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四章 1

「まったく。これはあまりにも非道なふるまいですね!」


怒り心頭の彼女は、きらきらと輝く桜色の髪の毛を、それはそれは優雅に結い上げた美女であり、私達妖精の敬愛する女王様だ。

彼女は春の色をしている方で、春の薄紅の花の髪と、春の若芽の緑の瞳の、この上なく美しい妖精だ。

その女王様が、とっても怒っていらっしゃる。

こんなに怒っているのは、夫であるオベロン様が、彼女の許可なく彼女の侍女に手を出して、侍女がショックのあまり消滅しかけた時くらいだ。

あの時のティターニア様はそれはそれは怒っていらっしゃった。ちょうど侍女の妖精の子は、結婚が決まっていて、花嫁衣装の用意とか、そう言ったので彼女の周りはお祭り騒ぎだったのだ。

それなのに、王様に言い寄られて、抵抗むなしく手を出されたのだから、彼女の衝撃やいかにって感じで、ティターニア様は激怒して、オベロン様をしばらく妖精の檻の中に閉じ込めた。妖精の檻の中にいると娯楽なんて一切ないから、それはそれは辛いのだ。

オベロン様が反省して、二度とこんな事をしない、と誓いの書に名前を記入した事で、同じ事は二度と起こらない事になっている。

そしてその侍女の子は、結婚するはずだった婚約者の妖精の彼に、物凄くまっすぐな愛を向けられて、消滅を辞めて、王宮を辞して、彼氏の暮らす集落で幸せに暮らしているとか。

さて、その時と同じくらいお怒りの女王陛下。私は彼女に呼ばれたために、おじいちゃんとともに来ている。

おじいちゃんはティターニア様の幼いころから知っているから、そこまで怖いと思っていないみたいだけれど、私はめっちゃくちゃ怖い。さすが、女王様である。圧力がおかしい感じだ。


「オーツ。あなたの報告と証拠を見ました。これは私達妖精に対してあまりにも非道なふるまいです。よって妖精の掟に準じた復讐を許可します」


「はい。このような事を行った事、妖精に対してのあまりにも暴力的なふるまい、それらに対して一生忘れられないほどの仕返しを、この家の者すべてに」


それを聞いて、私はとっさに声が出た。


「ま、待ってください!! おじいちゃん、待って!!」


「どうしたの。ビスケット。そんなに慌てて。あなたがこんなひどい目に遭ったのに、待ってなんておかしなことを」


「ええと、ええと!! 家の者すべてに、しないで、ほしく、て……」


私はなんでこんな事を言ったのか、まるで分らなかった。ただとても自然に、復讐をするならその人だけにしてほしいって思ったのだ。

家の者すべてにまで伝わる復讐を、それは妖精の仕返しの中でもごくごく普通の事だけれど。

それをしないでほしいって、思ったのだ。


「どうして? ビスケット」


女王様が、私をその美しい命の生まれる色の瞳で見つめて来る。

私はその瞳の力に声が出なくなりそうだったけれど、一生懸命に深呼吸して、こう言った。


「だ、だって、誰がやったのか、全然、わからなくて、わからないんです!! 誰があの酷い旅行鞄を用意したのか、わかんない!! ……とばっちりで、酷い目に遭ってほしくない人、あのお屋敷にはいるんです!! だから……」


私の頭の中に浮かんだのは、ネリネさんだった。

だって妖精の仕返しは残酷で絶対だ。女王様が、あの家にいる人間全員に不幸を、と不幸の粉を家に振りまく事を命令したら、あのお屋敷で暮らしている人たちは皆、末代まで不幸になってしまう。

それは、嫌だった。

ネリネさんは、私の正体とかを嗅ぎまわったりしないで、ただ、働き者のお手伝いの一人、と数えて、私が本当にひもじい時に、ハムを分けてくれた。

もしも私の正体がわかっていて、ネリネさんが妖精が気持ち悪いと思っていたら、あの時点で、ネリネさんはお洋服を私に渡したはず。

でもそうしなかった、だからネリネさんは白のはず、というのが私の考えだ。

でも、これでティターニア様の事を怒らせたら、私蝶々になっちゃうかもしれないんだよね……私は覚悟を決めて、ぎゅうっと来ているエプロンワンピースを握り締めて、うつむいて、目をつぶった。

一瞬周りは静かになったけれど、くすり、とたおやかな笑い声が響き、私が恐る恐る顔をあげると、ティターニア様が微笑んでいた。


「オーツ、あなたの名づけ子は優しく育ったわ。いい子に育ったわね」


「ありがたいお言葉です。陛下。して、どうしましょう」


「一番の被害者のその子が、末代までの呪いを嫌がるのであれば、簡単な事」


女王陛下は、そう言って、私をじっと見て、こう告げた。


「オーツの名づけ子、ビスケット。あなたがあの家の者すべてへの裁きを望まないのであれば、あなたがこのふざけた所業を行った者をつきとめて、私達に知らせなさい。あなたが復讐できなくとも、これは妖精に対するあまりにも暴力的な行為ですから、野放しにはしません。このようなふるまいをした事を、後悔させるのは当たり前の事なのですよ、ビスケット」


私はそれを聞いて少し安心した。私だって、やられたらやり返す事はよくある。ただとばっちりを受けてほしくない相手がいるってだけ。

だから、やった人間を突き止めて、その誰かに仕返しをする事に対しての、ためらいはないのだ。


「ビスケット、必ず、恩を仇で返す不届きものを、見つけてくるのですよ」


「はい、女王様」


「一時的に、人間になる方法はわかっていますね?」


「はい」


「まあ、ブラウニーという種は、そのままでも小柄な人間に見えますから、早々気付かれたりはしませんけど、十分気を付けて行くように」


「ビスケット、お前に加護を分けてやろうな」


女王様の言葉、それから忠告の後に、おじいちゃんが、樫の木の枝を私の頭上でふって、光の粉を私にかけた。

ドルイドのおじいちゃんの加護だから、それは強く私の助けになるんだろう……

私はそうして、お洋服は渡されたけれど、これじゃあ技術教習にも試験にも参加できないというわけで、そのまま取って返す形で、人間の世界にまた向かったのである。

そして私は、田舎の求人チラシを片手に、あのお屋敷の玄関の扉を、とんとんとドアノッカーで叩いたのだった……


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