表三話 メルプ村
村の人が出てきました!
サトはどうなるのでしょうか!
サトとマリアが村まで残り少しのとき、日はとっくに落ちて満天の星空が見えるようになっていた。サトは初めて見る星に感動していた。こちらに来るまでの記憶を失っているせいで見るものすべてが新鮮に感じるのだろう。無邪気にはしゃぐサトを見てマリアは満足げな顔をしている。
その村は異様に明るかった。マリアがこれまで経験してきた世界の中で道路があまり整備されてない文明下の村で夜にこれだけ明るいものは初めてだ。また少し近づいてみると村からは大量の煙が発生していた。マリアは火事かと思ったが、そうではないことはすぐに気づいた。規則的な打撃音と軽やかな音色が響いてくる。その音を聞いてサトは目を輝かせている。
「なんだろうこの音。とても楽しい気持ちになるね。」
「おそらく、祭りでもしているのでしょう。」
「お祭り!いいなぁ」
「多分私たちも参加できますよ。さぁ行きましょう」
そう言うと、サトはマリアの手を取って駆け出して行く。先ほどまでの疲れを感じていないだろうか。サトはまさに少年のように村まで走っていった。
村に着く前に、マリアはその羽を見えないようにした。
村の前にはサトよりかなり大人びた青年が二人槍を持って立っていた。サトは少し委縮した様子で、先ほどの様子とは打って変わり怯えた様子だった。
「こんなところで何をしているんだ」
青年の一人がサト達に話しかける。暗くてよく見えないが青年たちは植物性の布で作られた服を纏っている。金属が使われていないことを見るにあまり鉱脈などは近くないのだろうか。完全に硬直しているサトを見て、マリアが返事をする。
「私たちは各地を旅しているものです。この方はサト。私はマリアと申します。」
「旅か。うーん。」
青年たちは二人を眺める。明らかに不審に思っているのだろう。特にマリアは彼が自身に対して警戒しているように感じた。
「そんな軽装でよく旅を続けられているな。ここ一帯は盗賊も出るしお嬢ちゃんたちみたいな可愛い子は盗賊に会いそうなものだがな」
「私は護身術を使えますし、サトも魔法を使えるので」
魔法と聞いたとたんに彼らの表情が変わった。しまったかとマリアが戦闘態勢に入ろうとする直前、彼らの表情が緩んでいることに気づいた。
「なんだ。お嬢ちゃんたちも同族か。そういうことは早く言うもんだ。さぁさぁ中に入った入った。」
二人はずっと話していた青年に誘導されながら村に入っていく。悪い対応はされていないようだ。村の中心地についた時、やはり祭りが行われていた。小さいながらも舞台が用意され、サト達と同じくらいの年の子供がその上で舞っている。青年は二人にそこで待つよう指示し、椅子に座っている初老の男に話しかけた。二人を指さして二人の扱いの話をしているのだろう。その間サトはずっと舞を見ていた。
舞自体はゆったりとした動きを基調としている。打楽器の音はリズムをつかむために打っているのだろう。メロディーは三人ほどが演奏している木管楽器が前面に押し出されている。曲に気を取られていると先ほどまで話していなかった青年が口を開いた。
「この祭りは新しく大人となる子供が祝福の舞を踊るというものなんだ。」
「祝福の舞と言うのですか。」
「あぁ。魔法を司るものに対して舞で感謝を示すのだよ。法律でもこの日だけは魔法に関する行事が認められている。君たちはどこから旅して来たか分からないが、明日からはこの国では魔法のことは話さないほうがいいよ。このあたりまで来る時にそこは分かっていると思うけど。」
サトは首を傾げているが、マリアがこの国では魔法を使うこと、使えるということ自体がまずいと察した。今あの初老の男に話している男が言った同族というのが何を意図しているか、それは魔法を使えるかどうかという話だった可能性が高い。
そんなことを考えていると先ほどのおしゃべりな青年が初老の男を連れて戻ってきた。
「紹介しよう。こちらハイド村長だ。村長、こちら旅人のサトさんとマリアさんです。」
「ご紹介ありがとうございます。私がマリア。こちらがサトです。旅の途中にこの村を見つけたので眠れる場所を貸していただけないかと訪れました。どうぞよろしくお願いします」
サトが人見知りなのはわかっていたため、マリアが紹介を終える。サトはその後から「お願いします」と小さい声でつづけた。
「私はこの村、アルマトア王国ローゼ伯爵領メルプ村の長をしているハイドです。若いお嬢さん方。今日は祭りですので楽しんでいってください。レイダから話は聞いておりますので、ささやかながら歓迎いたします。」
ありがとうございますと二人は感謝を伝えた後、そのまま村長のいた席へ招かれた。村長は座ってすぐに質問を投げかけた。周りの村人は二人に注目は避けながらもチラチラと視線を送っている。
「お二人はどこから来たのですか。」
来た。マリアは思考を巡らす。おしゃべりな青年の話では私とこの村人は同族と言っていた。どういった点で同族か。無口な方の青年の話ではこの国では魔法は禁止されており、それに関して忠告を受けた。そしてサトは魔法が使えるといってしまっている。
「首都の方から来ました。」
かなり大きな賭けだが、魔法が禁止されているならば、中央から僻地へそして他国へ向かうという辻褄は合う。
「おお、やはりそうでしたか。いやはや、お互い苦労しますな。」
「そうですね。ここに来るまでに大変でした。」
「それでサト様はどういった魔法をお使いなさるのでしょうか。失礼でなければ、教えていただけますか。」
