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一章 4

そんなわけであくる日、そう今日はお貴族様の中でも、上の方の人たちが、狩猟のためにアニエスさんの所有するお山に入る日で、早朝からとても騒がしかった。

今日はジャーナさんもいつもよりも早くここに来ていたけれど、ぶつぶつと盛大に文句を言っていた。

ジルさんもシャルさんも、文句をぶうぶうと言っていた。

いや、君たち、昨日もそんなに働いてなかったよね、ネリネさんにどれだけ任せてたと思っているんだろう。

そんな風に思いつつ、私は物陰から、たくさんの猟犬を連れた、綺麗な、うらやましくなる身なりの男の人たちが、次々と庭に来るのを見守っていた。

アニエスさんは、最初からお出迎えのために玄関の前に立っていて、室内に入る人達に一礼したり、挨拶したり、とても立派な姿を見せている。

それに合わせて、イオニアさんもオーレリアさんも、見事な所作である。

これが、びしびしと鍛えられた、お貴族様令嬢の所作なのかと思うと、エラさんがまだまだなんだな、と思っちゃうくらいだ。

でも、男の人たちは、アニエスさん、イオニアさん、オーレリアさん、と挨拶をした後、エラさんの事を見て、二度見三度見していた。

エラさんは、とっても綺麗だったのだ。他の三人も綺麗に整えていたけれど、エラさんが一番綺麗って、誰だって思っちゃうだろう。

白髪はたくさんいるけれど、銀髪って、人間の世界じゃあんまり見ないらしいし、エラさんは昨日の本格的な入浴の時に、上の二人の倍以上の時間をかけて、髪の毛のお手入れをしていたから、髪の毛は光り輝く、さらつや、なのだ。

そんな見事な髪の毛の女の子が、質素なお化粧をして、挨拶として微笑むと、男の人たちって、見とれちゃうみたい。

所作がちょっとぎこちないのも、なんだか初々しく見えるみたいだった。

……でも一個だけ言わせて。エラさんに対して。

エラさん、今日はお屋敷のあれこれを仕切る役割だから、アニエスさんよりも上等の衣装を着ていた。

なのにその上から、汚れてもいいようにエプロンをしているから、なんでそんなエプロンしているの、と突っ込みたくなる姿なのだ。

……まあ人間の世界のお洋服のマナーとか、ブラウニーの私にはよくわからない所いっぱいだから、これも正解なのかもしれない。

一度、お貴族様の男性たちを、早朝からジルさんとシャルさんとネリネさんが協力して磨き上げて、何の曇りもない様にした食堂に、通して、お茶を用意して、少しこの家の女の人たちは会話をして、彼等は早々に山に狩りに出かけてしまった。


「エラ、これから忙しくなりますからね。迷ったら一人で判断する前に、私やイオニア、オーレリアに相談して決めるのですよ」


「分かっています、お義母様」


彼等を見送って、アニエスさんが最終の言い聞かせをする。そう、彼等はお昼になったら昼食をとるために、ここに戻って来るのだ。

自分でお弁当を持ってこないのは、こう言う狩猟のお遊びの時の当たり前らしいし、狩場を所有する人が、彼等に対して精いっぱいのおもてなしをするのも、当たり前なんだとか。

