二章 3
厨房にお野菜とかを置いて、私はめまぐるしく働くネリネさんを見る事になった。
ネリネさん、パンは焼けても、料理の品数はあんまり知らないみたいで、四苦八苦している。
多分私の方が、たくさんメニューを知っていると思うな。
「私は貧乏人のスープのメニューしか心得がないのに」
言いつつ鍋に野菜を入れていくネリネさん。ちょっとかわいそうになって来る忙しさだ。
ネリネさんは、ジルさんやシャルさんみたいな仲間たちが、何かにつけて仕事の手を抜くから、それらの尻ぬぐいをしているし。
だって何か不具合があったら、オールワークスメイド全員が連帯責任って事で、がんばってるネリネさんも、お給金が減らされちゃうらしいから。
一生懸命にネリネさんが、あれこれをするのは仕方がないのだ。
そんな時である。
「ネリネさん、お夕飯のメニューを決めましょう」
「あ、はい、エラお嬢さま」
ネリネさんは野菜を切る手を止めて、エラさんの方を向く。
エラさんは仕入れの帳簿を見て、宣言する。
「ジャーナさんが書いている仕入れ帖によれば、ハムとベイコン、リエット各種が結構あるという事なので、男の方々はお肉が好きだという事だから、メインはそれらにしましょう。昨日の狩りの成果は、下山した方々が持って行ってしまったので、ありませんが、これだけ仕入れていれば問題ありません」
物陰に隠れている私は、ううん……無理じゃないかな、と思った。
だって、それらのたくさんのお肉系のものは、結構がっつり、ジャーナさんがお家に持って帰っちゃっているのだ。
そのためこのお屋敷の中のお肉系って、私が色々やっているジビエ系と、お屋敷の住人の十一人分にぎりぎり足りるかどうかって位の量だったわけで、さらに昨日、高貴な身分の方々のために、大量の加工肉が使用されちゃったから、本当にすごい勢いでなくなっちゃったのだ。
でもエラさんは、帳簿の中身の記載で、まだまだ余裕があるって思っているからかな、焦りが見えなかった。
在庫確認したら、大変な事実に気が付いちゃうはずなんだけれど、そうじゃないわけだ。
「……エラお嬢様、在庫確認をしましたか」
「帳簿の中身を見れば大丈夫でしょう?」
「……そうですか」
ネリネさんは今日、冷暗箱とか、そう言ったものを確認しているから、在庫が大変な事になっているって気付いている。
そのため、エラさんに現状を理解してもらいたかったみたいだけど、エラさんは帳簿が正しいって信じ込んでいるみたいで、確認する気もないみたい。
しかし、高貴な身分の方々のためにも、言わねばならぬ、とネリネさんは意を決したように口を開いた。
「昨日の大量の冷製肉のサンドイッチで、加工肉を大量に使用したため、在庫が少し心もとなくなっているんです」
「そうなの?」
エラさんが目を丸くして、ネリネさんが示した冷暗箱を確認する。
「あら本当だわ……でも大丈夫よ」
エラさんはそう言って、私が隠れている物陰に近い場所……つまりマシューさんの冷蔵室へ近寄った。
「ここに何かと色々入っているはずだもの。オーレリアお姉様が、数日前にイノシシ肉とウサギ肉を猟師の方が持ってきていたと教えてくれたわ。ジャーナもここに保存しているはずよ」
「……そうですか」
ネリネさんは言われたたため、それ以上何も言わなかった。
そしてエラさんが
「ジャーナさんやマシューさん一人でも、厨房は任せられるから、あなたでも大丈夫でしょう?」
とにっこり笑って言っちゃったから、ネリネさんは手伝いの人が欲しいと言い出せず、去っていくエラさんを何とも言えない視線で見送って、ため息をついた。
「今……十一人どころか、十五人いるんですけど……」
そう言って、ネリネさんはとにかくスープは完成させなければ、と野菜をざく切りして、お鍋に入れて、蓋をして、竈の中に入れた。
そこでネリネさんも疲れ果てちゃったんだろう。
ネリネさんは、パンを焼き朝ごはんを作り、お昼ご飯を作り、掃除洗濯あれこれそれを、ジルさんとシャルさんに結構押し付けられ、一人でたくさんの人の世話をするから、さすがに疲労困憊なのだ。
私も、物陰で、見えないところはあれこれしているし、掃除とかもネリネさんだけに押し付けないように、誰もいない時に作業しているけど、人数が多いと人の目が多いから、なかなか、以前のお屋敷みたいに、女の人四人だけの時みたいな事が出来ないのだ。
ネリネさんは、ため息をつき、疲れ果てた顔で、竈の脇の長椅子に寝転がってしまった。
そしてそのまま、すうすうと寝息を立て始めちゃったのだ。
本当に疲れ果てているみたい……よく見れば、眼鏡の奥の隈は濃い。
……よし、ネリネさんは、私にハムをくれた人だ。つまり恩人の一人だ。
妖精は恩人に対して礼儀を尽くす!
