構な貴族のお嬢さんだったらしくって、遺産相続の時に、このあたりの土地とかをもらったんだってさ。

女主人さん、たしか名前はアニエスさん。アニエスさんは、それなりに節約しながらもおしゃれするっていう事を知っている人で、どこかのお家の三男坊だったけれど、結構顔もいいし、狭いながらも領地経営の手伝いをしてくれる旦那さんと結婚して、二人の娘を授かって、平凡な幸せを満喫していたそうだけど、その旦那さんが、病気で死んでしまってからは寡婦年金と領地収入で細々と生活してたみたい。

そこに、貴族の肩書が欲しい大商人さんが現れて、娘たちもこれから物入りだし、とアニエスさんは再婚したらしい。

そのアニエスさんの娘さんは二人。

名前は、イオニアさんと、オーレリアさん。イオニアさんはアニエスさん譲りの金髪。オーレリアさんは亡き旦那さん譲りの黒髪。で、どっちも結構美人さん。

顔立ちも雰囲気も全然違二人だから、似合うドレスが全く違っていて、ドレスの貸し借りがうまくいかないみたいだ。似合わないドレスって哀しいもんね。

でも、イオニアさんもオーレリアさんも、この家が最高峰の大金持ちじゃない事を知っているから、そんなに贅沢な事はしないみたいだ。

ドレスが欲しいって言う割には、そんなにたくさんのドレスを仕立てないし、作ったものは何度も仕立て屋さんに頼んでリメイクして着ている。

私はそれまで知らなかったんだけど、仕立てたドレスって、染め直したり、刺繍を追加したり、中のコルセットを調整したりして、全然違う雰囲気のドレスにできちゃうんだって。

これを知ったのは、このお屋敷にきて、仕立て屋さんが、二人のお嬢さんに、相談した時。

物陰で見ていた私は、だからお貴族様の素敵ドレスは、なかなかブラウニー仲間の手に入ってこないのね、と合点した。

一度とっても上等な生地で仕立てて、何度も使う。それをしていたならば、ブラウニーたちに回って来る前に、何か違う形で、……例えば古着屋とかに持っていかれたり……新たな人の手に渡ってしまうだろう。

実際に、空色のドレスは、仕立て屋さんが、古着屋さんに持って行った。仕立て屋さんがきちんとした人で、お嬢様二人に、それに見合うお金を渡していたから、大丈夫なんだろう。

でも、二人はやっぱり年頃のお嬢様だから、流行の新品のドレスが着たいし、質素倹約をモットーにするアニエスさんと、言い争いをする事もそれなりにある。

言い争いを、私も何度か聞いているくらいで、そのたびに


「アニエスさん強い……」


と思うのよ。それ位に、アニエスさん揺るがないし、自分達の身の丈を知っている人でもあるのだ。

このお家は貴族の系譜だけど、豪華な世界と縁遠いお財布事情だった時期が長いから、アニエスさんは、若い頃に流行のドレスをたくさん持つっていう事を、あんまりいい事だと思っていないらしい。

今は、旦那さんがとっても儲けているから、もっと贅沢しても罰は当たらないんだけど。身の丈を知ってるって大事。

実際そう。若い頃に贅沢を覚えた若い女主人さんが、家を回せないっていう事も、ブラウニーの皆から聞くし。私も一軒だけその火の車状態を見た事がある。

あの時はとっても大変だったっけ……

そして、継子なのがエラさんで、エラさんは神秘的な銀髪のお嬢さんだ。

私は時々、イオニアさんとオーレリアさんが、エラさんを使用人という認識で見ているんじゃないかな、と思う事がある。

何かにつけてベルで呼び出すし。……うーん、でも、話の中身を聞いていると、しっかり者の妹に、何かと聞いているって感じも否めない。

会話の中身はだいたいこんな感じだ。


「エラ、この前お父様がお揃いで仕立てたネックレスは何処だったかしら!」


「ネックレスは、ジュエリーボックスの中の三段目に入っているはずですよ」


「エラ、私の髪型は変じゃないかしら」


「お姉様の黒髪に似合う素敵な髪型ですよ」


……とまあ、こんな感じの会話が多い。イオニアさんもオーレリアさんも、よくある継子いじめのような、無茶難題をエラさんにしていない。汚れ仕事とかをあえて任せたりしていないし、たぶん、エラさんのお父さんのおかげで、今までより少し贅沢が出来るようになったって分かっているんだろう。

エラさんは、帳簿をつけなさいとか、あれの手配をしなさいとか、これの手配をしなさいとか、アニエスさんに言われているけれど、これって立派な貴族のお嬢さん教育の一つだ。

家の管理をする事は、下位貴族の女主人の大事なお役目で、それなりの事が出来れば、お嫁に行く選択肢が増えるわけで、たぶん、アニエスさんは、エラさんが旦那さんの連れ子だから、よりいいところにお嫁に行けるように、教育してんだろうなって、私は思うわけだ。

