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二章 5

無論私に、たっぷりのお肉に対する嫌悪感はないわけで、私はどうしたらお返事が出来るか考えたけれども、姿を見せてはいけない、というブラウニールールがあるから、何も言わなかった。

でも、私の事をわかっている様子のネリネさんは、独り言を続けた。


「お返事が出来ないようでしたら、とりあえずこのあたりに置いておきますので、どうぞゆっくりお食事をしてください。……今日はどうもありがとうございました」


ネリネさんはそう言って、前にマシューさんがいつもお料理を置いていた物陰のテーブルの上に、何と驚き、使用人さんたちと同じくらいのお夕飯を乗せて、そのままどこかに去って行った。


「……」


私はごくりとつばを飲んだ。夢じゃないよね……久しぶりの豪華なご飯。たっぷりの臓物煮込み、バターが塗られた黒パン、それからサラダ。なんとコップ一杯のミルク付き。

こんなご飯は本当に久しぶりで、ジャーナさんは余りものは皆持って帰っちゃったから、こんな素敵ご飯が出てくるわけもなくって。

私は、直ぐ物陰から飛び出して、テーブルに着き、無我夢中でご飯を食べ始めた。

あんまりにもおいしく感じるから、がちゃがちゃと食器のぶつかり合う音が、厨房に響いている。

臓物煮込みは、たっぷり煮込まれたから、臓物がちっとも臭くなくて、柔らかくて、美味しい。ケチらない香草の効果かもしれない。

堅い黒パンにさえありつけなかったここ最近だったから、黒パンの懐かしい味に、涙が出て来る。

サラダもおいしい。

やっぱり、誰かに用意してもらうご飯って最高!

私は最後にミルクを飲み干して、ふうっと大きく息を吐きだして、ネリネさんがそれなりに片づけた厨房を見やってから、ようし、燻製の様子を見に行こう、と決めた。

物音を立てずに、庭に向って、燻製器の確認をする。煙は良い感じに出ているし、脂が燃えて失敗しているって感じでも兄。

つまり燻製は上々、一晩いぶせばそれなりにうまい仕上がりになりそう。

私はそう思って、また厨房に戻って、油汚れの始末をして、今日も私の仕事は完璧、と自画自賛して、庭の寝床に戻ったのだった。




そんな風に、五日くらいたっただろう。燻製は出来上がったらすぐに、冷暗箱に入れておいたから、ネリネさんがそれをしっかり使用して食事を作っている。

でも、お客様……それも王子様や公爵家令息様がいるから、ごはんを豪華にしなくちゃいけない重圧があるみたいで、それに男の人たちだから、たっぷりのお肉がお好みだから、女の人たちだけの食卓よりも、お肉の消費が多い。

そしてネリネさんは、冷暗箱の中を確認して、うめいている。


「……失敗した……配分が……ベイコンもハムもリエットもない……」


そう。ネリネさんは、今まで台所を預かった事がない人だったから、食料の在庫の配分を、間違えてしまったのだ。

それにウサギ肉のローストとかも出しちゃったから、お屋敷に、肉らしい肉が何もない状況に陥ってしまったのだ。

え? 鶏を〆ればいいじゃないかって? だめだよ? 鶏とかは卵を産む要員だから、そう簡単に〆られない。山羊だってミルクを出す要員だし、鶏とかそういうのを〆るのは、飛び切りの祝祭日の時って、こういうお屋敷では決まっている事なのだ。

それに、たとえ橋が直ってもその日のうちに、行商人がやってきてお肉を売ってくれたり、猟師さんが山に入って、何かを取ってきてくれるわけじゃない。

だから、ここで、冷暗箱が空っぽになっているという事は、死活問題甚だしかったのだ。


「……何とかしなくては……」


そう言いながら、ネリネさんはしばし考えた後、今の時刻が夜明けという事もあって、何か思いついたらしい。


「イオニアお嬢様に、寂しいお食事をさせるわけにはいかない……」


ネリネさんはそう決意のこもった声をあげると、とにかく朝の支度をしなくては、と朝のパンを焼く作業に移っていた。

お肉がないから、卵のご飯だ。パンと卵とチーズと、たっぷりのミルク入りのお茶。

最近豪勢なご飯が続いているから、ちょっと質素にって言う方向転換って感じに思えるさりげなさで、ネリネさんって結構なんでもできる、本物のオールワークスメイドなんだなって感心しちゃうのだ。

それらの準備をしたネリネさんは、ごはんを食べているジルさんとシャルさん、それから侍女の皆さんにこう言った。


「……お肉が足りなくなるので、山に罠を仕掛けに行きます……なので、しばらく屋敷を空けますが、その間の事をお願いします」


ネリネさんの決意に満ちた声に、ジルさんが言う。


「ええー、ネリネ、お肉足りなくなっちゃったの?」


「駄目なネリネ! 在庫の調整をしながら料理しなくちゃだめじゃない!」


あのねえジルさん。そんなぶうたれても、お肉がないって言うのは大変なんだよ?

シャルさん、だめな奴扱いする何だったら、あなたもパンを焼けるくらいの技術を身に着けてよ。ネリネさんに皆して、どれだけ寄りかかっていると思ってるの。

私が物陰で突っ込んでいると、侍女のカロリーナさんが問いかけた。


「オーレリアお嬢様に相談してからの方がいいのではないかしら。お嬢様は狩りに詳しいわ」


「ええ、それもいいでしょうけれども……オーレリアお嬢様にそれを言うと、ご自身も山に入って狩りをする、という事を思い付きそうなので……少し心配で」


「確かにそうだわ。オーレリアお嬢様、殿方の狩りをうらやましそうに見ていたもの」


納得した調子のカナリアさん。カロリーナさんは腕を組み、ううん、と考えた後、これだけは、と言った。


「一応、水を確保できる場所の事くらいは、オーレリアお嬢様に聞いてから山に入ってくださいね、ネリネ」


「はい」


そして、カロリーナさんの助言通りに、オーレリアさんに事情を説明して、山の水を確保できる場所を聞いたネリネさんに、オーレリアさんは不服そうだった。


「お肉がないなら、私だってわなを仕掛けに行きたいわ」


「……お嬢様にもしもの事があってはたまりません。イオニアお嬢様がどれだけ悲しまれるか」


「ネリネはお姉様びいきね! まあ、お姉様はとびっきりの素敵なお姉様だもの。あなたが大好きでもちっとも変じゃないけど!」


と言いつつ、オーレリアさんはちゃんと、水の確保が出来る場所を教えてくれた。

ネリネさんはそうして、山に入る格好……どう見ても猟師にしか見えない見た目になった……に支度を整えて、山に入ってしまったのだった。


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