昨日そんな説明を、エラさん相手に、アニエスさんがしていたから、私も知っているのだ。


「男性は全員で五人。お付きの方々も合わせると十三人。その全員分の用意を、手際よくするのですよ」


「はい」


「彼等は正式なメニューを求めていません。すぐにでも狩りに戻りたいでしょうから、手軽に食べられる物を考えて、でも味はきちんとしたものを。いいですね」


「はい」


エラさんはとても緊張していたけれども、はっきりと頷き、食堂とか、玄関ホールとか、お客様が見る場所を、入念にチェックする事にしたみたいだった。

イオニアさんがオーレリアさんに話しかける。


「エラ、大丈夫かしら。あの子、ただのお客様のおもてなしもした事ないでしょう」


「今までの経験と成果から、お母様が大丈夫だと判断したのだから、私達はそれを信じるだけよ、お姉様」


……私は、庭の掃除とかしてようかな。きっと、今日はそっちの手が回らないと思うから。

でも、厨房の事をこそこそ助けた方がいいかな、どっちだろう。一気に十三人分の料理まで追加されて、大丈夫だとは思えないんだよね。


「オーレリア様、まさかご自分も、狩猟に参加したいとおっしゃいませんよね」


そう言ったのは、オーレリアさん付の侍女さんだ。名前はカロリーナさん。きびきびした人で、オーレリアさんに対してちゃんと意見を言う人だ。

彼女に、オーレリアさんはちょっと居心地悪そうに言った。


「今日はしないわ。……参加したいけれども」


「今日ばかりはおやめくださいね。オーレリア様の猟銃の腕が素晴らしい事はわかっておりますが」


「大丈夫よ。これからお天気が崩れるわ。わざわざぬれねずみになって、外を出歩いたりしないから」


私はそこで、オーレリアさんが、狩猟もこなすお嬢様だった事を知った。

だから、この前、料理のおじいちゃんと、仲良しな感じで、テラスでお茶会してたんだ。

きっとこんな山の中のお屋敷だから、自給自足の部分が多くて、イオニアさんもオーレリアさんも、そういう食べるために必要な事を、いっぱい経験してきたのだろう。

でもそういう技術を我慢して、エラさんの“アニエスさんの試験”のために、協力しているのだろう。

それ位、その試験って、大事なものだったりするのかもしれない。

私はちょっと、「人間って不思議」を改めて感じつつ、てんてこまいになっていそうな、厨房の様子を見に行く事にした。

厨房は戦いだった。普段よりも十三人も、それも男性が来るものだから、食料はたっぷり使うし、パンもたっぷり使う事になるみたい。

エラさんが決めたのは、冷製のお肉を挟んだサンドイッチと、熱い紅茶とサラダという組み合わせみたい。その指示を出しているけれど、


「お肉が足りません!」


「パンが足りません!!」


とジルさん、シャルさんがエラさんに指示を仰いでいる。ジャーナさんは忙しすぎて、怒った状態だ。


「だから! 私は旦那様にきちんと! パンは焼けないので、町から買ってきますからねって言ってたんですよ!! 足りないから焼けって言われても土台無理な話なんです!!」


と怒鳴り散らしていた。

そして何を思ったか、ばーん! とエプロンとかを調理台の脇に叩きつけて、厨房から出て行ってしまったのだ。

ジルさんとシャルさんが、はらはらした顔でエラさんを見ている。彼女たちも、パンを焼くという技術は持ってないみたい。

エラさんも、まさか料理人がパンを焼けないなんて思わなかったらしい。


「マシューさんは焼いていたのに……」


と、途方に暮れた声を上げた後、腕まくりして、こう言った。


「パンは私が作ります。あなたたちは、お客様が帰って来る時に使うだろう、汚れ落としの布やバケツ、猟犬のための水飲み場を用意していてください」


「わ、わかりました!」


「大丈夫なんですか!?」


不安げなジルさんとシャルさん。そして、それまで一度も口を出さなかったネリネさんが、淡々とこう言った。


「……エラ様、あなたはパンを焼けないと、イオニアお嬢様からうかがっています。……私に任せてください。こう見えても、町のパン屋の手伝いをしていた経験を持っています」


「え?」


「あなたそんな特技が」


「でも普通、パン屋って力仕事だから、男性が多いのに」


「まあ、ネリネは体も大きいし」


エラさんが目を見張って、ジルさんとシャルさんが驚きつつも納得する。


「……今日はとても大事な日だと聞きます。シャルさんとジルさんの指揮を、あなたはとらなくては」


そう言われて、エラさんは頷いた。

そして二人を連れて、表の方の忙しない作業の方に向って行き、そこで、不意に、ネリネさんが、私が隠れているこっちを見た……気がした。


「一人で作るのは難しいので、手伝っていただけませんか。酵母の場所が分からないんです」

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