序章 2
さて、家の事なら何でもござれ、家事全般はそれなりにできます。そんな私は、ブラウニー。
わりと知られた、妖精の一種である。
ブラウニーで何を連想する? 甘いチョコレートとナッツとかチョコレートチップとかが入った、ケーキみたいなお菓子を連想する人の方が、多いかもしれない。
でも、私のような、妖精の事もブラウニーというのだ。
ブラウニーという種族は、だいたいにおいて、住人に秘密で、家事とかをこっそり行っておく妖精である。
お手伝い妖精、と言われる事もある、ブラウニーの目的は、お手伝いの報酬として、お洋服を手に入れる事で、お洋服を手に入れたら、その家から去っていく妖精だ。
私たちは、人間のお洋服がどうしても必要なのだ。
何故かって? それは簡単な話で、人間の家でお洋服を手に入れたら、ブラウニー技能教習を受ける事が出来て、さらに技能試験を受験する事も出来るようになるから!
一軒のお洋服で、一回、技能教習を受けられるし、技能試験も受験できる。
何で技能教習が必要なのかって言われてしまったら、そりゃあ、出来る家事の範囲が広がるから、と言える。
私たちが生まれつきできる家事は、基本掃除だけなの。だからはじめは全員、どこかの家でお手伝いをする時は、掃除しかできない。
でもお洋服を手に入れて、一個技能教習を受けて、試験に合格したら、その新しく手に入れた技能も、ブラウニーとして使用する事が出来るわけ。
そうやって、ブラウニーたちは、出来る家事を、一つずつ、着実に増やしていくのだ。
そんな地道な訓練を重ねて、実技を重ねて、ブラウニーたちはお洋服を集めて行く。
ちなみに、一般ブラウニーの持っている技能資格は、だいたい三つと言われている。
その内訳として
・掃除
・洗濯
・家畜の世話
があげられる。
これ位出来れば、まあ、ブラウニーとして一人前だし、どこに出しても恥ずかしくないと言われている。
そして私は、自慢になるんだけど、何と五軒のお宅で、お洋服をもらっていて、なんと技能教習と技能試験は、五回も合格している、スペシャリストなの。
スペシャリストな私だから、出来る家事として
・掃除
・洗濯
・家畜の世話
その他に、
・園芸や農作業
そして一番ブラウニーたちが苦手とする
・料理
・お裁縫
まで出来ちゃうブラウニーなのよ。
ブラウニーは、どうしても、鉄でできている包丁とかが苦手だから、料理まで覚えなくっていいかなって思う子の方が断然多いし、はっきり言えば料理の技能があるって言うだけで、私自身、ものすっごく変わり者って言われる事もある。
それでも私は、五回の技能試験を突破したスペシャリストだから、他のブラウニーの子たちが持っていない、綺麗な銀色のブローチで、ブラウニーの皆が大好きな、可愛いエプロンというものに、飾りをつける事が出来ちゃう。
そう、ブラウニーの女の子たちって、皆って言っていいくらい、可愛いエプロンが大好きで、最近のブラウニーの女の子たちは、もらうお洋服で一番うれしいのは、可愛いエプロンって言う位。
お手伝いのお礼として、可愛いエプロンを手に入れた子が、ティル・ナ・ローグ……つまり妖精の里に帰ってきた時なんてもう、大騒ぎで、どこのお宅で手に入れたのか聞きたがって、自分の次の勤め先の内見に、そこを選ぼうとする。
そんな時はもう、そのお宅の争奪戦で、その時ばかりは、それなりに性格の優しい子が多い私たちブラウニーでも、大騒動を起こすのよ。
だって、一つの家に行けるブラウニーは、一人って言うのが妖精女王様の決めたお約束事で、どんなに大きなお屋敷だって、大人気のお家だって、一人しかブラウニーは働きに行けないから。
それはそれは熾烈な戦いが幕を開ける、と言っていいの。
それ位、可愛いエプロンって皆とっても大好き。
意外かもしれないけれど、男のブラウニーもその争奪戦に加わるわ。好きな女の子に、可愛い素敵エプロンをプレゼントするべく。そして自分も、素敵お衣装を手に入れるため。
ブラウニーって、ここからちょっとわかるかもしれないけど、ティル・ナ・ローグではお洒落な妖精なの。
ただ、人間の世界に来る時のブラウニーの制服とか髪型として、茶色くのばし放題の髪の毛とかひげ面でなくちゃいけなくて、着ていい服装なのは茶色の地味かつ、よれよれじゃなくちゃいけない。
それ以外の格好で人間の世界に入ると、ブラウニーとして存在できないから、結構大変。
そういう格好じゃなくてもいい条件とかも、存在するけれど、まあ大体のブラウニーはその条件に当てはまる事なんてないし、だいたい、素敵お洋服で、汚れたっぷりなお仕事をしようと思う子はいないから、何も問題ないし。
