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二章 10

そんなごたごたが起きた後、エラさんが何をしたのかと言えば、お父さんに泣きついたのだ。

どうやらお父さんの方が、アニエスさんと再婚する時にエラさんにこう言ったらしい。


「貴族の令嬢になったら、商人とは比べ物にならないくらいにいいことづくめだ! エラもただの商人の妻じゃなくて、本物の貴族の正妻になれる! 商人の娘だったらいい所で愛人位だ。その違いがエラだってわかるだろう? それに商人たちではとても参加できない世界に、入れるんだぞ!」


……まあ事実っちゃあ、事実なのかな?

確かに、私が今まで働いてきていた大商人の家や、豪農の家の娘さんは、貴族のお嫁さんにはなれなくて、よくて第二の妻、比較的多いのが愛人だった。それも嫡男の愛人じゃなくて、次男三男と言った、あまりいい感じの立ち位置じゃない男の人の愛人。

お金持ちの大貴族は一般的に、貴族の中で正妻を選んだり夫を選ぶからか、そこの境界線はきっちりしていたのだ。

アニエスさんと旦那さんのウィリアムさんが結婚できたのは、それが再婚だったから。初婚で商人と結婚する貴族のお嬢さんはいないらしいし、それにアニエスさんの場合は跡取り娘がいて、エラさんが屋敷を継ぐ事がないから、ウィリアムさんの求婚に承諾したって感じなのかな。

私が知っている常識とかを考えていくと、そういう事になるわけだ。

それにアニエスさんは、貴族といっても階級は中間より若干低い感じだから、商人との再婚をしたのだろう。

アニエスさんは屋敷と山ばかりの領地を守るために、色々考えて再婚したに違いない。

しかしそんな貴族のあれこれをエラさんは知らないみたいだし、エラさんからすれば、ウィリアムさんが言っていた事とやらされている事が違うし、がんばったのに不合格だし、結構

衝撃を受けたんだろう。

多分だけど、エラさんの方が、このお屋敷の義姉さんたちよりも、不自由のない生活を町中でしていたみたいだから、蝶よ花よと育てられたんだろう。

エラさんは飛び切りの美少女だし、お父さんが大事に大事に育ててきたのも納得だ。

そんな感じだから、試験に合格しなかったら、貴族の晴れの舞台に参加できないなんて言われたら、もう、哀しくって哀しくって理不尽に感じちゃったんだろう。

お義母様は理不尽すぎる、と思った結果、彼女はお父さんに泣きつき、ウィリアムさんはアニエスさんを叱り飛ばした。


「エラはすばらしい少女なのだから、早いうちから貴族の社交界に出て行き、より素晴らしい夫に見初めてもらわなければならないのに。若く花開く、一番殿方の目に留まる時期に、舞踏会にもお茶会にも参加させないなんて馬鹿げている!! 貴族の作法はしっかり身に着けているじゃないか!!」


ウィリアムさんから見て、大事な娘は、飛び切りの美少女であり、高位貴族との結婚も夢ではない少女なのだろう。


「我が家の格で求められる時に、必須の条件を教えているだけです。結婚した後苦労するのはエラなのですよ」


アニエスさんが冷静に指摘しても、頑として意見を譲らず、試験なんかに一年以上時間を費やすんだったら、その間に良縁の男性たちは皆、婚約を交わしてしまうだろう、と押し切って、さらにこう言ったわけだ。


「エラが嫁ぐほどの良い家ならば、信頼のおける家令達がいるだろう! 泥臭く毎日苦労する事なんてないはずだ!!」


「確かに高位貴族の家では、我が家のように食料を自分で調達したり、家の事を指揮したりはしませんが、そんなのは一握りのとても格の高い家だけですよ」


アニエスさんも粘ったものの、ウィリアムさんは意見を変えなくて、どうなるかと思っていたら、アニエスさんが、静かな声で言ったのだ。


「では、旦那様。私の口添えなしに、旦那様が全面的にエラの補佐を行い、この家ではとても結べないであろう良縁を、結んでくださいな」


それでしたら、我が家の風習などに左右されずに、エラにとっての良縁になるでしょう。

つまりこれが何を言うかと言えば、アニエスさんはエラさんの結婚に関与しません、旦那様が一切合切責任を取ってくださいね、って事なのだ。

こういう事ってあるんだなあ、と思った物の、ある意味これは「できるならやってみやがれ」という事なんだろうね。

こんな揉め事の結果、エラさんは招待状があればお茶会に参加するし、舞踏会にも出席する事になったのだった。

イオニアさんはなんとも言えない顔をしたし、オーレリアさんに至ってはエラさんをとても心配した。


「そんな事をしていいんですか、お母様」


「どう考えたって、うちの格くらいで、なんでも優秀な家令や女中頭が指揮する家にと告げるわけないじゃない、良くないわよ!」


「エラの事をまるきり旦那様が面倒を見る事になったのです。イオニア、オーレリア、あなたたちは何かある前に、エラの事に関しては旦那様のみの意見です、という姿勢を維持しておきなさい」


それを娘たちに告げたアニエスさんはため息をついた。


「裕福な商人であるのだから、ある程度の未来が見えていて結婚したと思っていたのですが……娘の事になると途端に、夢見がちになって困った方になりましたね」


アニエスさんの悩みは結構な物だったし、さらにアニエスさんには、ジャーナさんの解雇という仕事が残っていた。

こっちも結構抵抗したんだけど、アニエスさんが厳しく冷たい顔をして告げた言葉がよく聞いた。


「我が家に盗人まがいの料理人はいりませんので」


「盗んでなんかおりません!!」


「では帳簿に書かれている食料の在庫はどこにあるのです?」


「み、皆使って」


「その割には、屋敷の食事は質素そのものでしたけれど」


「そ、それは」


「使用人たちにも聞きましたが、使用人の食事はもっと貧相だったそうですね。どこにこれだけの量の肉やチーズ、油や砂糖や香辛料を使う隙があるのですか? 私は毎日の食事の記録を取っております。当然あなたも、その記録を取っておりますよね?」


「そんな面倒くさい事はしておりません!!」


「馬鹿ですか? それの記録を取らなければ、在庫、備蓄、購入予定、何もうまくはかどりませんよ。そんな事も考え付かないのでしたら、やはりあなたはこの家で働く事は難しいですよ」


アニエスさんに強い声で言われて、ジャーナさんは去って行った。その際に散々文句を言っていたものの、オールワークスメイドさんたちの支持も得られず、ぶつぶつと言いながら去って行った。

そして、ネリネさんが、厨房専門になったのだ。アニエスさんは、食料の備蓄が極めて少ない状況でも、なんとか四苦八苦してそれなりの料理を出し続けたネリネさんを評価したらしくって、部屋も、厨房に近くて働きやすい、一階の部屋を与えた。これって使用人の部屋としては別格の部屋間違いなしで、普通使用人の部屋は三界の屋根裏とか二階の影とかだから、一階という人目につく場所に部屋を与えるってすごい事だった。

そしてネリネさんは、料理に関して猛勉強を始めた。マシューさんのレシピを調べ上げて、ちょっとずつ練習して、って頑張っている。

こうしてネリネさん一人分の労働力がなくなったから、ジルさんとシャルさんの仕事は増えたけど、そこに至っては私が手を出すから、二人が文句をそこまで言うほど、仕事が増えたわけじゃなかった。

でも二人は、その事で、私という何者かがこのお屋敷にこっそり住んでいるって思いを強めたみたいで、二人で探そうとしていた。

ううん……私、そう簡単に見つけられないよ?

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