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「驚いた。あなた怒らないんですね」
しばらくクマの様子を見ていたタヌキは、目を真ん丸に見開きました。
「まぁ、怒っちゃいねぇが、それがなんだってんだい」
「いえね、キツネもリスもオオカミも、私がこの道筋を教えたときには、それはもうひどい怒りようだったのですよ。裏切られた、損をした、と唾を吐いてね。オオカミなんかは、そんなことでは立派なオオカミになれぬと、オオカミのなんたるかを説いて聞かせてくれました。私はタヌキだからオオカミにはなれないと説明すると、オオカミはぷいと背を向けて行ってしまいました。だからてっきりあなたも、その類の反応をするだろう、と思ったのに」
そう言ってタヌキは、その場でコマのようにぐるぐると回ってはクマを見ます。
尻尾をぴんと伸ばし、ぶんぶん振り回しています。
クマが珍らしい生き物を見るような気分でそれを眺めていると、タヌキは突然ぴたりと動きを止めました。
「そうだ、とっておきの場所があるんです」
それだけ言うと、先程とは反対の方向に歩き出しました。クマはやれやれと付いて行きます。
野原の外れにある丘を下っていくと、ごつごつした大岩ばかりの谷に出ました。
タヌキは大きな岩の上を、時折よろけながら渡って行きます。
クマのほうではこういった場所のほうが得意なようで、ずいずいと危なげなく渡って行きます。
ふいにタヌキが立ち止まり、岩の隙間を覗きました。
「ここです」
見れば岩の間にできた池から、白く細い雲のようなものがもくもくと上がっています。
「何だ、これは? 熱いし、少し臭うぞ」
「温かい水です。匂いは、うん、浸かれば気にならなくなりますよ」
鼻を塞ぐクマを置いて、タヌキはじゃぶと水に飛び込みました。
クマは岩の上でしばらく足踏みをしていましたが、タヌキが心地よさそうに水に浮かんでいるのを見て、えいや、と足を浸けました。
すると、じんわりした温かさが足の先から立ち上って、身体中がほぐれていくようでした。
足を伸ばして伏せれば、ちょうど肩のあたりまで水が来ます。
クマはばふーと大きく息を吐きました。
「今度は気に入りましたか」
「ああ、そうだな」
答えてから、クマははっとしてタヌキを見ました。
これではさっき案内された場所は気に入らなかったと言っているようなものだ、と思ったからです。
タヌキは、あれはひどい道ですからね、と笑います。
「なのにあなた怒らないから、なんだか嬉しくてね、ここへ呼びたくなりました。それと、お詫びというかなんというかね、それもあって。どういうわけか、ここへ浸かると傷の治りが早いんですよ」
タヌキは流れてきた落ち葉を捕まえて、自分の頭に載せました。それから鼻を沈めて、ぶくぶくと水を吹きました。