表六話 別れと旅立ち
サトが村に戻ってきました!
第六話 別れと旅立ち
二人は轍で作られた道を早足で歩いていた。道の窪みの水溜まりは既に消え、少し湿った土にその足跡を残していく。巨大な星はもう地平線に沈み、日が遠くの山から登ってくる。
「村まであとどれくらいかかるのかな?」
「あともう少しです。さっきスライムを倒したところがありましたから。」
サトはそれを聞いて更に足を速める。
マリアは焦りが露わになったサトの顔を見て少し罪悪感を抱くも決して表情に出さずにその隣を歩く。しかし、サトの体にどれほどの体力があるのだろうか。昨日からサトはほとんどの時間を歩き続けている。その細い脚にかかる負担を考えれば、サトは既に動けなくなっているはずなのだ。もし気力だけで、サトを動かす正義の味方というものに対する執念だけでその歩を進められるのならば、それはあのランクSという評価に対するだけの精神力に値するだろう。あの潜在的な魔法の力、あの魔物は明らかにサトより強かったはずだがその魔物から逃げきれただけでも異常なのだ。魔法の才能と精神力。マリアはサトの力に対して再評価せざるを得なかった。
まだ薄暗い夜明けを二人は歩き続け、ようやく村に着いた。村の前にはあの青年たちが立っていた。彼らはサト達を、サト達が持っていたその花を見て少し俯き目線をそらした。サトが話しかけようとするのを止めてマリアが口を開く。
「ハイドさんの所へ案内していただけますか」
「わかった。案内しよう。」
おしゃべりな青年もなぜか口数が少ない。サトはその沈黙に戸惑いを隠せないでいるがその重い雰囲気に気圧され口には出さない。そのまま歩いていくとハイドの家が見えた。家の前の土は人の足跡で埋め尽くされ、ところどころ土が抉れている。無口な方の青年がノックをして家の中に二人を招き入れた。
出迎えたのはハイドだった。その肌は青白く、その瞳は黒く黒に染められていた。何も言わずに部屋に案内するその背中は二人に何が起きたかをサトに理解させるには十分すぎるほど薄く感じられる。
部屋の前。そのドアのノブに手をかけた時、サトはそのドアを押すことができなかった。聞こえたのだ。嗚咽を漏らしすすり泣くアリアの悲痛の声を。マリアに手を添えられそのドアを押す。
いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやいだいやだいやだ。
眠る赤髪の少女から。その手をつかんで泣き続ける女性から。目を逸らせと警告する。視界が一段下がる。足に力が入らなくなっていた。足だけじゃない。頭から血が抜けていく感覚がする。何が起きている。何が起きた。僕は彼女を助けるために、助けることが、助けて、助け、、、られなかった?また僕は助けられなかったのか。手が熱い。目が熱い。熱い熱い熱い!揺らぐ視界に頭が混乱する。肩に手が置かれ、涙が拭われる。アンリが僕の顔を見ている。止めてください。そんな表情を見せないで。これは僕の罪と罰なんです。だから
「妹のためによく頑張ってくれたね。ありがとう」
そんな許すような顔を、慰めるような言葉を僕にかけないで。
サトは泣いた。泣いて謝罪の声を続けた。それは決して許しを請うものではなく、まして責任を逃れるものでもない。ただ自分の力不足と自分の信念の弱さと救えなかったものに対しての謝罪だった。
その日、ミラは子供のままその命を失った。
マリアはサトがそのまま気を失ってアンリのベッドで寝かされたその寝顔を見ていた。
「その子は本当に優しい子だね」
アンリの声が後ろから聞こえる。
「ええ、本当に…」
少しの沈黙の後、アンリが話し始める
「あんたたちが出て行ったあと、病態が急変してね。だからあんたたちのせいだなんて恩知らずなことを言うつもりはないよ。こんなこと私が言ってもその子には届かないだろうからあんたが言ってやってくれ。辛い役を押し付ける形にはなるけど。」
マリアはその言葉にうなずく。
「それに…いや、ちゃんと言うべきだろう。あんたたちがいかなきゃ私があの森に行っていた。そしてこの命はなかっただろう。そういう意味では私はあんたたちに感謝しきれないよ。私を助けてくれてありがとう。そしてそんな森に行かせてしまった私たちを許し、、、いや許さないでと言った方がいいかな。」
少しゆがんだ表情に後悔とやるせなさを感じたマリアはそれ以上何も言わなかった。それに答える資格はマリアにはなかったし、それを言わないほうが彼女たちのためになると感じた。
アンリが出て行った後、マリアは旅立つ準備をした。ここに長居するべきではない。二人のしたことがどれだけの影響を持つかは分からないが、どういった影響を発生させたかは自明である。サトが十分な休憩を取って、ミラとの別れを済ませた後すぐ出発しなければならない。今夜ミラの葬儀が行われる。この地域では土葬が行われるためミラがそれこそ炎に焼かれる姿をサトに見せなくて済むというのは不幸中の幸いだった。そんなことを考えながら村で少し食料を分けてもらいながらお礼のお金を渡す。持ち運びしやすいものの方が彼らにとってもよいはずだ。
サトが目覚めたのはちょうどミラの葬儀が始まる時だった。サトはミラを埋めた墓に白い花を添えた。ミラの赤い髪にその白い花はよく似合っていた。もしかしたら、彼女はこの花を持って村中を駆け回り、舞を踊っていたかもしれない。もう実現しない妄想がサトの心を痛めつける。涙はとっくに枯れた。一粒の涙が頬を伝い落ちていく。サトはこれが最後の涙だと心に決めるのだった。
「さよなら」
そう告げて二人は旅立っていく。この世界を救うために。
うあああ!!ミラが死んじゃった(´;ω;`)
でもサトは悪くないからね!元気出してね