バウッ!
リアがいなくなってから1ヵ月が過ぎた。
「…行ってきます」
フィルの足取りは重い。
もうリアはいない。そんなことは分かっているにも関わらず、今日も森に向かっていた。
最初こそリアを探すのが目的だったが、今は違う。
「……はぁ」
「よ、フィル。今日も森か?」
「なんだ…エルトか」
エルトはフィルと幼なじみで16歳の男だ。いつも相棒の狼犬スイフトと一緒にいる。
「バウッ!」
「リア、見付かるといいな」
「…………」
「……見付からないよ」
フィルはうつむいたまま言った。
「エルトも分かってるんだろ、エルトがスイフトと一緒に姉ちゃんを探してくれてるのは知ってる。でももう1ヶ月だよ!?これじゃもし見付かったとしても…」
「……じゃあなんでお前は毎日森に出てるんだ?」
フィルは核心を突かれ足を止めた。
「……居心地が悪いんだ」
「…居心地?」
「姉ちゃんが神隠しにあったっていうのに母さんも父さんももう普通に暮らしてる。まるで始めからいなかったみたいに姉ちゃんがいない生活を受け入れてる……それがどうしようもなく気持ち悪くて」
「…そうか」
「昔から俺はこの神隠し……祇の踪拉について疑問があった」
エルトは真剣な表情で続けた。
「それが今のお前の話で少しだけ確信に変わった。あまり期待させる事は言いたくねえけど、もしかしたらリアを見付ける手がかりになるかもしれねえ」
「えっ…?エルト、それ…本当なの?」
フィルの問いに答える前にエルトは周囲を警戒した。
「ああ、だがここで話せるような話じゃない。一旦森に行って誰にも聞かれない所で話そう」
フィルとエルトは二人だけが知る森の隠れ家に向かった。
「ここなら大丈夫だろ」
「うん。で、手がかりって…」
「ああ、単刀直入に言うが、……これは神隠しなんかじゃなく村ぐるみの誘拐かもしれない」
「それってどういう……いや、それなら母さんと父さんが冷静なのも辻褄が合う…って事?」
フィルはやや不満気味にエルトに話の続きを促す。
「それだけじゃねえ。以前気になって調べたんだが、祇の踪拉は若い子供にだけ起こる。だが絶対に神隠しに合わない家系があった。…シアトラ村の村長の家系だ。アグル、ジリ、ポッタ、ゲムロ、シリア、ウランツェ…他にもその両親の親戚、身内まで過去に遡っても誰一人消えていないんだ」
本当の神隠しなら公平に選ばれるはず。フィルは一度納得しかけたが、いくつか疑問点が浮かび上がった。
「…村長の一存で神隠しの対象が選ばれ、大人達には事前に伝えてある……確かに、そこまではありえる可能性だけど疑問がいくつかある」
「だろうな」
「まず、なんで大人たちは納得するのか。どう考えたって不公平だよ」
「そこはまあ、逆らえない理由があるんだろ」
「じゃあ他の村や集落での神隠しは?村長やシアトラ村の人達がわざわざ他の村に誘拐に向かう?」
「その話だが神隠しが全国的に行われているって言うのは教科書の話であって、俺達が直接見たわけじゃない。そもそも子供はこうして村の外に出るのが禁止されてるから外の世界の真実なんて知りようがないだろ」
「じゃあなんで外出禁止してるの?誘拐が目的だったら森にいたほうがいいじゃん」
「アホか。人目が多かったら誘拐なんてできねえだろ」
エルトはフィルを茶化すとすぐにまた真剣な顔に戻って言った。
「フィル、お前難しい漢字はまだだったよな」
「まあ…簡単なのしか習ってないけど…いきなり何?」
「祇の踪拉を漢字で書くとな……」
エルトは言いながら地面に書いた。
『祇の踪拉!……とも読めるんだ』
疑うほど真実味を帯びていく。フィルは憤りを隠せなかった。
「……今の話を、全部本当だったとして……じゃあ、何が目的で大人達は誘拐なんてしてるの?」
「…それを確かめる為にここに来たんだ」
エルトは振り返ると正面の木の影を指差した。
「大した尾行だがスイフトの鼻は誤魔化せねえぜ、村長」
「バウッ!」