三章 1
そしていよいよ季節は、シーズンと呼ばれている社交がメインになる季節になってきた。
この季節になってようやく、お茶会とか夜会とか舞踏会とかの招待が来るようになるのだ。
もちろん、招待する事もこの、シーズン中が基本とされている。
そのシーズンを飾るのは、まず、デビュタントの舞踏会と言われている。
大体において、外にあまり出かけないとされているご令嬢たちが、お友達を作るのもこのデビュタントの時が多くて、素敵な人に見つけてもらうのもこのデビュタントの時とされている。
だからデビュタントの年齢のお嬢さまは、皆とっても素敵なお衣装を着て、デビュタントの舞踏会に参加するわけで、これは当然、今年社交界に出すとウィリアムさんが決めたエラさんも、それに該当する。
ウィリアムさんは、娘の一番初めのこけちゃいけない大事な行事という事で、あらゆるつてを頼って、エラさんにとびっきりの素敵な衣装を用意している。
そんななかで、エラさんはお家の事とかを、あんまりやらなくなってしまった。きっと元々そんなに、やりたくなかったんだろう。
イオニアさんは、エラさんの試験が終わったから、と盛大に畑仕事と園芸を再開しちゃったし、オーレリアさんは、数年にわたる色々なものの制限された生活が、とっても窮屈だったらしくって、魚釣り、兎の罠、そしてとうとう知り合いの猟師のおじいちゃんとともに、猟犬を伴って領地の山に狩りに出かけるようになっちゃったのだ。
オーレリアさんは、実は結構優秀な狩人でもあったみたい。猟師のおじいちゃんと出かけた日には必ず、何かしらの成果を持って来るし、山の中の山菜と呼ばれているような、香りのいい野草を摘んで帰って来る事も多い。おかげでお肉がない問題は、だいぶ減った。そっかあ……オーレリアさんって食料の事とか気にしてたけど、もともととってくる方だかったから余計に気にしてたんだろうな。
というか、二人とも、試験の間は家の事もやってそう言った好きな事も出来る時間がよくあったよね。それってすごい事だと思う。
エラさんはお家の事は皆、三人の使用人に任せちゃって、女の子らしい趣味……刺繍とか、手芸とか、本を読むとか、色々な自分のお手入れとかに集中している。
上の二人のお嬢さんは活発で、エラさんはどっちかと言えば大人しい趣味が好きだったんだろうね。
ちょっと同情するのは、イオニアさんの侍女のカナリアさんと、オーレリアさんの侍女のカロリーナさんだ。
二人とも、行儀のいいおしとやかなお嬢様とは言えない、活動的で実用的な趣味の持ち主なお嬢様を相手に、今までと勝手が違うんだろう。
色々叱ったりしているけれども、この家が維持されるためには、イオニアさんやオーレリアさんみたいな趣味の人がいないと困っちゃうんだよね、と私は時折見るその現場から思ってしまうわけだった。
カタリーナさんは、お嬢様らしいお嬢様になっているエラさんを相手に、エラさんをより美人にするために技術を惜しんでいない感じだ。
それにウィリアムさんが、娘の美をさらに上のものにするための投資は惜しみないし、町の最新の美容法とかも、エラさんにはさせている。
でもデビュタントが終わっているイオニアさんとオーレリアさんには、そう言った投資をしていないから、もしかしたらやっぱり、実の娘の方が可愛いのかもしれない。
よくある心理だしな、と思う私であった。
そんなわけで、今年もデビュタントの舞踏会が始まるだろう、招待状が来るだろう、と皆待っていたとある初夏の午後。
私が皆が見ていない間に、せっせと庭の害虫駆除をして、ウィリアムさんの使用済み葉巻をばらして水に溶いて作った殺虫剤を、お家のお花に吹きかけていた時だ。
上等のあまり軋まない車輪を使った、馬車の音が外から響いて来て、私は急いで垣根の中に身を隠した。
そしてこっそり様子をうかがうと、正門の呼び鈴に気が付いたジルさんが、この数か月でいっそう綺麗になったお辞儀をして、その馬車の人の応対をしていた。
その馬車は、この王国の王家の家紋である、真珠貝に舞い散る華の紋様を扉とかに施していた。明らかに、王家の連絡だ……なんだろう。デビュタントはやっぱりあんな立派な馬車で招待状が来るのだろうか……?
