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二章 7

この屋敷には謎が多い様子だ。彼はそんな事を考えながら、厩舎の方に歩いていた。

自分の馬の様子を見るためだ。

というのも、この屋敷の馬番は、可もなく不可もなしといういい具合の面倒を見る馬番の様で、もしも立身の志があるのならば、声をかけておこうと思ったが故だ。

この山奥にいる馬番にしては、あまりにも技術が惜しいという事実がそこにある。

そんなわけで、彼は深い勘繰りなど何もせず、厩舎に近寄り、そこで聞こえてきたからりと明るい声に、耳を疑った。

何故ならば、今屋敷のメイドたちは、エラ嬢に注意されている真っ最中であり、それを監督するアニエス殿が、彼女たちが逃げ出さないように見張っているはずなのだ。

つまりこの、お説教が現在進行形の今、厩舎に入れるメイドは一人もおらず、そしてここの侍女たちがあまり、馬などの生き物を好ましく思っていない事も、彼は従者から伝え聞いていたのだ。

髪の毛を食んだりする馬が、侍女たちはどうにも好きになれないという様子だとの事で、さらにイオニア嬢やオーレリア嬢は、エラ嬢の教育のために、今馬の世話を積極的に行う事が出来ないそうで、ここでそれをする意味がない。

ゆえに、ここでからりと明るく笑う声が、響くわけがなかったのだ。

メイドでも、侍女でも、お屋敷のご婦人方でもない。

ならばここ謎の声は一体、何者なのだ?

彼は知らず知らず息をひそめて、そっと、厩舎の物陰に、自分の姿を隠し、耳を澄ませた。



「大変だよねえ、やっぱり王宮で馬の代わりしてるのっておもしろい? 面白し話とか聞く?」


「そりゃあ色々聞くさ。厩の馬たちはお喋りで、あれこれある事ない事情報通。こっちも退屈はしないな」


「へえ! あなた暇を持て余して、沼とかで人の事襲うんでしょ。だったら退屈を紛らわせるから、ちょうどよかったんじゃないの?」


「でもなあ、やっぱり人間に制御されると、痛い事とか腹が立つ事とかもあるさ」


「ふうん。私にはよくわからない事だなー」


私はそんな事を、ケルピーと会話しながら馬のお世話をしていた。皆とても綺麗だし、でもそろそろ走り回りたくてうずうずしている。

本当だったら、裏庭にある囲いの中で歩いてもらうのがいいのだけれど、そこまで勝手にやっちゃったら、見つかった時が大変だ。

いったい誰が馬を外に出したのなんて言う、言い争いを見たくない。

そんな物を見ないために、出来るだけ厩舎を丁寧に掃除して、蹄の確認とかをして、馬の皆のブラッシングをする。


「男女のあれこれとか修羅場って多いの?」


私はそういう修羅場の多いお屋敷とか豪農の所で働いた事がないから、よく分からない世界だけど、それを面白がる友人もそれなりにいるわけで、一寸興味があるのは事実。

このケルピーは馬のふりをしているから、きっとたくさん聞いていそう、とおもって問いかければ、そうだね、と同意が返ってきた。


「たくさん聞いたし、見た事もそれなりにあるとも。特に傑作なのは、王子の父である国王が、自分は色恋で浮名を流しまくったのに、自分の息子は清廉潔白を維持してほしくて、浮名を流せそうな夜会の招待状を、皆握りつぶしているって事とか」


「王子様が、そういうふらちな夜会に参加するのって普通なの?」


「人にもよるけれど、一度も参加した事のない王子様って言うのは珍しいだろうね。友達とかに誘われて、一回くらいは赴く事が基本だ。そこで女性と遊ぶか、それなりに慎みを持って過ごすかは、そりゃあ王子様の良心にかかっているけれども」


へえ、王子様ってなんだかとっても大変そうだな。

私だったらとてもじゃないけれど、王子様とかお姫様とか絶対に無理!

というか、いちブラウニーの私が、王子様や王女様になるなんて、天変地異が起きるか、異類婚姻譚の世界の事が起きなくちゃ無理だしね。


「今の王子様は、それなりに清廉潔白の方向性だから、そういう夜会を疎ましく思っている様子だよ、だから苛々したら、私で早がけに行くのを好むんだ」


「大変じゃない? 苛々した人に手綱握られるってさあ」


普通だったらとてもじゃないけど、苛々した人の感情は馬にも移るから、危険で乗りたくないと思うんだけど、どうなんだろう。

ケルピーは面白半分でそれに付き合っているのかな?


「ふふっ、それは私が飛び切り速く走る馬の姿をしているから、彼は私を選ぶんだ。どの馬よりも私が早いと思われているのは、なかなか愉快だよ」


「事故とか大丈夫なの?」


「私が手綱をつけられている間は問題がない。私達ケルピーは、手綱をつけられたら、乗り手を確実に生かさなければならない約定を、妖精女王陛下に結んでいるからね」


他の妖精の制約とか約定とか、あまり知らなかったけど、そうなんだ、ケルピーってそういう事を、妖精女王様にお約束してたんだ。

ちょっとびっくり。

だって皆自分の制約をあえて他の妖精に話したりしないもの。

うんと友達になって、そういう事を話すっていうのはあるけれどね。


「君もあるだろう? 誰かとの約束とか」


「あるよ! 私は影で皆の生活が素敵に回るように動くのがプライド!」


「ほうら、君だってなかなか」


ケルピーがくすくす笑って、私は最後、彼の毛並みをいっとう艶やかになるまでブラッシングしてあげて、そのとき。

がたん、って、外から音がしたから、思いっきり焦って、持ってきていた馬の世話の道具を蹴飛ばして散らかしながら、そこを離れた。

どうしよう、見つかっちゃたかな……

でもこう言う見つかったブラウニーが、直ぐにその屋敷から引き上げて、新たな職場を探すっていう事はあんまりないの。

見た人が、それを口に出したりしなければ、お仕事を継続するのが一般的だし、もしもそれを口外されても、その後見つからないで何十年も過ぎれば、見た人だって、何かのみ間違いだって思っちゃうわけだしね。

私はばくばくと大きな音を立てる心臓をぎゅうっと抑え込むようにして、厩舎の屋根の上で、恐る恐る下を確認する。

下では、男の人……あれは公爵家令息さんだ……が、散らばった馬のお世話用品とかを見て、首をひねっていた。

あ、大丈夫かもしれない、姿は見られなかったかも。

それにほっとしつつ、私は、しばらくは少しばかりおとなしくしなきゃな、とちょっと反省したのだった。

……家の事が出来ないなら、やる事は何だろう。

あ、そうだ。

いっそお魚を釣りに行こう!

お魚釣りは資格が要らない事になっているの。妖精たちだって、川辺で遊びながらお魚釣りをするもの。

それにお魚があれば、少しは、お屋敷のご飯が楽になるはず。

よし、行こう!

私は、屋根伝いにお屋敷を離れて、木の枝とか、手持ちの妖精の糸とかを使って、簡単な釣竿を作ってから、意気揚々と山の中の、川へ行く事にした。



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