表二話 初めての戦闘
サトの活躍を見てあげてください!
サトとマリアが歩き始めてかなりの時間が経った。既に空に浮かぶ赤い星も山に隠れようとしている。マリアはサトに歩調を合わせて歩いているが、サトにはかなり疲れが見える。マリアはサトの体力がかなり低いだろうということは既に想定していた。だが、今までの勇者と比べ歩行速度が圧倒的に遅いことに気が付くのが遅かった。いつもの早歩きを行っていないためマリア自身あまり疲れていないことにもっと早く気付くべきだった。以前見ていた勇者たちと比べるとサトの身長はかなり低く、基本的に身長と歩幅は比例する。サトの体力をかなり低く見積もっても予定では既に村に到着しているはずだったのだが、現実は七割ほどしか進めていない。
そうしてマリアは野宿の可能性を考える。この草原には危険な魔族はほとんどいないはずだ。実際ここまで歩いて来るまで一度も遭遇したことはなかった。それに勇者の召喚はそもそも魔王から遠い位置で行われるのが一般的だ。今回は例外的なものではあるがそれでもこの原則は適応されるだろう。となるとやはり野宿か。魔法で一応の衛生状態は保つことができるがそれでも体への負担は大きい。それを考えるとこのまま無理にでも進んだ方がサトのためになるだろうか。
「勇者様。今夜のことなのですが」
そういいながら振り向くとサトはいなかった。
しまった。考え事をしながら歩くと早歩きになる癖を忘れていた。マリア自身久しぶりに仕事でいまいち感覚をつかめていなかった。だがそんな後悔は一瞬で心に仕舞って、もと来た道を引き返す。大丈夫、ここには強い魔族はいないはず。それなら今危惧するべきことは何か。サトの身の安全だ。具体的には人に関するトラブルだ。この世界にきてすぐに質の悪い人間に絡まれたほどだ。サトになにかトラブルに遭遇することは十分にありうる。
しかしその心配は杞憂に終わった。マリアは自身に魔法をかけ全力で戻って数分であっけなくサトは見つかったのだ。
「申し訳ありません。つい考え事をしてしまって置いて行ってしまいました」
少し安心したようなサトがフォローの言葉をかける。
「大丈夫。僕ももっと体を鍛えなきゃ。」
今にも泣きそうなマリアにサトは向かって力こぶを作って見せる。顔を上げ瞳に涙をためたマリアを見て、サトはあわあわとうろたえていた。
「勇者様はやさしいですね。」
マリアの笑顔をみてサトは少し顔を赤らめた。
「勇者様じゃなくていいです。恥ずかしいので。僕のことはサトって呼んでください。」
恥ずかしさで顔を背けている様子はマリアにとって非常に素晴らしい光景だった。
「はい。喜んで。」
そう答えた時、視界に魔物が入ってきた。だがマリアは冷静そのものだった。種族的に最弱のスライム。さらにそのスライムはかなり小さくかなり弱っていたからだ。あの魔物ならばサトでも倒せるのではないだろうか。スライムはこのままこちらに向かってくる。そんな思考が逡巡しサトに耳打ちした。サトは少し驚いたようだが、すぐにスライムと戦うことに決めた。
スライムはその体の割にかなりの速度で進んできた。そして、サトに気づいて停止した。
その体は移動に特化させるため四足歩行の形をとっていた。あまり大きい個体ではないがなにか使命を感じられる。サトは命を懸けることに対する恐怖がだんだん込み上げてきた。
サトの手の震えは止まらなかった。よく分からない土地でよく分からない生物と戦う。誰だって恐怖を抱くだろう。だが、サトは自身の人類を救うという自分の中に唯一残っていた正義の第一歩としてなんとか覚悟を持つことができた。
両者のにらみ合いが続きその均衡を破ったのはスライムだった。サトの身長のはるか上に跳躍し、そのままサトに襲い掛かってきたのだ。サトは手をスライムの方に向け叫んだ。
「ファイア!!」
サトの手の平が熱を帯びていく。燃える熱さと強い痛み。そしてその熱と痛みが最高潮に達したとき、手から炎が放たれた。視界が一瞬消えるまでその間約三秒。サトがこの世界に来て初めて知った痛みだった。
チリチリとスライムが焼かれていく音が辺りに広がる。ファイアの魔法は綺麗にスライムに直撃した。だがその魔法を受けても燃える体を引きずりながらスライムは村の方へ向かっていく。残り少ないその命にマリアは少しの哀れみを感じた。サトはそれには気づかず自分の赤くなった手の痛みに悶絶していた。サトはこの痛みを感じたことがあるような気がした。だが、そんな考えは一瞬で消え去り、現実の痛みに引き戻される。
「サト。今その手を治療します。」
駆け付けたマリアが何やら呪文のようなものを唱え、手の痛みを和らげてくれる。サトの頬には涙の跡が残り、大量の汗をかいていた。
マリアは治療と並行しながらサトの魔法の才能に対して思考を巡らせていた。サトの使った魔法はファイアという初歩の魔法と資料で見た。これは炎を生み出すものだが、たいてい勇者となった最初のころはマッチほどの火しか生み出せないのだ。スライムは主に草をエネルギー源としているため炎の魔法に弱い。それこそマッチ一本の炎さえ当ててやれば一瞬で全身に火が回る。しかし、サトの魔法はマッチの火とはとても言い難いものだった。魔法の才能があると言えばそれまでだが、明らかに異常な威力だ。
サトの手の治療が終わり、スライムを確認すると既に燃え尽きてしまっていたようだ。焦げた植物が村に向けて一直線上に向かっている。その終端には完全に燃え尽きて蒸発したであろうスライムの焼け跡があった。炎で少し乾いた空気がサトの肌を刺す痛みと微かな罪悪感を抱きながらその場所を後にした。
ごめんね。サト。許してください(´;ω;`)