3。晴れ間がみえそうだった
成長するにつれ、視界はハッキリ映るようなった。
じょじょに大人がなにをいっているかもわかってきた。
詳しい家の事情も。
母と私は2人暮らし。頼れる身寄りはいない。
何年前かの父は戦争で亡くなった。
幸い父が残してくれた農場があり、質の良い野菜を育てることができる。
街の人々がいってきたことは「農地を譲ってくれ」という話だった。
どうやら特別な農場で、そこでしか取れない作物もある。周りの連中が欲しがるのも納得がいく。
おれ自身も5歳になり、母の手伝いをやることになった。
手伝いといっても、雑草をむしったり水やりぐらいしかない。
母親が苦労している姿を後ろでみながら、成長してきたから尚更悔しかった。
もう少し勉強して生活を豊かにしたい。
子どもがアイデアを練れるわけでもなく、悩む日々が続いた。
貧しいためか、本すらなかった。さらに母自身も文字の読み書きができなかった。
転生後の世界はもちろん日本語は使えない。読み書きができないのは相当のハンデだ。
あらゆることに関わってくるからだ。母の生活を楽にしてあげたいが、方法がわからない。
学校はあるのかと聞いてみたことがあるが、上流階級のみ通学を許されているとのことだった。
おれにも上流階級のように特権があればいいのに。
そういや転生前に女神がいっていた。「特別な能力」を与えてくれると。
雑な説明で何の能力かすらわかっていない。
めちゃくちゃな魔法使えるとか、経験値でレベルが上がるか何かあるはずなんだ。
「コマンドオープン。」反応はない。
「炎をいでよ。」何も起きない。
前世の記憶も女神も能力も全部夢だったんだろうか。
母を助けてやれないのが情けなくて仕方ない。
肌は焼けていて、手はボロボロに荒れている。
街中の同じ住民ですらオシャレはしているのに服装は質素なものだった。
農場を守ることは大切なのはわかる。けれども自分の幸せというものがあるだろう。
「あなたがいてくれて母さんは幸せよ」
口癖のように聞いたけれども、複雑な思いで胸がいっぱいだった。
こんな苦々しい毎日をおくるなか、ひとりの商人が尋ねてきた。
商人と母が話している会話が耳に入ってくる。
子どもにはわからない話だとおもわれているのだろうか。
精神は大人なんですけどね。
どうやら農地を広げないかという話だ。しかも費用は商人側がもってくれるということだ。
極めつけには、おれを学校に行かせてくれるらしい。
商人ならではの人脈があってこそなのだろう。母はとても喜んだ。
息子に新しい道が切り開くきっかけができたのだ。内心、おれも喜んだ。
商人はすぐさま契約書をだした。善は急げということを熱心に説明していた。
(・マサレテ・・。・・・ソウ。)
ラジオでも聞いているような音がした。ラジオなんてこの世界にあるのか。
カタコトだから尚更わからない。どこから聞こえているんだ。
母と商人の間からは聞こえた。
二人は話し込んでいて、おかしな言葉を発している間はない。
考えだそうとしたら、母親が商人との話し合いが終えた。
「ねぇ。きいて。エスタッド。」
エスタッド。俺の名前か。一瞬ポカンとしてしまった。
母は契約をかわしたようで、契約書を見せてきた。
そして、おれに学校の魅力をとても嬉しそうに話した。
学校か。本来なら無料で入学できる。
この世界では選ばれたものだけが行ける。
商人と契約を結んだことでおれは選ばれた存在になったんだ。
俺は誇らしかかった。これで母親の生活を豊かにすることができる。
おしゃれをさせて、美味しいものを食べさせて、
誰よりも羨ましい人生を歩んでほしい。
母は農場を広げ、美味しい食材をみんなに提供できると語った。
父も喜んでくれるんだ。嬉しいにちがいない。
生活が楽になって時間が取れたら、父の話を聞きたい。
どんな人で、どんな人生を歩んできたか。
おれも母も、この日の夜は将来の夢を語りあった。
次の日、いつも通りに母と農場に向かうと大勢の人が畑にいた。
「皆さんお疲れ様です。」
そういい、母が農場に入ると男から呼び止められた。
「奥さん、ここはもうあんたのものじゃないんだ。」
「どういうことですか。」
「サクリファ様のものになったんだよ。契約書にサインしただろ。」
「あの、農場を広げてもらえるんじゃないんですか」」
「農場は広げるよ。ただあんたのものじゃない。」
母の隣で俺は顔が真っ白になった。母は文字が読めない。
今の状況はなんだ。これからどうなるんだ。
母もおれも言葉も交わさず家に戻った。明日が見えない。
明日も、明後日も。ずっとその先も。
昨日の夜は何だったんだ。せっかく未来を掴めたというのに。