さてそんなわけで、今日も今日とて、私はお屋敷の住人に見つからないように、色々な事をこなしていくだけである。
この時間だと……厨房のお手伝いかな。
コックさんには見つからないように、こっそり、こそこそ芋とか人参とかの皮むきとか、セロリの筋取りとか、パンを焼くかまどの炎の調整とかをしておく。
……どうもここのコックさん、誰かがいるのにいないふり、っていうのが上手みたいで、私を見るって事はないけど、私がいるよなって扱いはしているんだよね。
コックさんはもしかしたら、私たち妖精のお約束を、知っているから、そうしているのかも。
一人で、お料理を作り続けるって大変だし。普通は。
だから、音を立てないようにあれこれ行って、また、音がしないように厨房を去っていく。その時、盗み食いをする鼠を、追っ払う、鼠除けの結界の維持は欠かさない。
私は病気にならないけれど、人間は病気になるでしょう? 病気になられて、お家が滅ぶとか絶対に嫌。お洋服もらえなくなっちゃうし、後味悪いし。
そんなこんなで、私は見つからないように、厨房のあれこれを行っていく。
時々、悪戯心がわいてくるから、コックさんが、塩をとってほしい時とかに、こそっと手渡す。
無論見つかるへまはしない。
コックさんも、何気なく受け取っちゃってから、あれ、という顔をして、周りを見回すけど、私たちブラウニーは、姿を隠すのが大得意。見つかるわけもないのよね。
「……まただ……」
コックさんが、心から不思議そうに言っている声を聞いて、内心でくすくす笑って、私はどこかの大事なお部屋のお片付けをさせられていた、エラさんが、お昼ご飯の支度のために、降りて来る音を聞きつけたので退散。
次は次は……そうだ、表庭の出入り口の所の、掃除もしてしまおう。
私はそんな計画を立てながら、掃除の箒を片手に、入口の方に向って行った。
向って行く間にも、細かい埃とかをちょいと拭いて綺麗にしておく。こう言うのも大事。
さて表のお庭も綺麗にしたところで、いよいよ本日のお楽しみ、お夕飯が待っている。
いない事になってるのに、あなたのご飯あるの? と思うかもしれないけれど、ブラウニーたちが来るお家は、なんとなく、何か、誰かが、いるって感じているお家が多いから、なんとなく、皆が見えない場所とかに、こっそりご飯を置いておく家庭が多いの。
私が五回、お手伝いをして来たお家は、だいたい、姿の見えない、とても働き者のお手伝いさんがいる、という認識で、皆の見えない場所に、小さなテーブルを置いて、パンとスープを出してくれる。食器もちゃんと用意してくれる家庭もあるけど、ブラウニーたちは自前の食器で食事をする事の方が多い。
用意してもらえない家庭の方が、割合的に高いからね。食器って高価なものが多いから。
特に金属製の食器とか、とても大事にされているから、私たちに使ってもらおうとするお家はない。よくて木製の先割れスプーンが出てくるくらい。出てこない時は、パンがひと切れとコップ一杯のミルクって事もある。
私たちブラウニーって、とーってもミルクが大好きだから、それでも十分うれしいし、これからもやる気を出そうって思うけど。
時々鼠捕りのための猫ちゃんと、ミルク争奪戦になる事もある。
猫ちゃんとの争奪戦の時は、たいてい、私が勝つ。猫ちゃんは恨みがまし気な目を向けて来るけど、私だってパッサパサのパンには、ミルクが欲しいのだ!
そしてこのお家も、私のためだろう、見えない場所に、コックさんが、お料理を置いてくれる。
このお家のお料理は、比較問題かもしれないけれど、私が暮らしたどの家のお料理よりも、色々出してくれる。
基本メニューとして、堅い黒パンと、バターの欠片と、お野菜がごろごろ入ったスープ。それから、ハーブのサラダ。
数回に一度は卵が出て来るし、飛び切りの日には、お肉とかお魚がある。
食べ物の禁忌が多い妖精は数多いるけれども、私達ブラウニーたちは、禁忌の食べ物ってほとんどないの。人間がくれる料理をおいしくいただく妖精だから、ないんだ。
そういうわけで、私は今日も、満足するくらいのご飯を食べさせてもらって、コックさんがそれなりに厨房を片付けるのを、こっそり手伝って、彼が帰っていくのを、見つからないように見送って、このお屋敷の中でも、絶対に皆が見つけられない、お庭の木のうろという、場所で寝る。
私妖精だから、体を小さくするのはお手の物。だから、木のうろの中に、古いクッションとかを拝借して詰めて、これもぼろ布としてさえ使えない端切れを上掛けにして、もう、完璧なわけだった。
おやすみなさい……