二章 2
私は彼等が十分に去って行ったのを確認して、彼等が親切な事に拾い集めてくれていた物を一式抱えて、見つからないように、そそくさとお屋敷の物置の方に戻って行ったのだった。
「男の人のお客様のいる部屋を、どうやって掃除すればいいのよ!」
「私が知っているわけないじゃない! このお屋敷に滞在するお客様なんていないって思ってたし!」
戻ってさっそく、私は言い合いを目にしてしまった。壁の陰に隠れて様子をうかがうと、そこではジルさんとシャルさんが、どっちがお客様の部屋の掃除をするかって事で、言い争いをしていたのだ。
彼女たちだって、高貴なお客様の世話っていい経験になりそうなのに、そう思ってないみたい。
でも、きちんとシーツとかを整えたりするのって大事だし、そういう仕事をしないって言うのはよくない。
「ネリネに頼みましょうよ」
「無理よ! 彼女、今、粉を練ってパンを焼く最中なのよ! こっちの仕事任せたら、私達のパンが焦げちゃうじゃない!」
「じゃあ、誰かに聞きましょうよ。エラお嬢様とか」
「とっくに聞いたわよ! そうしたら、シーツを整えてとか、そういうベッドメイキングとかを、彼等が部屋にいない時にしなさいってしかいわないのよ!」
そりゃ普通の事だね、と私は納得したけど、彼女たちはそれさえ厄介だと思っているみたいだった。
「私嫌よ! せっかく、男の人が旦那様しかいないお屋敷に働けると思ったのに、殿方の面倒なんて見たくないわ」
「私だって同じよ! お父様やお母様も、このお屋敷なら、変な事をする男の人がいないから、っていて、紹介状を書いてもらったのに」
なるほど、彼女たちはそれなりの常識の結果、殿方とあまり親密になってはいけないという事で、ベッドメイキングとかを嫌がっているのか。
確かに、中流階級の男女って、上流階級の男女のやり取り以上に面倒って、友達が愚痴ってたっけ。聞くだけ面倒とか言ってたな……
彼女たちはそう言ってお互いに仕事を押し付け合おうとして、そこにエラさんが通りかかった。
「あなたたち、どうしたの? 王子様たちのお部屋のお掃除は終わったの?」
「途中で、色々足りなくなったので、補充に……」
「そう。ベッドは皺ひとつないシーツでお願いね。それから洗面道具なども綺麗に洗っておいてちょうだい? 暖炉の灰は綺麗にとりだして、絨毯は埃一つ見えない位。大丈夫でしょう?」
エラさんが、何をすればいいのか喋るから、私はなるほどって感じで聞いている。
ジルさんとシャルさんは、顔が引きつっているけど、エラさんがこう言ったから、やりざるを得なくなった。
「終わったら教えてちょうだい、確認させてもらいますから」
「は、はい……」
これは逃げ場がない。ジルさんとシャルさんが、どうしようって声で返事をして、エラさんが去っていく。
「エラお嬢様が、いつもみたいに手伝ってくれればいいのに」
「無理よ、だってエラお嬢様は、今回は指揮を執る事をアニエス奥様から指示されているのよ、これで私達の手伝いをしたりなんかしたら、エラお嬢様の結婚が遠のいちゃうわ……」
二人はがっくりと肩を落として、仕方なく、王子様の滞在するお部屋の掃除に向かった。
「二人とも、お嬢様たちのお部屋のメイキングとか勝手が違うから、大丈夫かなぁ」
私はそんな事を呟きつつ、裏庭の畑の面倒を見る事にして、その場を後にした。
ぶちぶち雑草を抜いて、雑草は後で山羊さんにあげる事にして、畑を整えていく。間引くお野菜はちゃんと副菜として厨房へ行くし、家畜の糞は肥料になるから、肥料にするために集めておく。
よし、今日はいい感じにキャベツが育ったから、収穫するのはキャベツかな! ジャーナさんキャベツの事、貧乏くさいとかいうけど、マシューさんのキャベツスープはとっても美味しかったよ。まあ、キャベツって、貧乏人の食べ物って感じでとらえられがちだけどね。
それをいっちゃあ、人参もじゃがいもも、ちょっと前は、最下位の食べ物って言われて、お貴族様の食卓に上がったりしなかったから、そんなの気にしてどうするのって思うけどね。
私はキャベツのいい感じのを二玉と、青菜の間引いたのと、それらをかごに入れて厨房に戻ろうとして……背中に視線を感じて振り返ると、近隣の狼が、お座りして私を見ていた。
「どうしたの?」
「煙臭いから下りてきた」
「ああ……お屋敷の燻製作ってるからじゃない? 最近の鹿はどんな感じ?」
「昨日、やたらに人間が入ってきただろう、だから警戒して、この屋敷周辺からしばらくは遠ざかるはずだな」
「ありがとう。ついでに獣除けに、畑の近くでおしっこしてよ」
「注文の多い家事妖精だな。まあやりたくなったらするさ」
「ありがとう」
狼とかのおしっこって、いい害獣除けになるんだよね、前暮らしていた豪農のお家では、大きな牧羊犬のうんちとかを、畑のいたるところに撒いて、害獣除けにしてた。
結構効果があったのを私は知っているから、狼に頼んでみたわけ。
「じゃあな、ちょいと煙のにおいがするから下りてきただけだ。山に戻る」
「うん、またね!」
私は手を振って、ひらりと立派な尻尾を揺らして去っていく狼を見送る。途中で彼は、お願いした通り、畑の目印の立木の所に、おしっこをひっかけてくれた。うん、いい友人である。