4。声
母は何もいわず家事をこなすが、フラフラしてみえた。
家のことはやらなければならず、父がいないので尚更だ。
父はこんな時にどうしたんだろうか。もし生きていたら。
優しい言葉をかけ、家事を手伝ったりするのだろうか。
俺が手伝うよといっても、「大丈夫よ」と疲れた様子で微笑んだ。
いつもならば街にいく時間だが、売り物になるものがない。
俺は勇気をだして母にいう。
「街に行けば元気がでるよ。」
「そうね。お客さんにこれからのことを話さないとね。」
常連はいるだろうし、もしかしたら何か助けてくれるかもしれない。
街に足を運ぶとニヤニヤと門番がこちらをみている。
母と俺は目を合わせず素通りする。
いつもの場所に行くと老婆が驚いた様子で尋ねる。
「今日は野菜は持ってきていないのかい。」
「ちょっと事情がありまして。」
母はぼんやりと伝えた。
老婆はお客さんではない。場所取りの仲介業者みたいなものだろう。
「これどうぞ。」
いつものようにお金を渡す。母も律儀な性格だ。
「何でお金を渡すの。」
「いつもの場所にいって店がなくなることを言わないとね。」
どんな理由であれ、場所は使うのだ。常連の人に説明するために。
いま母はどんな気持ちなのだろうか。
子どもを不安にさせない気持ちはなんとなくわかる。
だけど二人きりの家族だ。
子どもであるが、中身は大人の自分が情けなくなった。
誰かを励ました経験はない。
学生の頃はよく頑張っているねとは言われるが結果は伴っていない。
社会にでてから痛感した。結果が全てだ。
過程なんてほめてくれない。
いつもの場所に移動する。
母はいつもの調子でお客を呼び込む。
集ったお客は足を止め、不思議そうな顔で僕たちをみている。
それはそうだろう。売り物がないのだ。
「今日は皆さんには伝えたいことがあります。」
母はそう切り出し、話し始めた。
話の内容はそのままだったが、相手が悪いとは一切言わなかった。
文字が読めないのに契約書を交わしてしまったこと。
取引相手は丁寧に説明してくれたこと。
相手の良いところだけ伝えていた。
「皆さん、本当に長い間ありがとうございました。」
結びの言葉を伝えると、以前来ていた現れた男が声高らかに叫んだ。
「リイアさん。素晴らしい。」
声を聞いた群衆は二つに分かれた。
道を練り歩きながら、拍手をしながらこちらに向かってくる。
いつものように怪しく微笑んでいた。
「どうでしょうか。私の酒場で働きませんか。」
「私は野菜を売るのが好きなんです。」
「でも野菜を収穫することは出来ない。そうでしょう。」
男はいきさつでもわかったように切り出す。
「お金があれば前のように戻れますよ。蓄える間、別の仕事をされたほうが賢明ですよ。」
男は手を差し出した。
男の指には装飾品がいくつもあった。
煌びやかで自らの地位を証明するかのような存在感だった。
マタ・ウケラレル。・・・ニコイ。
まただ。誰かの声が聞こえる。
人の声ではない。いまは男以外誰もしゃべってはいない。
商人がやってきたときもそうだ。何か声が聞こえたんだ。
何かがトリガーになって聞こえる声。
声の正体はわからないけれど、何かしろの理由があって聞こえてくるんだ。
心の中でおれは願った。
もう少しハッキリと喋ってくれ。聞き取れないんだ。
タイカヲヨコセ。
さっきまでのブツブツと途切れた声ではなくなった。
タイカ、対価のことか。
選ぶ身分ではないのはわかっている。
対価を渡せば、能力が完全に使えるようになるのか。
何が対価なんだ。何を渡したらいいんだ。
静寂が続く。
この問いには答えてくれないのだろうか。
前世では何もできなかった。
同僚を助けようとしても力がないから足でまとい。
気持ちだけ受け取るよと常に言われていた。
今度こそ何かを役立つことがあるならやってみたい。
こんな自分でも誰かを助けられることを証明したい。
空高く見上げ叫んだ。
「何でもあげる。僕に力をください。」
これをみた男は嘲笑を浮かべた。
「息子さんも大変ですね。」
母親の顔がゆがんだ。なんともいえない表情なのだろう。
いきなり息子が叫ぶんだ。気でも狂ってると思いかねない。
周りがざわつくなか。
喉が焼けるように熱くなりだした。
その場に倒れこむ。
「おっと。知恵熱ですかね。今日はお帰りなさい。」
促されるようにその場を後にする。
喉の熱さは収まらないこれはどういうことなんだろう。
「エスタッド。今日は無理させてごめんね。」
僕たちは街を後にした。