というわけで、私、ちょっくらお料理どうにかしちゃおうと思います!
本日のメインディッシュはイノシシ肉のひき肉をこねて焼いたもの! 香草とかスパイスとかをそれなりに使えば、とっても素敵なものになる。
イノシシの生肉は保存にあまり向いていないから、直ぐに使わないと腐敗が始まっちゃう。
だから、ハムとベイコンにしなかった他の肉を、今回は一気にひき肉にしちゃいたいと思います!
それからリエット……煮込む手間がとってもかかるお肉を固めた保存食みたいな物……も作って、とにかく、一週間分はお肉の仕込みをしなくちゃいけない。
くず肉と言われる、固まりじゃないお肉は猪の頭を煮て作るテートという、ゼラチン質で固めるお料理にしよう。
何といってもブラウニーの試験の中にある、害獣対策の項目の中に、倒した害獣の処理の仕方ってものも受講したの。倒しっぱなしって良くないからね。
ブラウニーは殺し屋妖精じゃないから、命を奪ってはいおしまい、なんて事はプライドが許さないから、こう言う物も覚えざるを得ないのだ。
そんなわけで、私はネリネさんがぐっすり寝ている間に、イノシシ肉のリエット、ひき肉のスパイスと香草と塩を入れてこねた物、内臓を綺麗に洗って処理した、使用人用の内臓煮込みようにより分けた物、を終わらせて、ふう、と息を吐きだした時。
がたがた、と何者かがやってくる音がして、私は大慌てでかまどの近くの物陰に隠れた。
「……驚いた、ネリネ一人でこれだけの事を終わらせたのですね」
現れたのはアニエスさん。アニエスさんは驚いたという表情で、私が処理したお肉とかを見ている。
それから、オカシイナ、という顔で帳簿を見ている。……あれはさっき、エラさんが持っていた帳簿なのかな。ちょっと見覚えがあった。
「……」
アニエスさんは難しい顔をして、冷暗箱の中をチェックした後、何か書いて、それから冷蔵室の中に入ってまた何かして……難しいどころじゃない厳しい顔になった。
「そういうわけですか。……我が家を甘く見たという事ね」
厳しい顔で静かな迫力のある声で、アニエスさんはそう言ってから、ネリネさんに声をかけた。
「ネリネ、起きなさい、ネリネ」
「……は、はい……申し訳ありません……すこしうとうとと……」
「あなたはジャーナがいない間、一人で厨房の事までやっているのです、多少疲れるのは仕方がありません。……ネリネ、この帳簿の中にある、豚のリエットやハム、ベイコンの行方を知りませんか?」
「……ジャーナさんがたくさん購入しているのは、以前、見た事がありますが……私も昨日から今日に渡って見て、あまりに数が合わないと思っていたのですが、エラお嬢様に伝えても、あまり取り合ってもらえず」
「そうですか。ジルもシャルも、たくさん買っているのは見た事があるけれど、それらが自分達のおこぼれに回って来る事がない、と言っていたので、気になったのです。……どうやらジャーナは、大量にこの屋敷のお金で、自分の家の台所を潤しているようですね」
そんなふざけた真似を許すわけがありませんのに、とアニエスさんは上品に笑った。
「そういう料理人ならば、一週間後に来てもらわなくてもかまいませんし。……エラが試験に不合格である、という事も今決定しましたしね」
料理人にいいように屋敷のお金を使われるのは、マシューに続いて二人目ですから、容赦なく試験に落とせますね、とアニエスさんは微笑んだ。
どうもアニエスさんの視点から見ると、エラさんは至らないところが多かったみたいだ。
「さて、ネリネ、夕食の準備を進めてください。人手が足りないようでしたら、エラの部屋着のおさがりをもらう事で盛り上がっている、ジルとシャルを呼び出しますから」
「……わかりました。でもここまでやってあるので、配膳だけ手伝ってもらえば大丈夫です」
ネリネさんは起き上がり、低姿勢な姿で、アニエスさんに返事をした。