話を振られて、村人から出された食べ物を食べていたサトは一瞬動きを止めた。しかし、マリアはそのまま話を続ける。
「サトも魔法を使い始めたばかりですので、小さな火を起こせる程度ですよ。」
魔法の力は不和を起こさないために、そして万が一敵意を持たれた場合でも不意を突けるように弱く言うべきだろう。
「…そうですか。いや、旅をする者にとっては素晴らしいですな。」
「ええ、野宿ではかなり重宝します。」
そう言って、ハイドはサトを一瞥する。サトの可愛らしい容姿に脅威を感じることはないと思いたいが。マリアが次の質問を待ち構えていると、赤髪の女性がやってきた。
「お父さん。あまりお客さんを質問攻めにするものじゃないよ。尋問みたいじゃない。」
「アンリか。ミラの様子はどうだ。」
「大丈夫。今は落ち着いているわ。二人とも緊張しないでね。お父さん悪い人じゃないから。で、どちらがサトちゃん?魔法を使えるって聞いてきたんだけど」
「あ、僕です。」
ふーん。とサトを吟味するアンリ。綺麗な赤髪にサトよりかなり高い身長。完全にサトは委縮してしまっている。アンリはサトの近くに行くと「かわいー!!!」と言いながら抱きしめた。マリアは驚愕しサトは完全に固まった。村長は止めなさいと言ったが彼女の耳には届いていないようだ。
「この子借りていってもいいかしら。」
アンリの行動にマリアは混乱した。初対面の相手に抱きつくという文化が彼女にはなかった。マリアのコミュニケーションの範囲は手をつなぐというものが限界だった。しかしアンリが手をつなぐという段階を無視していきなりサトに抱きつきあたまを撫でた。私も頭を撫でたことなんてなかったのにと思考が完全に止まる。沈黙を了承と受け取ったのか、了承を元から取るつもりはなかったのかアンリはサトを連れ去った。
「うちの馬鹿な娘が申し訳ない」
村長の言葉ではっとしたのか。マリアはいつもの表情を取り戻し、村長に問題ない旨を伝える。サトもあれだけの威力の魔法を使おうなどと思わないだろうし、アンリの目は完全にお人形を見つけたようなものだった。きっと大丈夫だろう。大丈夫なはずだ。大丈夫だろうか?非常に心配になってきた。
「あの子はアンリといいます。この村一の魔法使いですので、まぁ悪いことにはならないですよ。」
はぁ。とマリアはあいまいな相槌を打つ。
「ところで私にはもう一人娘がいまして、ミラというのですが、最近その娘が病気になりましてな。」
一拍を置いて村長はつづけた。
「単刀直入言いますが、マリアさん。ミラを助けてほしいのです。」
ハイドの真剣な眼差しに、今までとは違った雰囲気にマリアは少し驚きつつも話を聞く。
「今夜の恩もありますし、できる限り力になりますが、私たちに一体何ができるのでしょう。」
「マリアさん。あなたは強いお方だ。」
マリアは村長の断言した言葉に少し息を詰まらせる。ここで否定するのはあまりよくない。ここにサトがいないということはサトを奪取し守りながら逃げ切る必要がある。完全に手の内を明かすことは自身の力量が相手を上回っていれば良いが、ここは下界。どのレベルまで文明が進んでいるか正確に判断できているわけではないため、決してこちらから情報を漏らすようなことはしない。
「…なぜそう思うのでしょうか。」
「あなたのお話を聞いて確信しました。マリアさんはサトさんの魔法をあまり大したことがないと言いました。非常に弱いものだと。確かに小さな火を起こすだけでは旅なんてできないでしょう。しかし、あなたから漂う血の匂い。先ほどあなたたちを案内した男はかなり鼻が利くのですが、彼があなたから血の匂いがするといっていたのです。サトさんはあまり強くないというのも本当かどうか分かりませんが、仮にそれが本当だとしてサトさんの力だけでは旅を続けるのは難しいでしょう。」
「…」
「否定はしないのですね。」
「否定したとしても信じていただけないでしょうし。」
「私は別にあなた方がこの村を襲うために来たとは思っていませんし、その力を隠したことに対しても何も言いません。ただ、私は娘の病気を治してほしいだけなのです。」
「…」
「お願いいたします。」
頭を下げるハイドを見てマリアは考える。これは自身の任務に違反するだろうか。この依頼を受けることが自身の利益になるのかを。マリアは仕事に忠実だ。仮に自身がしたいことがあったとしても仕事に抵触するのであれば自身の欲は放棄する。それが他人の欲ならなおさらだ。ともあれ話を聞かなければ何も始まらない。
「具体的には何をしてほしいのでしょう。」
「この村から北西にあるミリガの森にある魔法の花をとってきていただきたいのです。できれば今すぐにでも」
「なるほど。しかしそれなら自身で行けばよろしいのではないですか。花摘みなど先ほどの青年二人にでも任せられるのではないですか」
「いえ、あの森は魔物の住処なのです。」
マリアは任務に関する情報と照らし合わせる。そしてその依頼を受けることを了承した。マリア自身の仕事に対して有益だからだ。彼らにとってそうかは分からないが。
「…分かりました。しかし、私が動くにはサトを連れて行かないといけません。呼びに行ってもよろしいでしょうか。あまり意味はないでしょうがこのことはお互い内密に。」
「はい。よろしくお願いします。あちらもちょうど終わったことでしょうし。」
そういうとちょうどアンリはサトを連れて戻ってきた。サトの顔にはやる気に満ちていた。
「マリアさん。ミラを助けに行きましょう。」
やはりか。この親子はよほど独善的なようだ。
サトは人見知りなのであまり初対面の人と話せないようですね。可愛い!!!