わからなかったものの、私は、ジルさんが丁寧に手紙を受け取って、それから馬車の人が去っていくと大急ぎで、ジルさんが家の中に入っていくのを見送った。
さて、害虫駆除の続きである。害虫の中にはとっても痛い腫れ方をする毒の毛を持つ毒毛虫がいるから、要注意なんだよね。私は平気だけど、人間は辛いし、うっかり鶏が食べるとお腹を壊しちゃうから気をつけなくちゃいけないんだ。
さて、これが終わったら、家畜の皆を厩舎に戻して、山羊のお乳を搾って、ってやらなくちゃなあ。朝一番のミルクは仔山羊さんのものだから、絞るのは大概夕方になっちゃうんだよね。ちなみに味見をするのはこの時。私はお腹が丈夫だから、そのまま飲んでもお腹なんて滅多に壊さないのである。
そんなこんなで、色々なお家の事を終わらせて、私が厨房の手伝いに入るために、厨房にこそこそと入っていくと、ジルさんが興奮気味に、ネリネさんのお手伝いをしていた。
ネリネさんは、野菜を切るとか、茹でるとか、そういう事はほかのメイドさんにも手伝ってもらうようになったのだ。
ジルさんも、やっぱりこの前の事があったから、多少何か作れる心得があった方が、安全だって気が付いたみたいで、結構積極的にお手伝いしている。
シャルさんはその代わりに、家の事を極める予定になったみたいで、他の事への熱心さが変わったね。
でも二人とも、家畜の世話とか、お外の畑仕事とか園芸の事とかは、知識がなさ過ぎて怖くてやれないみたい。それもまあ、仕方のない事と言えば仕方がないのかな?
ブラウニー実技試験みたいな物って、人間の世界にはない物みたいだしね。
「ねえ、ネリネ! すごいのよ!! うちのお嬢さまたちに、王子様から直々の、夜会の招待状が届いたのよ! それも他国の王子様とかお招きする、盛大なとっても格式の高い舞踏会よ!! すごいわよねえ、この家柄だったら、よっぽどのお手柄な事をしなくちゃ、御呼ばれできないって、さっきアニエス奥様が言っていたわ!!」
「……きっと、この前王子様たちを、一週間何事もなく滞在させられた事で、王子様たちが恩を覚えたのでしょう。普通はもっと不自由するものですからね」
「やっぱり、橋が落ちて補給も何もできないのに、王子様たちに、不自由ない生活をさせた事って、すごい事なのね」
「やはり、そういう位の高いかたがたの印象はよい方が何事も、良いと聞きますからね」
ネリネさんはさっきから、ハッシュドミートな煮込み料理の味見に集中している。
とろりと濃い味付けのそれは、使用人の皆さんの食べ物なんだけど、実はこれ、イオニアさんもオーレリアさんも大好きな味だから、ネリネさんは、お肉を立派にして、立派な具材を彼女たちによそって、自分達にはこま切れ肉や野菜という風に、わけてよそっちゃう予定なのだ。
ネリネさんは結構、イオニアさんのお願いに弱くて、彼女が食べたいと言ったから、色々考えて、失礼のないように盛り付けて、お願いを叶える気なのだ。
それにこう言った煮込みのお料理って、やっぱり具材を多く煮込んだ方がおいしいと相場が決まっちゃってるんだよね。中に溶けだす野菜や肉のうまみっていうものは、多いほど味が深くておいしい。
お料理技能試験の時に、私が試験官から熱弁された事の一つでもある。
私は、興奮気味にネリネさんに話しているジルさんに、気付かれないように、香草の束をきっちりと止めておいて、こっそりとネリネさんの脇に置いた。これで肉の臭みは消されて、美味しい匂いだけになる。
ネリネさんはブーケガルニとか言われているような、香草の使い方は勉強中で、まだまだ至らないから、お手伝いするんだよね。だって私も食べるものだし。
気付いたネリネさんが、それをがーぜでくるんで、スープの中に入れた。よし。
「私達も行きたいわよね、そういうすごい舞踏会!」
「……行けませんよ。どうやって格式にのっとった衣装やマナーを探してくるんですか」
「だってエラお嬢様だって、もともとは私達と同じ商人の娘なのよ!」
「……旦那様とアニエス様が結婚した事で、旦那様の娘であるエラお嬢様も、貴族になりましたよ。そういう手順は大事な事なんです」
「でも! きらきらした世界は憧れの世界でしょ、ネリネだって」
「……私は知り合いが、そう言った場所の給仕をやった事があるんですが、……あの世界もなかなか怖いと言っていましたよ。怨念がとぐろを巻くとか言ってました」
「それって普通は、渦を巻くとか言わない?」
「……渦を越えていたらしいです。ご令嬢たちの飛び交う牽制の火花、男の方々のより良い娘を探すための猛禽のような視線、思惑はまじりあい、ぶつかり合い……あれの中に飛び込む勇気はとてもじゃないが持てない、と断言していましたね、知り合いは」
ネリネさんはそう言って、味見用の小皿にスープを救い取って、ジルさんに渡した。
「味を見てください、さっきから味見のしすぎて、私は鈍くなっている物で」
「うん。……ちょっと塩気が甘い気がするわ」
「塩は結構入れましたから……この場合はうま味になるものを足す方が……昨日とったブイヨンを足しましょう。きっとぐっと良くなります」
ネリネさんはそう言って、冷凍しそうなほど寒い、冷蔵室にしまった昨日のブイヨンを持ってきて、カップに一杯注ぎ入れて、味を見た。
「……こっちのほうがおいしい」
「えー、味見させてよネリネ!」
「……はい、どうぞ」
「わあ、贅沢な味になったわ!!」
「いい匂いがするわ!! 今日のご飯は何、ネリネ!!」
洗濯ものなどを片付けてきたみたいな、シャルさんが厨房に飛び込んできて、おやつ用の干しパンをかじりながら言う。お行儀が悪い! とここでジルさんが突っ込んだ。




