四章 4
採用希望者と面接するための小部屋にアニエスは到着し、そしてネリネがその希望者を連れてきたのだろう。こつこつ、と扉がノックされ、アニエスの了承の声の後に、一人、少女が入ってくる。
……確かに、田舎の体力のある娘に見える。そして全体的に茶色い印象の髪の毛と瞳の色に、顔中にそばかすが散った、日に焼ける仕事を厭わずに行っている様子の顔。
服装も華美なものではなく、動きやすさを優先にしたものなのだろう。
そして丈夫なことで知られている、平民たちのよそ行きや仕事着に引っ張りだこのキャラコの生地のワンピースだ。
彼女はアニエスを見て、丁寧に礼をした。緊張しているのか、動きがぎこちない。
「……」
驚いた。一礼した後、雇い主であるアニエスが喋るまで、全く口を開かない礼儀というものを理解している様子なのだ。
彼女は、捨てられそうな仔犬のような目をしているが、アニエスが問いかけるまで、口を開かない頭の良さもあるらしい。
「初めまして。私はアニエス。奥様、と呼べばよいですよ。さて、あなたはどんな事が出来ますか?」
「は、はい! 家の色んな事が出来ます! 炊事洗濯掃除に庭仕事、家畜の世話も害獣駆除も!」
「思ったよりもいろいろできるのね」
「はい! 故郷で鍛えられました!」
ぱあっと明るい笑顔だ。悪意や裏がある様子は一切ない。アニエスの言葉に、褒められた、と言いたげな嬉しそうな顔をしている。
「故郷はどこかしら」
アニエスは、あらゆる事を鍛えた地域はどこかしら、という思いで問いかける。
それに、少女はまったく迷いなく答えた。
「エフトラです!」
エフトラ。それは田舎の中でも特に田舎だ。未だに王国の人間が理解しがたい呪術の力を持つ人間たちが、細々と生活する森がある土地柄か、エフトラの人間は何処かそのほかの土地の人間よりも、妖精に似ていると聞く。
なるほど、そんな田舎から来たのなら、この求人広告の募集から数か月たった今、やってくるわけだ。アニエスはそう納得した。
そして、エフトラの地域から働きに来る田舎者たちは、皆大変な働き者で、どんな苦労も笑顔でこなし、裏表がないと聞く。
エフトラ出身だというと、それだけで採用する家もあるほどだった、とアニエスは思い出した。
そんなエフトラからやってきた少女は、どうなるのだろう、という顔をしている。
アニエスは、彼女も実際に裏表はないだろうと判断し、こう言った。
「手を見せてもらえますか」
「はい!」
働き者ならば、手がきれいだという事はありえないだろう。そんな予測でアニエスが言うと、少女は両手をためらいなく差し出した。
どんな仕事でも行ってきた証のように、彼女の手は乾き、皮が厚く、爪も仕事の邪魔にならないように短くそろえられており、可憐な少女の持つ手とは大いに違っていた。
この子はきっと相当な働き者だ、とアニエスは何か直感に似た物で判断した。
それに、実際この屋敷は人手が足りないのだ。
アニエスは即座に、この子を雇おうと決心した。
「……良い手ですね」
「ありがとうございます!」
しかし元気のいい少女だ。声が大きい。だがこれだけ明るく、働く事に対しての抵抗がなさそうな感じはよいものだ。
「決めました。あなたを採用しましょう。今日から働けますか?」
「はい! できます!!」
身を乗り出す少女。それだけ働きたかったのだろう。
彼女の迷いない言い方に、少しアニエスは笑った後、立ち上がった。
「着いて来なさい、……そうだ、あなたの名前は?」
「はい、ビスケット・シュガーです!」
「分かりました、ビスケット。あなたの部屋に案内した後、仕事着に着替えて、働いてもらいます。よろしいですね」
「かしこまりました!!」
本当に威勢がいい。うれしくてたまらないという顔をしている少女は、一体エフトラでどれだけしごかれてきたのだろう、と思わせる反応があった。




