三章 4
そんな風に、私はそれなりにこのお屋敷の人に好かれているんだろうな、って思っていたのは昨日までの私である。何故かって?
そりゃあ……もうこの光景を見たら、このお屋敷の中に、私の事が大っ嫌いな人がいるんだなって理解しちゃう光景ってのを見たら、友達から鈍い、と言われがちな私も、ああこのお屋敷には私を認められないし、私がいる事が耐えられない人がいるんだなって思うわけだ。
その光景とはこんな光景。
「……普通に考えて……いや、お洋服っていう事はあっているんだけど……これを私たちブラウニーに渡す神経ってのが信じられないよ……」
私は私の寝室となっている木のうろから、今日も厨房に来て、朝いちばんに色々なものを片付けて使いやすいようにして、ネリネさんとこれからも頑張ろうって思ってたのに。
私が一番長い時間手伝いをしている場所である、厨房に、お洋服が置かれていたのだ。
お洋服が置かれていた、というところはわかる。ブラウニーに対してのお洋服は、面と向かって渡すわけじゃないから、どこかに置いて送って言う方法が一般的だ。
そのため私が一番長い時間いる厨房に、お洋服の入っている旅行鞄が置かれているのは変な話じゃない。
それに、一枚のメモがピンで留められていて、そこに書かれている文字があり得ない文章って言うのが信じられなかった。
ただ単純に、お洋服が目いっぱい詰め込まれているだけの旅行鞄なら、とっても有能で素敵なブラウニーの先輩が、持ち帰ってきた事もある。
あの先輩って流石! って皆口々に言ったし、先輩の働いていたところはお洋服をくれる時は豪華だって事が知れ渡って、それはそれはすごい争奪戦になった。あの争奪戦を制したのはその時一番お掃除をぴかぴかにする子だったっけなあ。
だから、それだけなら衝撃を受ける事はない。私ってそんなにすごいブラウニーだったんだって思って誇らしいけど。
でも、そのピンに留められていたメモには
「洋服をあたえてやるからさっさと消えろ、汚らしい化物」
と書かれていたのだ。……えーと、……え? って思った。だって昨日の夜、ネリネさんの報告を聞いたアニエスさんはびっくりしていたけれど、嫌悪感はなさそうだったし、イオニアさんも気持ち悪いという感情はなかったはずだ。
でも、あの時会話を聞いていたのはその三人のはずで……三人のうちの誰かが、私にこんなひどい言葉を向けたって事で。
……でも、ネリネさんじゃない。私はそんな確信があった。
ネリネさんは私たち妖精について少し知っていると言っていただろう。
それならば、私たち妖精っていう存在が、侮辱されたり乱暴されたりした時、どんな結末を引き起こすのかも知っているという事で、知っていたらとてもじゃないけれど、私がどんなに温厚な種であるブラウニーでも、こんな暴言は書かない。
だったらアニエスさん? ……でもこれ、アニエスさんの滑らかで綺麗な筆跡じゃない。アニエスさんのお手紙を見た事があるし、帳簿を見た事もあるけれども、彼女の文字はとても上品で、どんなに走り書きのような乱暴な書き方をしても、その上品さは失われていなかった。
アニエスさんでもない。
ならあの時、働き者と褒めてくれて、いなくなると寂しいって言ってくれたイオニアさん?
あの言い方の後に、私の事を気持ち悪いって思ったの……?
私はどうしたらいいかわからなくなったけど、ここに私宛としか言いようのないお洋服のつまった旅行鞄があって、私に消えろ、何て言うひどい言葉を投げて来る誰かがいる事になるわけで、私はつまり、ここでもう働く理由がないのだ。
ブラウニーはお洋服をもらったらすぐに帰っちゃう妖精。
だから、私が今ここで、お洋服を受け取ったという事で、私がいなくなる条件はそろったのだ。
「……」
でも、いきなりいなくなったら、私にハムをくれたり色々都合してくれた、優しいネリネさんを裏切った事になりそう。ブラウニーは裏切りが大嫌いだから、どうしようかな。
そうだ。お手紙だ。
私はピン留めされたメモ書きの裏に、木炭で文字を書いた。
『おようふくをちょうだいしました、おせわになりました。』
これでネリネさんならわかってくれる。
私は、ぐちゃぐちゃになった色々な感情のまま、でももらったお洋服の入った旅行鞄だけはがっちりと抱えて、そのままお屋敷を後にして、妖精の里ティル・ナ・ノーグへと帰ったのだった。




