二章 4
「すみません、どなたか存じませんが、ありがとうございます。……お礼になるかわかりませんが、今日は多めのお肉はいかがですか」
ネリネさんは見事なセンスでお肉を、絶妙な焼き加減で提供し、スープも才能のある感じで味付けをして、パンもこれまた文句なしなふわふわのものを焼いて、サラダのドレッシングは私が勝手に作って置いたものを使用した。
結果食堂で絶賛されたみたい。ジビエが好きなオーレリアさんが、心底うれしそうだった。
「これがここで食べられるなんて思いませんでした」
「素晴らしい味付けですね」
「このイノシシ肉の味は……宮廷でもめったに食べられない味ですよ」
「今年のイノシシは臭みがなくて素敵だわ」
という会話を、食堂でしているのを、私は物陰から眺めていて、今日の使用人や侍女さん用のメニューは、内臓の煮込み料理だったけど、内臓の煮込み料理って、豚だったら親しみのある物だったみたい。
「こう言うお肉っぽい物久しぶり!」
「ジャーナさんはこんなのも作ってくれないわ!」
「細切れのお肉だって持って帰っちゃうんだもの!」
なんて会話をする女の人たち。
「閉じ込められる事になりましたが、こう言う心温まるものがいただけるとは」
「ああ、おいしい……」
と嬉しそうなのは、王子様たちの従者の男の人二人。
彼等がネリネさんの作った……実は私が、ネリネさんが忙しく働いている間に、内臓を下準備して、鍋に具材を放り込んで、香草を入れて、使用人さん用の鍋をかまどに突っ込んで仕上げた煮込み料理……を美味しそうに平らげて、談笑していた時だ。
「このお屋敷には、皆さんだけがいるんですか?」
従者さんが問いかけた。
「どうしてそんな事を聞くの?」
不思議そうなカナリアさん。同じ意見らしいカロリーナさん。眼を瞬かせているのは、エラさん付の侍女のカメリアさん。侍女の皆さんは、私がいる事に気付く事がなかったみたい。
だって接点がないしね。
だから侍女の三人は、どうしてそんな事を聞くのだろう……と言いたそうな顔だったけれど、シャルさん、ジルさんは、頷いた。
ネリネさんは黙って、皆の配膳をしていたから、厨房の片付けと一緒に食べると言って、皆と食べなかった。
そんなシャルさんが言う。
「何故かわからないですけど、いる気がするんですよね」
「私達の手伝いをしてくれる人が、どうにも後一人いる気が」
「私達がやってない事が終わってたり」
「忘れていた事が済んでいたり」
「ジャーナさんって言う料理人のおばさんと一緒に、このお屋敷には、姿を見せる事も許されていない、お嬢様がいるんじゃないかって噂しているんです」
「だって他にあり得ない物」
という意見を言う二人だった。従者さんたちはそうですか、と言った。
「すみませんね、誰かがとても手慣れた様子で、殿下たちの馬のお世話をしていたようだったので……ですが皆さん、そう言った事をしている様子が見受けられないので、誰かほかにいるのではと考えて」
「……そうだったんですね。でももしかしたら、エラお嬢様かもしれません」
喋りだしたのはネリネさんだった。
「エラお嬢様が?」
「……はい。エラお嬢様は、以前私たち使用人が来る前は、一年間ほぼ一人で、屋敷の事を切りまわす試験を受けていた、とイオニアお嬢様から教えていただきましたので、もしかしたら、色々な事に気付いて、陰ながら助けていただいているのかもしれません」
「そっちか!」
「そういわれたらそうかも!」
納得するシャルさん、頷くジルさん。顔を赤くして憤るのはカメリアさんだった。
「お嬢様にそんなお仕事をさせるなんて! ジルもシャルも情けない!」
そんな会話がしばし続いた後、食事を終わらせた皆さんが厨房から去っていき、そこでネリネさんが余りものを食べる時、大きすぎる独り言を漏らしたのであった。