そんなエラさんは、料理を手伝ったり、軽い掃除をしたりする事も多いけれど、だいたいの家事は、私がやっちゃってるから、手荒れもないすべすべの指だしね。

ただ、そういう家庭の中身を全部見ている私と違って、厨房と町を往復する料理人さんは、そう思ってなかったみたいだったわ。


「エラお嬢様は、大変な仕事をたくさん押し付けられて大変そうだ」


「そんなに大変な事を、お母様もお姉様も言ったりしてこないわ」


なんて会話を、二人がしている事も何度か見てきた。

そしてつい先ほど、私にとっての大事件が起きてしまった。


「マシューさんを解雇するんですか!?」


エラさんの驚く声が響いたのだ。

場所はアニエスさんの執務室。そこにいるのはアニエスさんとエラさんの二人。

マシューさんというのは、料理人さんの名前だから、つまり、料理人さんを解雇する、とアニエスさんが言っているわけだ。

そんな事ってあるの。と物陰でびっくりしていると、エラさんも信じられないという声で言う。


「お母様、本気ですか? どうしてマシューさんのような優秀な人を」


「マシューが優秀な料理人であろうとも、こうも出費が多すぎる帳簿を見せられると、とてもじゃありませんが、長い間雇うわけにはいかないのですよ。どうして我が家では、華やかなパーティも、高価なお菓子を使うお茶会もしていないのに、それらを行っている公爵家ほどの出費になるのかしら。エラ、帳簿をつけていて、変だと思わないのですか?」


「それは……質のいい物を使っているからではありませんか?」


「馬鹿をおっしゃい。私が市場の平均的な値段も知らないと思っているのですか? 天候不順著しいわけでもないのに、小麦粉がこれ位で、こんなに高いのも変ですよね」


ちらりと意味ありげにエラさんを見るアニエスさん。エラさんは何も言わない。


「あなたが、仕入れが高いのだというのであれば、あなたが出費を抑えるために、料理をしてもらうと言いましたよね。エラ。明日からマシューはここに来ません。あなたが朝食から午後のお茶のお菓子から、何もかもを支度しなさい」


エラさんは目を見開き、引きつった顔になりながらも、義母に逆らえず、こくりと頷いた。

私はブラウニーで、帳簿の一切合切はわからないけど、そんなに高い物を、エラさん仕入れていたのだろうか。

ううん、たとえ実際に帳簿を見ていても、よく分からない気がする。私は家事妖精ブラウニー、帳簿は管轄外なのだった。



そして夜、マシューさんがお夕飯の支度をエラさんとしていた時、マシューさんが、エラさんにお別れの言葉を言った。


「エラお嬢さま、私は明日からここには来られませんが、陰ながらお嬢さまの幸運を、お祈りしておりますよ。あなたはとても働き者の、気持ちの良い女性です」


「マシューさん、私、お料理なんて自信がないわ。誰かを新しく雇えないかしら。お母様もお姉様も、まずいお料理を食べさせられたら、きっと怒るわ」


不安げに、エラさんが言った。確かに、エラさんはお料理の手伝いはしていたけど、本格的にお料理はしてない。

だから、慣れていないから不安だというのは、まあ、普通の感性だ。

でも、そりゃまずいご飯だったら誰でも怒るよ。と私は物陰でもしゃもしゃと野菜の葉っぱを齧りながら思う。まずいご飯って、すっごく、怒りたくなるものの一つだと思う。


「エラお嬢さま、まずは簡単なものから少しずつ始めて行くのですよ。ここに私の使っていたレシピ本があります。この中の簡単で美味しい物から、はじめていくんです。大丈夫ですよ、私が出来るんですから」


マシューさんがそう言って慰めている。エラさんはそれでも、とても不安なんだという顔を隠さない。

私は聞いていて、いい事を聞いたな、と思った。そっか、マシューさんのレシピ本、あそこにあるんだ。今度誰もいない時に、こっそり読んでみようかな。

私は、技能教習で、レシピ本を読むために、人間の世界の文字を、五種類覚えたのだ!

実はこの、料理のために文字を覚えるって事を、ブラウニーの皆は嫌がって、料理の技能教習を受けないのだ。

でも私は、とってもとっても、あのぴかぴかの、おばあちゃんがいつもエプロンにつけていた銀のブローチを、自分もつけたくって、教習を受けて、合格したのだ。

実を言うと、ブラウニーは、正確に測る事は苦手な子が多いけど、料理の技能試験を合格した私は、それをやれるのだ。だからレシピ本の再現が出来る。読んで理解できれば……だけど。

試験ではそういうところも見られていたわけである。

エラさんは最後まで、料理が出来ない、心配だ、という事を言い続けて、マシューさんに慰められて、お夕飯の支度は終わった。

マシューさんの最後のお料理は、よく煮こまれた野菜と、何とベイコンのミルクスープと真っ白なふわふわのパンと蜂蜜とバターという、奮発したなと思う素敵なメニューだった。


……もしかして明日から、私、料理もする事になるのかな。そうか、それなら明日の朝ごはんは何にしようかな……


ふわふわの白パンという、素敵ご馳走を食べて、幸せな気持ちで眠りにつく時、私はそんな現実を思い出して、朝ごはんは何にしようかな、と考えながら端切れに包まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